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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ
2026年

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77/84

76.CAPCOM 『ストリートファイターII -The World Warrior-』


 激動の面会から、早一週間が経過した。


 昼下がりのドライブインは相も変わらず雑然としており、スナックコーナーもゲームコーナーも、農作業終わりのご老人や娯楽を求めやってきた近所のガキンチョたちによって、賑やかなひとときが流れている。



「あぁ、せやわ。野木さんとこ、今年初盆やったなぁ」

「お参りは芯念寺さんでしはんのかいな」



「はい勝ちぃー! はい画面端ぃー!」

「はぁっ、調子《ちょーし》のんなし! 次俺ガイル使うし!」



 だがそんな中でも、スナックコーナーにはひとつだけ――異様なオーラを放つテーブルが存在した。



「――そうでしたか、東山区周辺での観光地域づくり(DMO)法人の運営にご尽力を。私、大変興味がございます……なにせ、観光最前線の京都を起点にした事業モデルは、いずれうちのような地方でも大なり小なり、取り入れていかなければなりませんので」

「ふふ、恐縮です……。近年はそうですね、清水寺の麓にある産寧坂以下に点在する登り窯の見学や、工房の体験などが人気でして、消費一辺倒から体感型の観光モデルへと順当に変遷しています。これは以前、鴻巣様が観光協会に勤めていらした城崎温泉でも、外湯巡りを核とした――」


 

 井戸端会議を行うおばあちゃんたちが占拠するテーブルのすぐ隣で、スーツに身を包んだ玲さんと、ブラウスとスカートで清楚にまとめたリョーコさんは“顔合わせ”に勤しんでいた。


 玲さんが瀬貝自工の存続を決定したうえで、リョーコさんと彼女を引き合わせるという、かねてから俺たちに課せられたミッションそのものは、これでひとまず達成である。



「ふふふ……京都のことのみならず、地方の観光業のこともよくお勉強なされているのですね……さすがです」

「いえいえ、観光業を生業としておりましたんは、過去のお話です。今の肩書は斜陽自動車整備工場の未熟な社長代理でしかありません」



 しかし、どちらも腹に一物抱えた怖いお姉さんたちだ。

 これは単なる顔合わせではなく、互いが今後の協力関係を築けるかどうかを“品定め”している状態だと言ってもいい。


 どんなことで一触即発の展開が訪れるかなんて、分かったもんじゃない。

 というか、なんでドライブイン(うち)でこんな大事な話をするんだよ。


 俺はハンバーガー、うどんの自販機への補充の傍ら、そんな彼女たちの話にこっそり耳を傾けていた。



「ここで勉強ついでにもうひとつ、ご意見をお伺いしたいのですが……瀬貝さんは幼少時代、短いながらも蘇我入温泉の近辺でお過ごしになられたと耳にしております。当時、そして現在の蘇我について、率直にどう思われていますか?」



 ――あかん、なんか吹きそうや。


 リョーコさんが真面目な格好で真面目な話し方をするたび、前回の“関西のおばちゃん”が脳裏に何度もフラッシュバックして、頭がおかしくなりそうだ。



「そうですね……忌憚のない意見を申し上げますと、なるべくしてなった衰退といいましょうか。その他多くの観光地と違い、歴史が古くとも温泉以外の観光資源や史跡をほとんど取りこぼしてしまった現状、まずはこの土地に外貨を落としていただくことが何より肝要かと思います」


「……概ね同意見です。今回、御社が閉業と土地売却の撤回を決意されたことは、私としても喜ばしいことではあるのですが……それはそれとして、リゾートグループがこの町から撤退してしまっては元も子もありません。市長の顔を立てられるよう、議員先生方とも密に意見を交わさなければなりませんね」



 本当は、俺だって話に加わりたい。

 二人の口からは、地方創生がサブテーマとなりつつある俺のブログ記事でも取り上げたくなるような話が、ポンポンと飛び交っているからだ。



「……あとは、鴻巣様が打ち出していらっしゃるドライブイン構想ですが……これについても正直、私はまだ“弱い”と考えております。もちろん“滞在”ではなく“立ち寄り”を軸にするという、いわゆるコリドール構想に近いアプローチそのものは私も賛成なのですが」


「あら、そうでしょうか?」

「お気に障るようでしたら申し訳ありません。しかし、このドライブインや御社の所有されているホテルなどの近代遺産的、いわゆる“昭和ノスタルジー”を売りにしたスポットを点在させるという土台は……長い歴史のある文化財などと比べて関心を持つ層の母数が低く、また国や自治体による保護や補助といった“守り”もないため、どうしても脆くなりがちなのです」


「うふふ……耳の痛いご意見ですわ」

「鴻巣様が別の軸も併せてお考えなのか……それとも、ご自身のホテルの利益に直接繋がる何か意(・)図(・)がおありなのか……私はいま、それが大変気になっております」


「たしかに、それらのスポットは魅力のひとつではありますが、主軸として据えるには些か心許ありませんね。しかしこの構想の肝は、都市や観光地間の移動ルートとして“選ばれる”ことにあり、これは新規事業者をこの土地にどんどんと招き入れるための土壌作りでもあります」



 二人の会話は一見穏やかなのに、時おり胸がヒリつくような感覚を覚える。


 そんなプレッシャーに気を取られていた俺は、レールにはめ込もうとしていた一玉のうどん麺を誤って丼ごと落っことしてしまった。

 カポンと響く乾いた音に、二人の会話は一時中断され、冷ややかな視線がいっせいにこちらを向いた。



 「ひっ……」



 俺はパニックになりながらも平静を装い、三秒ルールに則って床に落ちたダシなしのうどん麺をずるずるとすすり、かき揚げをバリバリと口に放り込んだ。

 麺は冷たくてほぼ無味だったが、かき揚げは意外とそのままでも美味い。



「……なるほど。昭和レトロはメインの売りではなく、あくまで町のカラーを留めるためのイチ要素に過ぎない。そして、ご自身のホテルだけを生き残らせる意図も存在しない、ということでしょうか」



 若干冷ややかだった目はやがて奇異の目に変わったが、玲さんは何事もなかったかのように会話に戻った。



「ふふ、そういうことです。地方を商売の力で盛り上げるには、すべて“三方よし”を原理原則としなければなりません。そして、この構想を十全にするには、御社のような車のプロの存在がこの町には必要不可欠です」


「……ありがとうございます。でも正直なところ、鴻巣様のご期待にしっかり添えるかどうか……今の私には、少し自信がありません」

「……へぇ」



 しかし、安堵したのも束の間。

 会話の主題が瀬貝自工の話に移った途端、今度は玲さんの声のトーンが明確に落ちた。

 そして、その瞬間のリョーコさんの表情に陰が差したような気がして、俺の背筋も一気に凍りついた。



「弊社はもともと、先代社長……私の父の求心力によって維持できていたようなもの。私はあくまで、そんな父が病に伏した際に、会社を畳ませるために召集された立場に過ぎません」

「……それで?」



 まずい、これは玲さんらしくない悪手だ。


 リョーコさんは“当事者意識”のない経営者を何より嫌っている。

 今の玲さんの発言は、この人にそう捉えられても仕方がない。


 ここで二者間の協力が結べなければ、構想も自工も全て――



「これまで主力となってくれていた従業員も数多く離れてしまったうえ、元々が赤字の続く経営状況。閉業を撤回などして、本当によかったのかと……今でも自問自答しております」

「……」



 しかし、そんな底冷えしきった空気の中にあっても、玲さんの瞳には決意めいた光が宿っていた。



 「でも――」



 そして、彼女が先ほどまでの自信なさげな声色を翻した直後――



「あ……レイちゃん」



 ――ドライブインの入口の扉が開き、アユミが姿を現した。



「はあぅッ……!」



 その瞬間、玲さんの言葉は途切れ、あの謎の発作にまたしても胸を押さえはじめた。



「だ、大丈夫なん……?」


「だ……大丈夫ですよ、アユミさん。それより……まだ寝てる時間やったんやないですか?」

「いや……それなんやけど、電話に起こされてしもて。しかもオマケにシュンのオトンが蛇とかからツバメのヒナ守るために、巣の下に“かえし”を作ってたから、その手伝いもしててん」


「……ツバメしゃんの……赤ちゃん……お手伝い……?」

「え、う……うん」


「はぁ……尊……」



 アユミの説明を受けた玲さんは、ブツクサとよく分からない呟きを漏らした後、さらに呼吸を荒げはじめた。


 当然、居合わせたアユミは状況が理解できずにポカンとしている。

 かくいう俺もそうだ。


 そして、そんな光景をまざまざと見せつけられたリョーコさんは――



「……ブヘヘ……」



 なんだか腹の立つ微笑み方をしていた。


 玲さんは息も切れ切れになりながらも、すぐさま我に返って弁明をはじめる。



「ヒフー……フー……あっ! ち、ちゃう……違うんです! その、私がお伝えしたいのは、それでも自工を守らないといけへん理由ができたからで、そのっ、鴻巣GMのお力もぜひお借りしたく……ゴヘッ!」



 玲さんがとうとう過呼吸で咳き込みはじめたとき、リョーコさんのテンションも思い出したかのように冷静沈着なトーンに戻り、口を開いた。



「……ふふ、本日はご体調が優れないようですね」

「え!? いえっ、大丈夫ですよぉ、私はこの通……ゴホッ、ウヘッ!」


「いえいえ、ご無理はなさらず。差し支えがなければ、改めてお時間を頂戴してもよろしいでしょうか? たとえば今日の仕事終わりに、瀬貝さんもよく御存知のスナックとか……」

「ハァ、ハァ……え? は、はい……構いませんが……」


「うふふ、きっと楽しくなりますねぇ」



 このようにして、リョーコさんのクロージング(?)にかかった玲さんは、もはやクモの巣に捕らわれた一匹の蝶だった。


 そんな二人をよそに、完全に空気と化していた俺に向かって、アユミがおずおずとした様子で声をかけてきた。



「……レイちゃん、大丈夫なんかな……」

「まぁ……リョーコさんのあの様子やったら、大丈夫やろ。しらんけど……」


「……やったらええけど……あ、それよりシュンに伝えなアカンことあったわ。ウチにさっきかかってきた電話のことやけど」

「電話……誰からや?」



「会田さんや。ア(・)レ(・)の修理――終わったって」




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