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第2話 神楽の夜

翌日。


空は、嘘のように晴れていた。


昨日の雪が残る境内に、朝の光が差し込む。


白と淡紅が混ざり合い、現実とは思えない景色をつくっていた。


「……よかった」


彩葉は、ほっと息をつく。


雪は残っているが、空は澄み渡っている。


これなら、人も来るだろう。


境内には、すでに人が集まり始めていた。


見慣れない顔も多い。


(……ほんとに増えてる)


叔父の思惑は、当たったらしい。


「彩葉ー!」


振り向くと、美咲が手を振っていた。


華やかな装い。


明らかに、目を引く。


「見てこれ」


袖を少しめくる。


そこには、桜のあざ。


淡く浮かぶ花びらの形。


「昨日も言われたんだ」


美咲は、得意げに笑う。


「これ、桜姫の印なんじゃないかって」


「……え?」


彩葉は、思わず聞き返した。


「知らないの?」


くすり、と笑う。


「昔、この神社には“桜の花嫁”っていうのがあったんだって」


「花嫁……?」


「桜に選ばれた娘」


腕のあざを、なぞる。


「体のどこかに、桜の印が出るって言われてるの」


少しだけ、声を落とす。


「その子は、桜神に嫁ぐんだって」


風が、吹く。


桜が、舞う。


「まあ、今はただの言い伝えだけどね」


軽く言って、笑う。


「でも、これが出たってことは――」


一拍。


「私が選ばれたってことかも」


(……なんか、変な感じ)


彩葉の胸の奥に、小さな引っかかりが残る。


「今日は一緒に舞うんだから、ちゃんとしてよ?」


「してるよ」


小さく返す。




やがて。夜。


神社は昼とは別の顔を見せていた。


灯篭の灯りが、ぽつりぽつりと並び、

境内をやわらかく照らしている。


太太神楽が始まる。


太鼓の音が、空気を震わせる。


満開の桜。

その下で、人が集まり、ざわめいていた。


白、赤、金。


色とりどりの衣が揺れ動く。


どこか現実から切り離されたような光景。


(.........きれい)


思わず息をのむ。


けれども、それを味わっている余裕はない。


「彩葉、準備できてる?」


振り向くと美咲がいた。


華やかな装束。誰よりも目を引く。


「うん、こっちは大丈夫」


そう答えた。


彩葉は裏方の手伝い。


本来、表に立つのは美咲だ。


腕に浮かぶ‘’桜のあざ’。

それが理由。


美咲がくすりと笑う。


「こういう役割って・・・やっぱり私向きでしょ?」


冗談めかしているが、どこか本気だ。




ひとつ、またひとつと神楽の演目が進む。


彩葉と美咲も、舞台に上がる。


並んで立つ。


視線が、集まる。


華やかなのは、美咲だった。


誰の目にも、分かる。


けれど。


彩葉の舞は、違った。


静かで。


丁寧で。


一つひとつの所作に、迷いがない。


派手さはないのに。


目が、離せない。


(……なんで)


美咲の胸が、ざわつく。


(なんで、あの子ばっかり)


舞が終わる。


拍手が起きる。


けれど。


その中に、確かな違和感があった。


舞台を降りたあと。


彩葉は、再び裏方に回る。


供物の確認。


灯りの調整。


そのとき。


「大変だ!」


声が飛び込んできた。


「狐の舞の演者が……!倒れた!」


ざわり、と空気が、揺れる。


「えっ!?」


「代わりは!?」


誰も答えられない。


空気が、一気に張り詰める。


その瞬間。


「ーー私がやろう」


低い声。


一瞬で、ざわめきが止まる。


振り向く。


昨日の――あの男が、立っていた。


人間離れした美貌。


静かなのに、圧がある。


誰も、言葉を挟めない。


「・・・・・・・・・・できるのか?」


恐る恐る、誰かがいう。


男は、わずかに笑った。


「問題ない」


一歩進み出る。


「九条といいます」


淡々と名乗る。


「私が代わりに」


それだけ。


だが、誰も、反対できなかった。


空気がそうさせない。


気が付けば、彩葉は男のそばにいた。


「・・・・・・こっちです」


なぜか、そう言っていた。


衣装の準備をするために。




控えの間。彩葉は衣装を手渡す。


男ーー九条は、何の迷いも無く袖を通した。


その動き。


全く無駄がない。

まるで、慣れているかのように。


(・・・・・・なんで)


違和感が、残る。




やがて。舞台。


狐の面をつけた九条が、ゆっくりと立つ。


音が、止む。


そして。


舞が、始まる。


一歩。


それだけで、空気が変わった。


(……え)


彩葉の目が、見開かれる。


知っている。


この舞。


何度も、見てきた。


でも。


こんな舞は、知らない。


しなやかで。


美しく。


どこか、恐ろしい。


まるで。


“本物”が、そこにいるみたいに。


(……なんで)


彩葉は、息を飲んだ。


これを見たことがある。


そんなはずはないのに。

‘’知っている‘’気がする。


舞が、終わる。


一瞬の静寂。


そして。


一拍遅れて、歓声が上がった。


控えの間に戻る。


「すごかったです.........」


思わず、口に出る。


九条が、わずかに視線を向けた。


「ふっ」


小さく、笑う。


「当たり前だ」


そして、ぽつりと呟く。


「.........そもそも、俺が作ったからな」


「……え?」


聞き返そうとした。


けれど。


もう、次の準備に追われる。


言葉は、流れた。


その様子を。


少し離れた場所で、美咲が見ていた。


目が、細くなる。


面白くない。


(なんで)


また。


あの子ばっかり。


そのさらに奥。


社殿の影。


人の目の届かない場所で。


男がひとり、酒をあおっていた。


長い角。


赤い瞳。


「ほう……」


くつくつと、笑う。


「面白ぇもんが出てきやがったな」


視線は、舞台の方へ。


「桜の匂いが、濃くなってきたじゃねぇか」


盃を、傾ける。


酒が、こぼれる。


雪に、染み込む。


「……退屈しねぇで済みそうだ」


鬼は、笑った。


まだ。


誰も、その存在に気づいていない。

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