第十四話 マリエルの墓と、サラフの咆哮
サラフはマリエルの遺体を獣国に連れて帰っていた。
獣国の王都の外れの丘に、彼は人間式の墓を建てた。
獣国に人間の墓は、それ一基だけだった。
石は彼が自分で運んだ。字も自分で彫った。獅子の爪では鑿がうまく持てず、一文字彫るのに半日かかった。マリエル、という五文字の最後の一画が、いまも少し曲がっている。
毎朝、彼はその墓に花を供えた。
獣国に咲く青い花を、毎朝欠かさず供えた。花は夜のうちに枯れる。だから毎朝、新しく摘みに行かねばならない。獅子族の将軍の一日は、花を摘むことから始まるようになった。
夜明け前の草は濡れている。花の茎は細く、獅子の指では折ってしまう。彼は爪を立てないように、指の腹だけで摘む。それを覚えるまでに、丘の花をずいぶん無駄にした。
ある日、サラフはマリエルの夫と子供たちに宛てて手紙を書いた。
獅子の獣人が人間の文字を覚えるところから始めた。羊皮紙は獣脂の匂いがした。震える筆跡で、何度も書き直した。書き損じの羊皮紙が、部屋の隅に山になった。
『私は、あなたの妻を奪った男だ。
あなたの妻は、最後まで母であった。
あなたの娘の髪をどう結うのか、彼女は私に教えなかった。
あなたの息子に毛布を二枚かけるのだと、それだけ彼女は教えてくれた。
だから、息子に毛布を二枚、かけてやってくれ。
それは、あなたの妻の最後の言葉だった。
私は、あなたを許してほしいとは言わない。』
手紙はエルフォニアに送られた。
返事は来なかった。
三月後、彼はもう一通書いた。返事は来なかった。
それでも彼は、月に一度書き続けた。返事の来ない手紙を書くことは、獣人の本能には、まったく何の役にも立たない行いだった。
*
一度だけ、丘の下に深紅の髪の男が立っていたことがある。
サラフは花を供える手を止めなかった。男は丘を登ってこなかった。
風が強い日で、王子の外套が旗のように鳴っていた。その音だけが、二人のあいだにあった。
日が傾くころには、その影はもういなかった。
サラフは誰にもそのことを言わなかった。
王子が何をしに来たのかは、分からない。ただ、あの男が、長いこと墓の前から動かなかったことだけは、知っていた。
*
サラフはそれでも、毎朝青い花を墓に供え続けた。
供えたあと、彼は墓石に額を当てる。石は朝のうちは冷たく、日が高くなると、人の肌ほどに温まる。彼はいつも温まるまで、そこに居た。
昨日の花は、根元から茶色くなっている。彼はそれを掌に集め、丘の裏の斜面に撒いた。撒いた花がまた土になる。獣人はふつう、そんなものを見に行かない。
獣の咆哮はもう聞こえなかった。
咆哮を失った将軍は、ただ母の墓守になっていた。
*
その丘を降りた道の先に、火竜の塔がある。
その夜、最上階では、二十度目の煎じ液が獣人の血に落とされた。
赤は濁らなかった。
アイリスは羽根ペンを握ったまま、しばらく動かなかった。
それから、記録の紙に日付を書いた。




