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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ


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3.SEGA 『頭文字D THE ARCADE』


「ゴホッ、ゴヘァッ……んじゃコラッ、お前ぇ……!」



 ピアス男は激しく咳き込んで床に伏したまま、今にも飛び掛からんとする勢いで語気を強め、腕を立てて立ち上がろうとする。


 対するアユミはそんな剥き出しの敵意など全く意に介さず、男のそばで腰を落としてしゃがみ込む。

 そしてすっと手を伸ばし、男の身体が浮く前にその片腕を掴んで手早く直角に曲げると、容赦なく肩関節を捻り上げた。



「――がああぁッ!? いッ……」



 再びゴム床に伏した男が、ゲームコーナー中に響き渡るほどの苦悶の叫びを上げる。


 おいおい、大丈夫かこれ?


 頭文字Dのシートに座っていた肥えた男は、呆気に取られた様子でこちらを見ている。

 筐体のゲーム画面では、目を離しているうちに黒いGT-R(R32)が秋名のヘアピンカーブのガードレールに突っ込んでいた。


 アユミは天井に目線を移しつつ、男に向かって淡々と言葉を投げた。



「なぁ、あれ見えるか? カメラ、最近付いたん気付いとらんかったやろ」

「……っ」


「自分、ナガラ足場んとこのボンやろ。なんぼあのチンピラの親父の下におるいうても、もうちょい後先考えなあかんのちゃうか」

「や、やかましいわッ。なんやねんオマ……つッ……!」



 アユミは腕の捻りをより強めながら、さらに顔を男に近付けて言葉を続けた。



「駐在がろくすっぽ働かへんこの田舎でな。このまま自分が手ぇ上げて、ウチにどつき返されて、ここで二度とスロットで気持ちようペカれへんようになるのも自己責任……」

「……あぁッ!?」


「仮に自分にウチがどつかれたとして。自分とこの、ぎょうさん単管載せとるボロトラックの車検な、アレをうちの社長が二度と引き受けへんて言ったとしても……まぁ自己責任や」

「そ……っ! お前、瀬貝自工の……うっ」



 ピアス男の声のトーンが明らかに落ちた途端、アユミは極めていた腕の角度をだんだんと緩め、やがてそっと手を離した。

 男は床の上で脱力して横たわったまま、目線だけを彼女に合わせていた。



「もっと自分大事にせえよ。親子でちょっとギクシャクしとるくらいで――自分から逃げ場潰すような真似すんな」



 アユミの気怠げな目は、いっさいその色を変えなかった。



「……」



 ピアス男は、もう暴れる気はないらしい。

 ふらり、ふらりと立ち上がり、俯いたまま黙りこくってしまった。


 俺には分からない。

 この男、口を開けば「ダボ」とか「んじゃコラ」くらいの言語しか飛んでこなかった気がするのだが、そのどこに親子喧嘩のサインが潜んでたってんだよ。



「まぁよう謝っとき。どのみち、あのカメラの映像バッチリ握ってんのは、そこの東京もんで天パのおにーさんや」



 アユミに指を指されそうになって、俺は思い出したかのように、慌てて首を向こう側へと反らした。



「……さっせん……した」



 視界の外からすっかり弱々しくなったピアス男の声がしたので、俺はアユミから首を反らしたまま、目線だけチラチラと男に向けて「お、おぉ」と答えた。



 彼が静かに店を後にしたのは、それから間もなくのこと。

 その様子を見届けたアユミも、ポケットに手を突っ込み直してから、何も言わずにふらりとスナックコーナーへと戻っていった。


 俺はひとまず、さっき弾き落とされた大きなトレーを拾うことにした。


 シャツの胸元に目をやると、ひどくよれていた。

 襟から下をハタハタと振って伸ばすと、自身の足が、自然とバックヤードの方を向こうとしていたことに気が付いた。

 

 ――いや、さすがにそれは人としてあかんやろ。




「……アユミ、その。おーきに」


 

 俺が話しかけると、すでにスナックコーナーのテーブルに着いていたアユミは、綺麗に割ったばかりの割り箸を両手に持ちながら、いつもの表情でこちらを見上げた。

 テーブルに置かれたうどんは、まだわずかに湯気が立っていた。

 

 

「……おかえり、シュン」



 その一言だけを返して、アユミはうどんを食べ始めた。



「ただ……いま。っていや、全然驚いてへんやん」

「んー」


「いつから気付いてたんや」

「……ふぁめふぁふいふぁふ」


「ごめん、うどん飲んでからでええよ」



 そう言うと、彼女は少しぷくっと膨れた頬をもごもごとさせ、やがてゴクンと喉を震わせてから再び口を開いた。



「カメラついたとき」

「……は?」


「シュンのオトンに、今まで付けてへんかった監視カメラなんて、操作できるわけあらへん。たぶん、じきに自分に使わせるためやろなって思った」

「いやいや、付いた時はまだ帰ってへんかったで。それに、別にオトンも説明書くらい読んだら使えるやろ。うちの自販機とか、もともと全部自分でいじっててんで」


「……あー……」

「……ん?」



 え、何や今の「あー」て……。



「……まぁ確信までは持てへんかったけど、でも当たってたやろ。だって、偶々にしては都合よすぎるタイミングで、本人がおもろい演技しながらほんまに補充しに来たんやで」

「なんやそれ……」



 あほくさ……。

 いずれにしても、俺ははじめからバレとると知らず、あんなアホな茶番をアユミの前で披露しとったってことかい。

 俺の羞恥心がケトルみたいにボコボコと沸騰して、行き場を失った手が頭を掻いた。

 アユミは何を思っとるのか、無表情でうどんをもぐもぐしながらこちらを見つめている。



「あー、おもろ」

「そう言うんやったら、せめてもうちょい面白そうな顔せーよ……。そ、それよりも、なんであの兄ちゃんが親子喧嘩してるって分かってん。何もそんなこと言っとらへんかったのに」


「別に。分かったんと違ごて、知ってただけや。ここ通ってたら、自然と耳に入って来ることくらいあるやろ」



 アユミの淡々とした語り口に、俺は少しハッとした。


 彼女があのピアス男に対して無意識にやっていたことは、本当はその道を志していた俺自身が身に付けなければいけなかったことだ。



「……それは、そうか」



 そんなこと、すっかり頭の隅に追いやってしまっていた。


 二年しかおれへんかったけど、俺が東京の大学で身に付けたことって――いったい何やったんやろ。

 


「……」

「……」



「なぁ、聞かへんのか。なんで俺……」

「ここはそういう場所やろ」



 アユミは淡々と諭した後、手にしている箸で背後に並ぶ古い自販機たちをツイツイと指し示した。

 沈黙の中、微かに響き渡る稼働音は10年前から変わっていない。



「……ごちそうさん」



 アユミは手を合わせた後、空になったプラ丼と割箸を手に、10年前より修繕テープの色と数が増えた椅子からそっと立ち上がった。

 お残しを捨てるバケツも用意してあるのに、律儀に汁まで全部飲み干してある。



「おう……味とか、ヘンやなかったか」

「ん、ふつーや」


「そか。まぁ、いうても分量通りに既製品使っただけやしな……」



 ただ誰にでもできる仕事をやっただけ。

 そう思って、俺は自嘲気味に言葉を返した。


 回収箱に丼を入れ、扉を前にしていたアユミは外を向いたまま、肩をすくめてこう答えた。



「自販機のうどんなんか、ぬくかったらええねん」




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