5.いすゞ 『エルフ ワイドキャブ』
「すんませーん! 日巡さん居はりますかーっ!」
監視モニターには、片手に何かの箱を持ち、もう片方の手で厨房に繋がるスイングドアを押し開けながら、喧騒の一階から二階にまで届くやかましい声を放つ例のピアス男。
そしてその傍らには、真顔かつ直立不動で佇む、東南アジア系の見た目をした若い外国人の男が映っていた。
仲間を連れて、ついにお礼参りに来たか。
そう身構えるのは当然な程、それは俺にとって恐ろしい状況だった。
「すんませーん! おォい、ファンも声出さんかいッ!」
「スイマセーン」
今回ばかりはこのまま籠城を決め込むか?
一瞬そう思ったが、このままでは一階の奥で寝ている両親が毒牙にかかってしまう。
クソがっ、ドアに『関係者以外立入禁止』って書いとんのが読めへんのか!
こうなったら、俺がバチコーンと言うたらなあかん。
そう思い、俺は意を決して階段を降り始めた。
「あのー……すいません、うちの非番の従業員が寝とりますんで……そのー、もうちょい静かにしてもら」
「あぁッ、おった……ちゃう、居はったわ!」
「スイマセーン」
前回の反省を生かした勇気の声かけは、彼らの声量によってすぐさま書き消されてしまった。
「ひっ……」
「昨日はどうもすんませんでした! 俺、あん時ほんまにイライラしとったんですわ! 兄さんには迷惑かけてしもたんで、よかったらコレお宅んとこで頂いてくださいッ!」
「スイマセーン」
勢いよく渡されたのは、“綠水堂”と書かれた贈答用和菓子の箱だった。
相変わらず、どの発言を取っても知性を感じられないこのチンピラ紛いの男から、まさか菓子折りを受け取ることになるとは。
「俺、長楽いいますわ! で、コイツはウチの実習生のファンっすわッ!」
「スイマセーン」
「ファン、もうスイマセンいらんねん! ええ加減覚えぇよ、何べん言わせんねん名前やァ!」
「アー、ファン・ミン・トゥアン……」
二人はデニム風の作業ジャケット、ピッチピチのデニムパンツに安全靴を装備した、如何にもな今どきの鳶職人といったナリだった。
表には荷台が空になったヒラの4トントラックも停まっていたことから、彼らは一応真面目に仕事をこなしたその帰り道だったようだ。
「あー……ぜ、全然大丈夫です……はい」
「そっすか! そしたら、まだここ来さしてもらってもええってコトっすねぇ!?」
いちいち声がうるせぇなぁ。
俺は嫌々ながらも、当面は今後もこんな連中を相手にしなくてはならないことを再認識し、首をわずかに縦に振った。
一方、こんなことは日常茶飯事なのか、至近で響く怒声を意に介さず、隣のファン君は興味の眼差しで店中を見回していた。
「ざぁっす、おいファン! 明日雨で空けやし、俺ちょっと打ってから帰るわ。車か店ん中で待っとけや、そのあと送ったるから!」
「アー……」
ピアス男改め、長楽はファン君に向かってそう言葉を投げつけ、ピンクでギラギラな例のジャグラー台に向かっていた。
しかし、ファン君は言葉の意味を理解しきれていないのか、少し狼狽えてから長楽の後を追っていく。
「なんで付いてくんねん! 車かどっかで待っとれゆーたやろッ」
「アー、マツ……」
「ったく、なんでそんなに日本語覚える気あらへんねん……どうせお前も飛ぶ気なんやろ? 俺もタコ親父に命令されてイライラしながらお前連れてきとんねん、忘れんなッ」
ファン君は言われたことの意味も分かっていない様子で、フラフラと店の中を見て回り始める。
あの長楽ってチンピラ、極悪人ではなかったけど……どうやら決して、良い奴でもないらしい。
それが分かると、手渡された和菓子が急にずっしりと重く感じられた。
◆
「え、何それ……」
うどん自販機の前で、キティちゃんのガマ口から百円玉を取り出そうとしていたツナギ姿のアユミは、俺が手に持っている菓子折りを見て至極まっとうな反応を見せた。
「昨日、アユミがどついた鳶からもろたんやけど……」
「どついてへん、足払いや」
「おもっくそ、みぞおち押さえとったやろアイツ……けど、まぁええわ。そういうことやからコレ一緒に食おうや」
俺は巡回という名目で監視業務を離れ、この威圧感を放つ菓子折りをいち早く無くしてしまおうと画策し、アユミにその手伝いを請うためにこうしてスナックコーナーまでやって来ていた。
幸い、アユミが乗り付けるシビックの音は近付けば一発で分かるので、ありがたかった。
「そんなに腹減ってへんねんけど……まぁもらうわ」
「そう言いつつ、うどんは食うんやな。なんにしても助かる……」
俺の溢した『助かる』の意味を知るよしもないアユミが、いつもの気だるげな表情のまま首を傾げたのは、自販機から『チン』と音が響いたのとほぼ同時だった。
プラスチックテーブルの天板真ん中に乗っていた箸入れを隅に移動し、空いたスペースに紙箱を置いて、蓋を開けた。
現れたのはギザギザの固いヴァッフェル生地に、緑のクリームが挟まれたお菓子。
それが上品な質感の袋で個包装され、箱の中に12個、丁重に敷き詰められていた。
「……ウチ、これ知っとる。よう行く隣町のオークワのギフトコーナーで、3000円くらいで売っとるやつや」
「し、しーっ! 本人あそこにまだ居るんやから、そういうこと言わへんの!」
俺が店の奥を指差すと、アユミは定位置に座る長楽の方に目線を移した。
今日は小当たりを出しているようで、脇にはそこそこに貯まったメダルのカップが置かれている。
「聞こえてへんて。いただきます……」
アユミは目線を手元に戻し、今回も割り箸を綺麗に割ってから手を合わせた。
「あいあい……たんと食らい」
俺はぶっきらぼうを装って言葉を返したあと、向かい合って座る金髪プリンの脱力した様子に思うところがあり、肩の力を抜いた。
ずるずると麺を啜る音をメインBGMに、目線を再びゲームコーナーに向ける。
そういえば、ファン君はどこに行ったんだろうか?
見える範囲にいないだけなのだが、俺は妙に彼のことが気がかりだった。
「……アユミ。あの長楽って男が連れとる外国人、見たことある?」
「ひふぁ、ふぁい」
「そうか、ないか」
となれば、ファン君はおそらくここに来るのも初めてだっただろう。
もしかしたら言いつけを守ってトラックに戻っているのかもしれないが。
「……シュン」
「ん、なんや」
「――昔のウチに向けてたんと、いま同じ目しとる」




