第十八話 何もかも棄てる契約
竜の長老の祠は、火山の、底にあった。
ヴェルグリムは、そこに、降りた。
竜族の、最も古い長老は、千年生きていた。
長老は、彼を見て、笑った。
「お前か。番を、失った、火竜の王子は」
「私を、人間に、してください」
「ほう」
「すべての魔力を、棄てます。鱗を、棄てます。爪を、棄てます。火を、棄てます。長命を、棄てます。竜の記憶を、棄てます」
「それで、何を、得る」
「彼女に、もう一度、会いたい」
「会って、どうする」
「番として、では、なく」
「人間として、彼女の前に、立つ」
「彼女が、私を、初めて、見るように」
「私を、彼女の、選択肢の、ひとつに、戻したい」
長老は、黙って、聞いていた。
「お前が、棄てるものは、戻らぬ」
「分かっています」
「お前は、自分の名も、忘れる。彼女に出会った記憶も、彼女を傷つけた記憶も、彼女に薬を盛られた記憶も、すべて、消える」
「分かっています」
「彼女に出会っても、お前は、彼女を、知らぬ」
「そのほうが、いい」と、ヴェルグリムは、言った。
「私の中に残った、私の記憶は、彼女を、追い詰めます。私は、私を、私のまま、彼女の前に、置けません」
「私は、私を、棄てたい」
長老は、長いこと、彼を、見ていた。
それから、深い、深いため息を、吐いた。
「お前は、ようやく、愛を、知ったな」
「番の、本能を、超えたな」
「分かった。望み通り、人間にしてやろう」
「ただし、ひとつだけ、お前に、残るものが、ある」
「これだけは、削れぬ。竜の魂の核に、刻まれているものは、人間の体になっても、残る」
「それは、何ですか」
「お前が、彼女を、傷つけた、後悔だ」
「名前は、忘れる」
「顔も、忘れる」
「なのに、お前は、夢の中で、誰かを、傷つけた、と、泣くだろう」
「その夢を、お前は、人間として、生涯、見続けるだろう」
「それでも、よいか」
ヴェルグリムは、目を、閉じた。
それから、開いた。
金色だった瞳は、すでに、人間の、茶色に、変わり始めていた。
「それで、いい」
「私は、その夢を、抱いて、生きる」
「それが、私の、贖罪です」
火山の底で、火竜の王子は、燃え尽きた。
そこに、残ったのは、見知らぬ、人間の男、ひとり、だった。




