第十二話 リアナの選択
リアナは銀狼族の屋敷に住んでいた。
石造りの、天井の高い屋敷だった。銀狼族は寒さを苦にしない。だから廊下に火が入らない。人間の娘には、それが応えた。朝、寝台から足を下ろすと、床石が骨まで冷たかった。
与えられた部屋には、寝台と、水差しと、鏡が一つあった。鏡は布で覆ってある。連れてこられた日に、彼女が自分でそうした。花嫁衣裳のままの自分を見たくなかったからだ。
コンラートは約束通り、彼女を待っていた。
彼は彼女に触れなかった。同じ部屋で眠ることもしなかった。彼はリアナの部屋の前の廊下で、犬のように丸くなって眠っていた。
夜半に目が覚めると、扉の向こうから寝息が聞こえた。人間の男よりも深く、遅い息だった。数えているうちに、彼女はまた眠った。数えないと眠れないことに、彼女は気づかないふりをしていた。
二月目のある朝、リアナは起きてきた彼に言った。
「お風邪をひきます」
「狼は風邪をひかぬ」
「ひきます。私がそう言うので、ひきます」
コンラートは少し笑った。
その顔をリアナは知らなかった。銀の狼の、子供のような笑い方だった。
彼の外套の襟には、廊下の埃が乗っていた。彼女は手を伸ばしかけて、やめた。伸ばしかけた自分の手を、彼が見ていた。二人ともそのことに触れなかった。
「私には、レオという婚約者がいました」とリアナは言った。
「うむ」
「彼を愛していました」
「うむ」
「いまも忘れていません」
「うむ」
「でも ── あの人は私を追ってこなかった」
コンラートは沈黙した。
「追ってこなかったことを、私は責めません」リアナは続けた。「彼が追ってきたら、彼が斬られた。私はそれを望みません。だから、彼は正しかった」
「でも、私は ── 」彼女の声は少し震えた。「私を追ってこない人を、一生待ち続ける強さは、ないのです」
「あなたは追ってきた」
「番だからだ」
「いいえ。あなたは追ってきました」リアナはまっすぐ彼を見た。「番だからではなく、あなたが追いたかったから、追った。違いますか」
コンラートは何も言えなかった。
銀狼族の隊長が言葉を失った。
彼の喉が一度上下した。それだけが彼の答えだった。
外では雪がまた降り出していて、屋敷の窓は白い光でいっぱいだった。
*
その夜、リアナは自分から彼の隣に毛布を敷いた。
廊下の石の上に、二枚。一枚は彼の分だ。獣の毛の匂いが、もういやではなくなっていた。いつからそうなったのかを、彼女は思い出せなかった。
コンラートは毛布を見て、それから彼女を見た。何か言おうとして、やめた。彼女の隣に丸くならずに、まっすぐ横になった。
それ以上はしなかった。
コンラートも、それ以上は求めなかった。
それで、二人の関係はようやく始まった。
夜通し、彼の体温が毛布ごしに彼女の背に届いていた。
それは炉の火より低く、人間の熱より少しだけ高かった。
*
その同じ夜、火竜の塔の最上階には、まだ灯りがついていた。
アイリスは獣人の毛を三本、油紙に包んでいた。歯を抜いてやった礼に、黒豹族の下級兵から譲り受けたものだ。指先で毛をそろえ、根元の向きを揃えてから折る。折り目を爪で押さえる音だけが、部屋にあった。
油紙の束は、書架の医学書の背表紙の裏に隠してある。
四十七包。
まだ、足りない。




