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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ


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4.タニコー 『スープレンジ』


  窓の向こうにそびえる蘇我入岳の山肌が、薄明に包まれて少しずつその輪郭を露わにしてきた。

 昨夜の峠はあのシビックがやって来る音を除いては幾分静かで、またこのドライブインもアユミが帰って以降は大した事件もなく、こうして無事に朝を迎えつつあった。


 俺は監視モニターを椅子から眺めながら、乳酸のめちゃくちゃ溜まったパンパンのふとももを手でさすっていた。


 ピアス男の一件を受け、『自分の身くらい、やっぱ自分で守れなあかんよな』という想いで始まった日巡シュン強化計画は、初回カリキュラムのスクワットで無理をしすぎたせいで、早々に白紙に戻したい気持ちでいっぱいだった。



「あかん、あかん……」



 しかし、ここで折れたらあかん。

 俺は今後もきっと、ほっといたらええようなことにも首を突っ込んで、何かしらのトラブルを起こすか、巻き込まれてしまうだろう。


 その度に、アユミや他の誰かに助けられてるようでは、本当にあかん。


 それに昨夜の一件は、ほんまはアユミだって危なかったはずや。

 『ウチがどつき返されて』なんてサラッと言っとったけど、あれは一歩間違えれば本当にそうなっていたかもしれん雰囲気やった。



『もっと自分を大事にせえよ』



 いや、どの口が言っとんねんって。

 アイツがこの2年間、どんな環境にどう揉まれて、あんな立ち回りを覚えたんかは分からへんけど……。

 

 いずれにしても、やっぱり自分の身だけやない。

 この店に来るアユミを含めた客の安全も、あんなアングラでよう分からんアウトロー同士の均衡ではなく、ちゃんと自分テメーの力で守れるようにならんといかん。


 俺は椅子から降りて、今度は腹筋をしながら思案した。

 

 こんな俺みたいなヒョロガリがバルクアップしたところで、たぶん大した結果には繋がらない。

 それ以上に、店の仕組みとしてどうにかしないといけない。


 何か、いい案は無いだろうか……。


 俺が上体を持ち上げるたび、ケツを置いてる床板がギシッと鳴った。





「なぁ、オトン……妙案や」



 寸胴鍋から立ち上がる、湯気の湿気に包まれた朝の厨房。

 鍋の中の業務用うどんを、長い菜箸でかき混ぜているオトンの背中に向かって、俺は深夜の全能感を纏いながら意気揚々としたテンションで声をかけた。



「2階にな、フィットネスジム作ったらええねん」

「……ふん」



 オトンは鼻で笑って返してきた。

 まだ理由も言ってないから、まぁ無理もない。

 俺はひるむことなく、言葉を続けた。



「東京にはな、24時間経営のジムがテナントビルとかにぎょうさんあってさ、ここでもそれしたらええねん。元手はいるけど、ゲーセン以外の収入の柱もできるし、何より屈強なマッチョマンが出入りするようになるさかい、ここの治安も多少良うなるかもしれん!」



 我ながら、完璧なロジックである。

 しかしオトンは俺の方を振り返ることなく、茹で上がったうどんをすくい上げながら、こう返してきた。



「それしたらな、ウチの店はペシャンコや」

「は?」


「ここはもう築50年は軽く超えとるし、今の耐震基準に合うてへん。マシンやらバーベルやら、そんなんなんぼも置ける強度あらへんわ」

「そ、そうか……」



 それは確かにそうかもしれん。

 このせいで建物を総とっかえすることにでもなれば、赤字まっしぐらやな。



「それやったら、今の一階のゲーセンのスペースの一部潰して、そこに作るとか……」

「アホ、そんな今来とる客をガッカリさせる真似したらあかん」


「せやけど、別に全部潰すとかやないで。新しめの筐体とかは残して、昔のよう分からんゲームとかはもう……」

「分からんのやったら、口答えするんやないっ」



 オトンに強めの語気でそう言われた瞬間、俺は視線を彼の背中から咄嗟に外してしまった。


 熱々の麺が金ざるの上にあけられ、ステンレスシンクの長い蛇口から流れ落ちる冷水で洗われるさまをボンヤリと目にしつつ、引継ぎノートを握る指の置き方を色々と変えた。


 少しの沈黙のあと、視界の外からオトンの小さく息をつく音が聞こえ、そこに声が続いた。



「……シュン、アイデアは悪ない」

「……そ、そうか?」



 俺は視線を再びオトンの背中に戻した。



「せやけど、フィットネスはあかん。いま来とるようなヤンチャな連中が、ランボーみたいになりよるだけや」

「……ブッ」



 悔しいが、想像して吹き出してしまった。

 そうなってしまったら、俺では絶対太刀打ちできない。



「まぁこれにめげんと、なんか別の方法で思いついたら……また相談しぃ」

「分かった……おおきに」



 俺は厨房を立ち去ろうとしたが、まだ手には引継ぎノートが残っていることに気付いた。



「あぁ、これまたここ置いとくで」

「ん」


「昨夜はな、うどんが0:00過ぎには切れてもうてたから……すまんけど、止むを得ん事情があって一杯だけ補充さしてもらったで」

「あれ……そんなに客来よったんか」


「いや、ぜんぜん」

「……ん?……あぁ……」



 オトンはプラ丼にうどんを分ける手を止めて、背中を向けたまま顎の辺りに手を置き、何か思案にふけっている様子を見せた。



「ど、どうしたんオトン」

「……すまん、よう思い出したら……昨日の晩の補充、多分してへんかったわ」


「……は? でも、鍋洗ってたやろ」

「洗ったけど、そもそも使ってへんかった気がするわ」



 なんやそれ……何も汚してない鍋を洗ったってことか?



「えぇ……」

「うへへ、あかんなぁ年取ると」



 オトンは直後にため息をつきながら、誤魔化すように腰をとんとんと叩いた。


 俺には、それ以上責める気は起きひんかった。


 なぜならその背中が――昔見たときより随分ちっちゃなった気がしたから。



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