第十四話 アイリスの研究室
# 第十四話 アイリスの研究室
アイリスの檻には、医療器具が、揃っていた。
そのことが、ヴェルグリムの、最大の油断だった。
アイリスは、毎日、ヴェルグリムが運ばせる絹や宝石の中から、必要な薬草を、ひとつふたつ、抜き取った。彼女が頼んだものは、ヴェルグリムは、なんでも持ってきた。鎮痛草、解熱草、痺れ薬、催眠薬、そして ── 番の感覚に作用すると、古い文献にだけ書かれている、希少な「魂震草」。
「魂震草」は、獣人の番の本能を、一時的に鈍らせる、と書かれていた。
鈍らせるだけだ。消すことは、誰にも、できない。
アイリスは、それを、消す薬を、作ろうとした。
医師としての、知識のすべてを、使った。
診察に来た獣人の患者から、こっそり、毛と、爪と、血を、採取した。
彼女は、ヴェルグリムの城の中で、密かに、診察所を、開いていた。
獣人の下級兵士たちが、塔に上がってきて、彼女に、こっそり、診てもらっていた。獣国の医療は、戦傷には強いが、内臓と心の病には、弱かった。アイリスは、彼らに頼まれるまま、診た。
診察と引き換えに、彼女は、彼らから、サンプルを、もらった。
ヴェルグリムは、塔に上がってきた獣人を、何人か、追い払った。
だがアイリスは言った。
「彼らは、私の患者です。あなたが彼らを追い払うなら、私は、あなたの番ではなく、あなたの囚人です。あなたは、囚人の医師としての知識を、自国の負傷兵に使わせない、ということですか」
ヴェルグリムは、唸った。
唸ったが、追い払うのを、やめた。
番のためなら、自軍を弱らせることさえ、彼は、いとわなかった。
アイリスは、その隙に、研究を、進めた。
六か月で、原型ができた。
一年で、獣人の血で、効果を、確認した。
「番解きの薬」── 獣人側の、本能の鎖を、断つ薬。
人間側には、もともと、鎖はない。
だから、人間が飲んでも、何も起きない。
獣人が飲めば、本能の番認識が、消える。
ただし、永久ではない。三月、保つ。
三月あれば、逃げ切れる。
アイリスは、そう、計算した。




