78.umbra 『フルート フォトフレーム』
会田さんとの密談は思っていた以上に長くなってしまい、気が付けば23:00を回ってしまっていた。
自分から持ちかけた話だったし、今後のドライブインの運営に関わってくる大事なことでもあったから、仕方がないと言えば仕方がない。
しかし、実のところ話が延びた原因の大半は、会田さんが好きなように話題を脱線させていった結果であった。
そして、アユミからとある連絡を受けたタイミングで、ようやく工場を解放された俺は、実家のドライブイン――ではなく、瀬貝自工の工場に向け、軽トラを走らせていた。
◆
現地のゲート前に到着すると、そこには以前見かけた黒いハイエースが止まっており、ちょうどジャケットとワンピースで着飾ったアユミが後部座席のドアから降り始めているところだった。
「すまん、遅なった!」
「……いや、ウチらもちょうど着いたところや。おーい、レイちゃん……降りるでー」
アユミがハイエースの中に向かって声をかけているが、どうやら彼女の返事はないようだ。
「ウヒヒヒ、せやでレイちゃんついたでぇ~」
俺も近づいて、リョーコさんの楽しげでけたたましい笑い声が響く車内を、おそるおそる覗いてみた。
「うへへ……かぞくでおうまさん……みにいこぉ……」
するとそこには、真っ赤になった幸せそうな顔で、うわ言を呟いているスーツ姿の玲さん……もといレイちゃんさんの姿があった。
彼女は朦朧とした様子で、隣に座るヒョウ柄ファッションのリョーコさんに、上半身をグデンと預けている状態だった。
「……おーい、起きやレイちゃん」
「いっしょにありまきねんみよおぉ~……かぞくみんなでぇ……」
「かわええやっちゃなぁ、アタシがママになったろかぁ~?」
「……ママァ……」
スナックでの密談に付き添っていたアユミが、SOS連絡を送ってきた理由が一発で分かった。
潰れる直前まで、いったいどんな話してたんだよ。
アユミとリョーコさんがレイちゃんさんに車を降りさせようと声をかけ続ける傍ら、俺はふと、運転席にいる人物に気がついた。
この小太り加減とうだつの上がらなさ具合……まちがいない、以前ドライブインに入り浸っていたあの和了マスターだ。
俺は運転席外側に回って、窓越しに声をかけた。
「西口さん、どうも」
「あぁどうも。先日は大変、ご迷惑をおかけしました」
「大変ですね、こんな時間までご送迎なんて」
「いえ……実は先日の件がですね、GMに……」
「えっ、バレちゃったんですか?」
「えぇ……。それで、目を瞑っていただく代わりに、こういった遅番も引き受けることに……」
小声でぼそぼそと話す男二人の間に、リョーコさんのハイテンションな声が割って入った。
「最初っからバレバレやっちゅうねん、ニシちゃんもサキもよぉ~! つくならもうちょいマシな嘘つけやアホタレェ!」
「はひ、すみません、すみません……」
「ったくぅ、ほんまやったら、サボってたぶんの給料はぜーんぶ差し引かなあかんところやってんでぇ」
「ひぃっ」
リョーコさんは大きくため息をついて、俺と自身の隣を見回してから再び口を開いた。
「まぁでも、縁を運んできたんや。せやからチャラにしといたるねん」
「じ、GM……」
西口さんが安堵の息をつくと同時に、車内でグデングデンだったレイちゃんさんに動きがあった。
「うんてんしゅさぁん、はなみこうじまではしってぇ……ウインズぅ……」
「花見小路てどこやねん。お馬さんから離れや、降りるで」
「……ひひぃん……」
これ以上は埒が明かないと判断したようで、アユミが車内に入ってレイちゃんさんに肩を貸し始めたところを見て、俺も再び後部座席側に回り、すかさず加勢した。
「せーのっ」
アユミと俺で左右の腕を肩に回し、ずりずりと彼女の身体が外に出ると、彼女の二分の一の体重がずっしりと半身にのしかかる。
しかし、高い身長の割には、存外軽いなぁと俺は率直に思った。
一方のアユミは、首だけをわずかにハイエースに向けて振り返らせながら、声を発した。
「リョーコさん、迷惑かけてすんません。送迎までしてもうてありがとうございました。あとは、ウチらで運びますんで……」
「ええよぉん、アタシも楽しませてもうたわ! ほな、これからもよろしゅう!」
そして、ハイエースはハイテンションのリョーコさんを乗せたまま、重い音を立てて瀬貝自工を後にしていった。
「……ほな、運ぼうかシュン」
「いまさらやけど……レイちゃんさん、ここでよかったんか? 隣町に借りてる家あるんやなかったっけ?」
「……最近はどうも忙しいらしくて、寝具やらみんなここに置いて寝泊まりしてはんねんて。せやから行き先は……ずっとウチが使っとった、休憩室や」
「……了解」
俺たちはすでに半分、寝息を立てかけているレイちゃんさんを肩で支えながら、慎重に建屋の外階段を、カン、カンと音を立てながら登っていった。
「……へへ……おとうとも、できたんかなぁ……」
時おり飛び出す、なんともこそばゆいボヤきを意識の外に逸らしつつ、俺たちはなんとか建屋の休憩所にたどり着いた。
「……おじゃまします」
肩で支えているレイちゃんさんが持っていた鍵を使って、アユミは手慣れた手つきでアルミサッシの引き戸を開錠した。
中は四畳半程度の狭い畳張りの部屋で、真ん中には敷きっぱなしの布団がぐちゃぐちゃに置かれている。
左右の壁を覆い尽くすメタルラックには仕事で使うような部品や道具、彼女の私物と思わしきキティちゃんグッズやファンシーもののグッズに、家電。
そして、昔の家族写真が収まった写真立てなどがごちゃ混ぜになって陳列し、突き当りの壁には小さな窓がひとつだけついていた。
「アユミもずっと、ここで寝てたんか」
「うん……半年前までずっとおったけど、なんかもうすでに懐かしいわ」
俺とアユミはドア前で靴を脱いでから、レイちゃんさんの身体をそっと敷き布団の上におろし、ジャケットを脱がせてから、その上に掛け布団をかけた。
すると、彼女はほどなくしてぐっすりと寝息を立て始めた。
「ウチら以上に酒、弱かってんなぁ……レイちゃん。単にアルコール回りやすい状態やったんかもしれんけど」
「まぁ、どう見たって色々無理してはったもんなぁ。アウェーの中で会社畳むための引き継ぎやら、社長の世話やら見舞いやらしてるんやもん」
「うん……ちょっと考えたら分かることやったはずやのにな。しばらく一緒に働いてて、なんで気づいてあげれんかったんやろ……」
アユミは小さく息をついたあと、布団脇の畳に腰を掛け始めたので、俺も座って小休止することにした。
「……メインの密談の方は、大丈夫やったんか?」
「あぁ、そこは流石やった。はじめはウチらのときみたいに、リョーコちゃんのテンションに困惑しとったけど……じきに慣れて、酔いつぶれる前にしっかりナシは付けてた。リョーコちゃんに会社の株を買うてもうて、ホテルの送迎車両とか従業員の自家用車の整備なんかも、積極的に斡旋してもらえるって」
「そっか、それはよかった。従業員数の多いホテルやから、それはデカいな」
「……そっちはどうやった。ちゃんと動いたか」
「ばっちりや。搬入とお披露目式は10日後を予定しとる」
「ん……楽しみやな」
「うん、楽しみや。あとついでに、“自販機アヴェンジャーズ計画”の話もしてきたで」
さっき、会田さんと話していた計画のことだ。
前もってアユミには概要だけ話をしていたが、彼女は顎に手を置いて「んー」と唸りながら、記憶を辿っている様子だった。
「その、アヴェなんちゃらなんてネーミングは初耳やけど……使われへんようになった古い自販機やらゲーム筐体を、どんどん引き取っていくっていう……アレか」
「そうや。もちろん資金の問題もあるし、なんもかんもクラファンで解決できるわけやないから、随時って感じにはなるけど……」
これまでのブログ活動や初めてのクラウドファンディングを経て、俺はこの界隈を支えるマニアたちの熱量の片鱗を感じはじめていた。
アユミと家族の確執が円満に解決したことで、いまの俺の頭はそんな彼らの期待に応えるため、常にアイデアを考え続けていた。
「会田さんも乗り気やし、ある程度の修理ノウハウも教えてくれる言うてはる。ゆくゆくは……うちのドライブインを、誰の目から見ても“残す価値のある場所”として認めさせていくねん!」
しかし、隣で俺の話を耳にしていたアユミの目は――
「……あぁ、ウチも頑張る」
――眼前のレイちゃんさんの寝顔を、まっすぐ見ていた。
「……まぁ、これはあくまで自分とこの店のクオリティを上げていくため、俺の目標です」
「……シュン?」
「――アユミは、アユミが一番したいことをしたらええ」
言葉をかけた直後、アユミの肩が少し跳ねて、背筋が不自然に伸びた。
な~んや、図星やんけ。
「たぶん、アユミのことやし……世話になったドライブインのことは裏切れへん、とか思ってるんやろ」
「……っ」
「……別にそんなこと思わんでええ。今の瀬貝自工は販路はなんとかなっても、腕利きの整備士さんがごっそり辞めてしもた以上、人材面で厳しい状況にあるんは変わらへん……やろ?」
アユミは口をつぐんだまま、顔を俯かせた。
「か、勘違いしたらアカンで。これは、アユミのためだけを考えてのことやないねん。町がこれから賑わいを取り戻すには、どの店や会社も等しく良うなっていかなアカン。これは……巡り巡って、ドライブインのためでもあるねん」
アユミは依然、沈黙したままだった。
だが、再起を図ろうとする瀬貝自工の置かれた厳しい現状を――彼女に見ないふりができるわけがない。
「……レイちゃん、よう寝てるわ。起こさんうちに帰ろか」
結局、この空間の中で明確な返答が返ってくることはなかった。
「せやな。アユミの夜勤もあるし……」
そう、俺たちの問題は全て解決したわけじゃない。
むしろ、今がスタートラインなんだ。
間違っても、今は――
“俺と家族になるか”どうかなんて、聞いていいタイミングじゃないんだ。




