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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ


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8.ホシザキ電機 『ハンバーガー自動販売機 HV-100A』


 差し出されたヴァッフェル菓子を目の前にして、思い出したのはついさっきのこと。


 アユミのささくれ立った唇がつんと触れたギザギザのお菓子は、見た目はなにも変わらないのに、どこか甘さと危うさを綯い交ぜにしたような温度と湿度を感じた。


 それはまるで、お菓子の向こう側にいるアユミと鏡映しにでもなっているかのようだった。



「……あの」

「なんや」


「……いや、なんもない。頂き……ます」



 手を伸ばそうとすると、手が触れるより先にお菓子がそこからフッと消えて――俺のぽかんと開いた口に、固い生地が突っ込んできた。



「おごぉっ!?」



 驚きとともに、テーブルに身を乗り出しながらこちらに手を伸ばすアユミの姿が、目に飛び込んだ。



「……クッ……キッ……ククッ……」



 そして、おおよそ二十歳の女のものとは思えない、何かを喉に詰まらせたようなぎこちない息遣いが、耳をくすぐる。


 ――それが彼女の“笑い”だったと気付くのに、俺は少しだけ時間をかけてしまった。



「かんにんなぁ。ウチ、こういう加減とかわからへんくてぇ」

「お、おごがあ……」



 わざとらしい、じっとりとした言葉に包まれつつ、俺はそのまま咀嚼を余儀なくされた。


 心なしか、さっきより生地の甘さと抹茶のほろ苦さを濃厚に感じた。



「……んぐ……け、結構うまいな」

「そうか? まぁまぁやったけどな」



 さすがに一言物申したいところだったが、ヴァッフェル菓子を10個も食ったアユミのふてぶてしい返事も、不思議と腹が立たなかった。




「――アー、Đôrêmonトレタ。アーガトー、カエルヨー」



 やがて入口の方からいきなり声がして、思わず全身が跳ねた。


 振り向くと、そこには小さなドラえもんぬいぐるみを4つ両脇に抱えたファン君と、彼の作業着の裾を手でグイグイと引っ張る、目に隈を作った長楽の姿があった。

 


「ア、アホっ、今はほっとけ。いいとこ邪魔したらあの姐さんに大阪湾に沈められてまう……っ」



 長楽はよく声の通るヒソヒソ声を漏らした後、間もなく二人とも外へと出ていった。

 ほどなくして、駐車スペースに停まっていたトラックがガション、ドゥルルと音を立て、段々と遠ざかっていく。


 同時に、それまで意識の外にあったアーケード筐体たちのざわめきがシャカシャカ、パチパチと一斉に飛び込んできた。



「アイツ……なんか、とんでもない勘違いして行きよった気がする」



 アユミがポツリと言葉を零した。

 それから少しの沈黙が流れて、彼女が席を立ち上がるまでの間、俺たちは不思議と目を合わせることができなかった。



「ウチも行くわ」

「……アユミ、まさか。やめとけ、いま煽り運転は厳罰やぞっ」


「アホ、誰がアイツら追いかけ回しに行く言うてんっ」



 アユミのすれ違いざまのチョップが、まもなく肩を直撃した。

 ……アカン、普通に痛い。



「暴行罪や……」

「小学生みたいなこと言いなや。ほな、ほんまに帰るでシュン」



 大げさでもなんでもなく、俺が痛みを和らげようと肩をさする様子など気にも留めず、アユミは年季の入ったアルミのドアノブに手をかける。

 


「……アユミ」

「ん?」


「明日、ハンバーガー自販機の部品届くから。今度来たとき、久しぶりにそっちも試してみるか?」

「……早死にしたないけど、たまにはええかもな」



 彼女の返事の後、きんと冷えた晩秋の空気がドライブインの中に吹き込んで、自身の意識が否応なしに外へと向けられる。


 シビックのエキゾーストノートはその余韻だけをこの場に残し、夜をつんざく黄色い光がひび割れたアスファルトと木々、錆びたガードレールを照らしながら、山の方角へと星のように流れていった。

 そして、エンジンの唸りはほどなくして一気に回転を上げ、どこか遠くで乾いた高みの音階に達したことが、夜風のたよりに乗って耳に伝わってきた。


 スナックコーナーに残り、テーブルとその周りに散乱した個包装をひとつずつ拾った。


 アイツ、うどんのガラは片付けてったけど、他は全部ほったらかしで行きよったな。


 俺はそんな言葉を頭に浮かべながら、不思議と弾んでいた心音を落ち着かせようとした。



 心の中で今も燻る、長らく目標としていたジャーナリストの夢。

 それが聴覚、味覚、嗅覚、視覚――そして記憶によって、微かに上書きされつつある。


 それを怖いと思っていいのか、受け入れていいのか、まだ何も分からない。





 瞼、そして睫をしばたたかせた世界に、柔らかな光が差し込んだ。

 耳に鮮明に響いたのは、建屋外の電線にとまっているであろう、チュルル、チルルと鳴き交わすムクドリの大群のやかましい声だった。



「……まだ昼か」



 今日は悪い夢も見ていなくて、珍しく安らかな眠りに誘われていた。


 それだけに、奴らに『起こすんじゃねぇ、ボケェ』と一言浴びせてやりたい気持ちがふつふつと沸き起こり、意気込んで起き上がった矢先。

 俺がカーテンを開けるよりワンテンポ前に、奴らは小雨がしとしと降りしきる中、ボサッと音を立てて全羽一斉に飛び立っていった。


 そして、その下の国道の広い路側帯に停車したのは、一台の小さな赤帽の箱トラックだった。



「まいどぉ!」



 ドライバーのおっちゃんの声が、一階から響いた。

 この時間、オカンは農協に行ってるはずだから、下にはオトンしかいない。



「おぉ、おおきに」

「ひよっさん、まいど。ここにサイン……ちゃうちゃう、そこちゃいます」



 荷物はオトンが受け取ったらしく、階段を下りかけていた俺は、そのままスナックコーナーまで下りていった。


 スナックコーナーでは、故障しているハンバーガー自販機の前面が開かれ、一昨日のうどん自販機とはまた異なった内部構造を露にしていた。

 その前ではオトンがしゃがみ込みながら、さっき受け取った包みを開けようとしていて、周りには先に取り外していた、磨耗し汚れた樹脂製のギアといくつかの金具が置かれている。


 昨夜、俺とアユミが座っていた白いプラスチックのテーブル、チェアには近所のおばあちゃんと、長靴を履いたお孫さんと思わしき3、4歳くらいの男の子が向かい合って腰掛け、オトンの作業の様子を眺めていた。


 ゲームコーナーに目を向けると、やはり昨夜に長楽が座っていたスツールには、土起こし中に雨に降られたのか、泥はねに薄くまみれたおじいさんが腰を掛け、雨宿りがてら黙々とジャグラーに興じていた。


 同じ場所なのに、俺の目にはまるで違う世界が広がっている。



「おぉ、起きとったんかシュン。それやったらボーッとしてんと、ここでやり方見とれ」



 オトンに見つかり、俺は渋々自販機のそばに立った。



「あーせやせや、シュンちゃんや。まぁ大きなってぇ」



 テーブルのおばあちゃんに声をかけられ、俺は複雑な心境のまま「あはは、どうもお久しぶり……です」と答え、ぎこちない愛想笑いを浮かべた。


 知り合いに、まだ今の姿は見られたくないという気持ちはある。

 しかしそれ以上に、そもそもこのおばあちゃんが近所の誰やったか思い出せないのが、何より焦った。


 そういった俺の戸惑いを見透かしたかのように、お孫さんはアンパンマンジュースをストローで飲みながら、こちらをじっとりと見つめていた。



 包みを広げて箱を開けたオトンは、外したものと同じ型でありながら、比較的新しめの樹脂製ギアを手にして口を開いた。



「おぉ、状態綺麗やな……助かったわ」

「なんやオトン、こんなちっちゃい部品ひとつで難儀しとったんか」



 俺が軽い気持ちで言葉をかけるも、オトンは「んぅ……」と軽く唸るだけだった。


 やがて、手際よく取り付けられたギアの軸回りを確かめてから、オトンはひとつだけ箱に入ったハンバーガーを補充して、蓋を閉めた。


 そして少し時間を空けてから、試験のために100円硬貨を3枚投入すると、自販機にでかでかと描かれたハンバーガーを持つ白髪の髭オジさんのイラストの下に付いた、2つのランプが灯った。



ボン、ちょっと大人しゅう待っとってな。いま中さわったらアチチや」



 そう言って、椅子から降りて自販機を見つめる男の子の前に手を添えるオトン。

 男の子の視線は、機体真ん中で赤く光る『加熱中』と書かれたランプ、そしてうどん自販機と同じく、くるくると複雑に巻かれたニキシー管が発光して示す残り秒数表示とで、交互に向けられていた。



「……落ちてこうへん」



 男の子がポツリと呟いたように、ランプは消えて秒数表示はゼロとなったが、ハンバーガーは取り出し口になかなか現れない。

 しかし、大幅なタイムラグを経て、ようやくガチャンと音を立てて落ちてきたハンバーガーを見ると、パッと笑顔が浮かんだ。



「おばあちゃんが取るさかい、さいちゃんはまだ触ったらアカン」



 おばあちゃんが取り出し口に手を入れ、箱に入ったハンバーガーを手慣れた持ち方でテーブルに運ぶ。

 そして「あちち」と可愛らしく口にすると、男の子は「きゃはは」と笑った。



「あの部品な、もうどこも作っとらへんねん」



 そんなふたりの姿を見守りながら、オトンは静かに言葉を零し始めた。



「あれはな、去年締めはった北関東のドライブインのご主人から……部品取りしたやつを譲ってもらったものや」

「部品取り……」



 俺は、その閉店したドライブインがどんな場所だったのかなんて、知りようもない。

 だから、想像で補うしかない。


 そこはきっと、うちと似た場所だったのだろう。

 名も知らないご主人が、長年動かし続けてきた自販機の蓋を開け、ただひとつのギアだけを取り出して――


 そんな一連の光景が頭に浮かんだ矢先、オトンがさらに続けた。



「――この世から稼働できる自販機が、またひとつ消えたっちゅうことや」



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