第二話 連れ去られる六人
王城前の広場に、六人の人間が並ばされていた。
石畳は昨夜の雨で、まだ濡れている。夏の朝だというのに、風は冷たかった。広場を囲む数千の群衆は、誰ひとり声を上げなかった。咳ひとつしなかった。この儀礼で声を上げた者がどうなるかを、この国の人間は祖父母から聞かされて育つ。
紅を引きかけたまま連行された花嫁姿の少女 ── リアナ。
市場の籠を取り落としたままの女 ── マリエル。
仕立てのピンを口にくわえたままの青年 ── テオ。
鎧の留め具を半分外したまま跪いた騎士 ── エドリック。
パンの粉が頬に付いたままの娘 ── ミオ。
そして、白衣の魔術医 ── アイリス。
六人とも、生活の途中で切り取られてきた。
リアナの唇の紅は、半分しか引かれていない。テオの口には、まだピンが残っている。ミオの頬のパン粉を、誰も払ってやらなかった。
それぞれの背後に、それぞれの番が立っていた。
六つの影は、人間のそれより一回り大きい。竜の体温が、アイリスの首筋を炙った。触れられてはいない。触れられていないのに、皮膚が熱かった。
獅子族の将軍サラフは、マリエルの肩に手を置いていた。マリエルの目は焦点を結ばず、ただ「子供」とだけ繰り返していた。サラフは何も言わなかった。肩に置いたその手が、小刻みに震えている。番が母であったという事実を、獣の本能はうまく処理できなかった。
エルフォニア王が、震える声で宣言を読み上げた。
「番に選ばれし六名は、本日をもって獣国の客人となる。これは古き盟約に基づく ── 」
客人、という言葉のところで、群衆のどこかから押し殺した嗚咽が上がった。すぐに消えた。
リアナは、群衆の最前列を必死に探した。婚約者のレオがいた。彼は唇を噛み切って、血を流しながら、それでも彼女の名を呼ばなかった。呼べば斬られる。声を上げれば、彼女が斬られる。リアナは、唇だけを動かして「ごめんなさい」と言った。
レオは頷きもしなかった。首を横に振りもしなかった。血の流れる口のまま、ただ彼女を見ていた。
兵が彼の肩を掴んで下がらせるまで、その目は動かなかった。
馬車に乗せられる直前、アイリスは荷物の中の羊皮紙を一綴り、こっそり抜き出した。
彼女はもう一つ、胸に抱えているものがある。薬箱だ。
病院の当直から連れ出されたときのまま、彼女はそれだけを離さなかった。竜は取り上げなかった。取り上げる理由を思いつかなかったのだろう。使い込まれた木の箱に、鎮痛の粉。縫合の糸。止血の布。そして、扱いを誤れば人を殺せる薬草が、いくつか。
番とは何なのか。何を感じて、なぜ分かるのか ── ちゃんと記録しておかなければならない。
怯えるかわりに、観察する。
それが、彼女が選んだ生存戦略だった。




