80.スバル 『フォレスター Touring EX』
お披露目式開幕――五分前。
ドライブイン表の駐車場に、広島ナンバーのフォレスターが一台停まった。
「すみませ〜ん! ギリギリになってしもうて!」
扉が開いて、元気の良いミカさんの声がスナックコーナーに響くと、それに続いてパパさん、奥さん。
そして、手押し車とともにサヱさんが姿を見せた。
佐藤家――もとい“オートパーラーサトウ”一家の揃い踏みに、俺は慌てて出迎えに走った。
「あぁ、よかった間に合って! お待ちしてました。遠路はるばる、よくお越しくださりました!」
俺がペコリと頭を下げると、ミカさんとパパさん、ママさんが揃って苦笑いしながら口を開いた。
「あはは、相変わらず堅ぁいねぇ」
「すみません……高速は先の宝塚ってとこ以外混んでなかったけぇ、渋滞はパスできたんですけど……ミカが途中のSAでの買い物に夢中になってしもうて」
「えぇっ、私のせい!?」
「そうよぉ、お土産なんかも明日の帰りに買うたらええのにねぇ」
俺が半年前と変わらない皆さんの様子と宝塚インターの渋滞情報に安堵していると、店の奥からジャケットとワンピースで着飾ったアユミが駆け寄って来た。
「婆ちゃん、よう来たな。皆さんも……」
「……あぁ」
サヱさんが優しく微笑むと、アユミも安堵した様子で静かに口角を上げた。
「あっ、アユミちゃんも久しぶり~! お洋服かわいい! それとやっぱピアス似合っとって、ぶちお洒落じゃね~」
「ん……久しぶり」
「それに、身体も相変わらず引き締まっとって、カッコええわぁ~……ふふっ」
「えっ、あ、ちょっ……」
ミカさんがアユミに無邪気に抱き付いてじゃれ合っていると、スナックコーナー、そしてゲームコーナーの最奥から、並々ならぬプレッシャーと視線を感じた。
俺がその方向を注視すると、そこにはバーチャロンから元パンツキャッチャーことラッキークレーンの勝負に切り替えていた|サキさん、カイトくんとコースケくんたち《ガキんちょ》が、何やらジェラっている様子が窺えた。
「卑しい女……」
「なんやアイツ……馴れ馴れしい……ッ」
「いい匂いしそう……」
……最近の子供はやべぇな(特にコースケくん)。
その一方で、ファンくんはラッキークレーンが気になるのだろうか。
長楽をすみっコぐらしのクレーンに残して、自身は銀色の筐体を凝視していた。
あれは店舗の健全化を図るため、中身の景品をほぼすべて、怪しいパンツから数か月前に届いたオリジナル流血アクリルキーホルダーに転換している。
……もっとも、オトンがやかましかったので、ごく稀にアクキーと一緒に謎の怪しい布が入っていることがある。
な、なんでやろうなぁ。
◆
――そして、迎えた本番。
狭いスナックコーナーには、大勢の人が集結している。
クラウドファンディングに協力してくれた、全国からお越しのお客さんが十数名。
半年の間に、瀬貝自工を退職した熊さんをはじめとした旧車愛好団の皆さん。
広島からはるばる来てくれた佐藤家の皆さん。
ドライブインを盛り上げてくれた常連の皆さん。
そして、オトンにオカン――アユミ。
実に壮観な光景だ。
そして、布で覆い隠した川鉄自販機の隣に立つ俺は、そのせいで吐きそうなほど緊張し始めていた。
「え、えー……そ、それでは、ご挨拶を始めさせていただきます。えっと……平素より当ドライブインにお越し下さっている皆様、そしてブログ等をご覧くださっている皆様。えー本日は、大変お日柄も良く……ん、なんかちゃうな……」
――原稿をガン見していると、自分でもふと『固ぇなぁ』と思ってしまった。
そして、そんな思考が生まれた瞬間から俺の視界は一気に真っ白になって、原稿に視線を戻すことがなんとなくできない状況となってしまった。
し、仕方がない。
もう、心に思っていることをそのまま言おう――
「お、俺は……」
少しずつ、視界が晴れてきた。
みんな、真剣に俺の言葉に耳を傾けようとしてくれていることが分かる。
「……俺は、物心ついたときから……このドライブインは時代に取り残された残念な場所だと、ずっと思っていました」
俺は、慣れ親しんだドライブインの中を見回してみた。
染み付いたタバコの臭いと、いつの時代のゲームかも分からないような筐体たち。
白々とした平坦な光に照らされた食品自販機。
目につくのはどれも、かつて薄汚れた大昔の化石だと思っていたもの。
「……でも、違いました。このドライブインは時代に取り残されたんやなくて、たとえ激動の時代の中で姿形は変わっても、ここを必要としてる人がホンマに欲しいと思ってるもんを……失わへんように残してる場所なんやってことが、ようやく分かったんです」
チラリと、アユミの方を見やる。
彼女は澄ました目で視線をこちらと合わせ、小さく頷いた。
「俺が東京から帰って来てから今にいたるまで、この半年っちゅう短い期間だけでも……いっぺん、もうここもダメなんかなって思うことはありました。しかし、そんな時――“オートパーラーサトウ”の皆さんがバトンを繋いでくださったことをきっかけに、それからもぎょうさんの人らが助けてくれました」
サヱさんの肩にミカさんの手をポンと置かれ、二人はただ静かに微笑んでいた。
「問題はこのドライブインに限らず、町全体に関わる大事ではありましたが……それでも、関わりを持った皆さんの“当事者意識”が、解決の糸口を見出してくれたんやと思います。ホンマに、ありがとうございます」
改めて見回すと、今日は本当に多くの人が集まってくれたなと思う。
そして、同時に――これからもっと、たくさんの人に集まってほしいなとも思った。
「こんなええ人らに出会えたのも、このドライブインが――どんな人でも腰を下ろせる中継点として、存在し続けたおかげなんやと思ってます。このドライブインを生み出した亡き祖父、そして守り続けたオトンの気概をしっかり継いで、俺はこれからも運営と発信に携わって、本当の再起を図っていきたいです」
腕を組んで目を瞑るオトンと、なんか泣き出しているオカン。
そんな二人をみて吹き出しそうになりながらも、俺はスピーチを締めに向かわせていくことにした。
「これから皆さんにお披露目するうどん自販機は、もう日本で数台しか稼働してへん絶滅危惧種で――そして、こちらに来てはる佐藤サヱさんが、広島を中継点とするドライバーさんたちのお腹を満たし続けた、ホンマに偉大な自販機です。そして……俺はこの先、こうした想いが失われへんように。同じ境遇にあるもっとたくさんの自販機や筐体を、修理してどんどんここで稼働させていきたいと思ってます!」
これすなわち、自販機アヴェンジャーズ計画である。
言葉にした内容は本当にざっくりだったが、それでもここに来てくれているクラファン協力者の皆さんが「おぉ」と歓声を上げてくれたので、熱意は伝わったはずだ。
「話が長くなりましたが……こちらが会田技研協力のもと、修理が完了した“川鉄製めん類自動調理器”です!」
布をサッと取り去ると――ピカピカに磨かれ、黄色く威風堂々としたボディが姿を現し、スナックコーナーは拍手に包まれた。
川鉄製と富士電機製のうどん自販機が2台揃い、マニアの皆さんたちは真っ先にこの並びを写真に収め始めた。
これらが同時稼働しているのは、日本でおそらくここだけだろう。
そして、俺はサヱさんを手招きして自販機そばのテーブルに座ってもらい、同時にコイン投入口に硬貨を落とし入れた。
金額は元からある富士電機製のうどん自販機と金額を合わせているうえ、今後必要となる資金を集めるという目的もあるため、彼女がうどんを売っていた当時より50円値上げした、300円としている。
これは、俺なりに真剣に取り組んだ“値決め”の結果であった。
「動いとる……」
「すっげ」
誰が零した感嘆の言葉なのかは分からなかったが、この自販機が動いていることは、やはり奇跡に近かったのかもしれない。
ただ傾けてお湯を切るという一見単純な機構が、なぜこうも人の心を動かすのだろう。
数々のシャッター音に紛れ、順調に稼働をつづけた川鉄自販機は、27秒間の工程を経て――取り出し口に、一杯のうどんを生み出した。
「サヱさん、出来ましたよ。どうぞ召し上がってください」
うどんをテーブルまで運び、サヱさんにそう促すと、彼女は静かにゆっくりとプラ丼を手にして、縁に口を付けた。
「……あぁ……いっしょじゃ……」
そして、サヱさんがホッと息を吐きながら言葉を零すと、再びスナックコーナーは大きな拍手に包まれた。
その傍ら、アユミが静かに微笑みを零し、胸をなでおろす様子も窺えた。
アユミがサヱさんからもらったメモをもとに復元した、“いりこだし入り国道54号線名物うどん”は――こうしてドライブインとともに、新しいスタートを切ったのだった。




