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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ


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2.北電子 『ミラクルジャグラー』


 厨房のステンレス台に広げた、普段はもっとたくさんのうどんを運搬している大きな緑色のトレーに、今はプラ丼と継ぎ足し用のボトルが一つずつ置かれている。


 袋を開けてさっと茹でた業務用の麺一玉を丼にどかっと入れ、その上に既製品のペラペラなかきあげを一枚乗せた。

 ボトルには粉末を熱湯に溶かしただけの熱々のダシが入っていて、注ぎ口からわずかに湯気が立ち上っている。



「あほくさ……ここまでやるならもう、作ってそのまま渡したらええのに」



 俺は自嘲気味に笑ったが、同時にそれができない理由もよく分かっていた。


 作ったうどんを渡してしまうと、俺はアユミに確実に顔を見られて終わる。

 それに、アイツは“自販機から”出てくるうどんが好きなのであって、普通に供されるうどんが欲しいわけではないはずだ。


 俺は意を決してトレーを持ち上げ、足でスイングドアを押し開ける。 

 あの夜と同じように、数多の筐体が発する耳をつんざくような音が、一斉に襲い掛かって来た。


 時おり、ゲームコーナーもきょろきょろと見回す。

 カメラにも映っていたジャグラー台に興じるやんちゃそうな若いピアス男と、頭文字Dの筐体で熱心にステアリングを切っている肥えた男がいるくらいで、うどんの減りのわりに客は入っていないように見受けられた。


 しかし、俺は売り上げの心配よりも、この姿を見る人間が少ないことに安堵していた。


 やがて到達したスナックコーナーの手前で、俺は身体の向きをそそくさと変え、アユミがいると思しきテーブルに背を向けた。

 そして、そのまま現行のアイス自販機、古い瓶コーラ自販機、故障中のハンバーガー自販機と視界に映していきながら、立ち並ぶ自販機の前をカニ歩きで進んだ。



「……おにーさん、もしかして補充?」



 背後からアユミの少ししゃがれた声が聞こえて、全身がわずかに跳ねた。

 ボトルの中でダシがぐるんぐるんと回る感覚に注意を向けながらも、俺は思考を凝らす。


 む、無視するべきやろうか。

 しかし、ここで返事せんかったら、さすがに怪しいか……?


 悩んだ挙句、俺は依然としてアユミに背中を向けたまま、頭文字Dの筐体に座っていた男の姿をふと思い出し、野太い声を作って言葉を返した。



「も、もう少しでできますから。座ったままお待ちください」



 完璧や。

 東京で鍛えた標準語も、違和感なく紡ぎ出せとる。


 彼女からの返事はなく、そして俺の方も特にそれを待つことはなく、大きなトレーを片腕で何とか支えながら、キーストラップに付けた鍵束をポケットから取り出した。



「えっと……たしか、ここだ」



 覚束ない手付きで鍵を穴に差し込んで回すと、取り出し口とニキシー管表示器がある区画を除いた、うどん自販機の白と黄色とオレンジの前面部分がギイと音を立てて開き、内部構造がはっきりと見えるようになった。


 後ろでは、何やら椅子が動く音がした。

 どうやらアユミが、補充の様子を見るために近づいてきているようだ。

 夜にうどんが補充されることなんて滅多にないから、単純に興味があるのかもしれない。

 

 いや、座って待っとれ言うたやろがい。


 この聞き分けの悪い幼馴染の生態に内心呆れながらも、俺は平常心を保とうと心を落ち着かせた矢先、アユミのじっとりとした声が耳に届く。



「……ふぅん、一杯分だけの補充なんて聞いたことあらへんわ」



 へ、平常心や……平常心ンンッ!


 俺は言葉を返さず、震える手先でプラ丼を左側にあるコイル状のレール最下段になんとかセットして、次に右側の長細いタンクを引き出し、中にダシを継ぎ足した。


 そして、再び自販機の前面部分を閉じて鍵をかければ、工程は完了である。



「お、おまたせしました。ごゆっくりどうぞ」



 野太い声を維持したまま、背後にいる彼女に言葉をかける。



「……おーきに。()()のおにーさん」



 気だるげなのにどこか柔らかい、アユミの返事が耳をくすぐった。

 よかった、なんとか隠し通せたみたいや。


 俺はホッと肩をすくめ、トレーと空になったボトルを手にしたまま、硬貨が投入口に落ちていく音を耳にしながら――彼女の方を振り返ることなくスナックコーナーを後にした。




 物置に戻ろうと、ゲームコーナーを抜けようとしたとき。

 俺はスイングドアの手前で、筐体たちの電子音に紛れてどこかから耳に飛び込んでくる、とある異音が気になった。


 それはガンッ、ガンッと何かが固いものに当たるような音だった。

 どこか嫌な予感を孕みながらも、その正体を確かめようと俺は再び周囲を見回した。



「……チッ、クソ、カス……クソッ」



 音の正体はすぐに判明した。

 それまで黙々とジャグラーのスロットで遊んでいた例のピアスまみれの兄ちゃんが、金属スツールに腰を掛けて謎の悪態をつきながら、安全靴とおぼしき黒い靴を履いた足で実機を蹴り続けていたのだ。


 理由は色々と察せられるが、どうせ大したことではない。

 この程度の台パン行為は、正直これまでもモニター越しに何度か見てきたが、すべてスルーしてきた。

 俺はゲームコーナーに向きかけた足を、再びバックヤード側へと向け直した。


 単に面倒と言えばそれまでだったのだが、それ以上に東京での経験が、物置を出ようとするたび俺に『やめておけ』とストップをかけてしまっていた。




 ――それがなぜか、今だけは違った。


 足は、やっぱりこのピアス男の方を向いた。

 


「お客さん。すいませんけど、止めてもらえます?」



 他人のフリやったけど、久しぶりにアユミと話したからかな。


 それとも、あの『おーきに』って声がどうしても頭から離れへんからかな。


 とにかく今は一人の人間として、間違っていることを間違っていると、正しく言わなあかんと思った。

 これは、オトンの店の大事な実機や。



「あぁ?んじゃ、ダボォッ」



 ――しかし、迂闊やったことは否めん。


 目の前のこいつは、歳はたぶん俺より下やろうが、それだけに後先考えん未熟なヤバさが色々とにじみ出とった。


 それを分かっていながら、俺が近づき過ぎたせいで、ピアス男はスツールに座ったままでも、躊躇なく足を出してきた。


 空気を鋭く切る音とともに、弧を描いた相手の重いつま先が――思い切り右手をかすった。



「いッ……!」



 咄嗟の呻きが溢れる。

 持っていたトレーは弾かれて手から離れ、やがて後方に大きな音を立てて落下した。


 俺がジンと痛みの広がる手を押さえ、困惑している間にも、ピアス男はスツールから降りて、口を意味もなくクチャクチャとさせながらジリジリとこちらに近付いてくる。



『日巡君って、なんというかこう……そうそう、真っ直ぐだよね。いや、私はいいと思うよ、真っ直ぐなのは別に……うん』


『クスッ、もうちょっと上手くやればいいのに……』


『それさぁ、今聞いてどうするの? それより成績の心配したら?』



 あぁ……くそっ。


 なんでここに来て、記憶がそっちに上書きされるんだよ。

 

 

「……しょうもな……」



 思わず言葉が漏れた。


 悪いことした奴に、止めろ言うただけやのに。

 結局、世の中そういうもんなんか。


 ピアス男に胸ぐらを掴まれて、踵が浮いた。

 ヤニ臭さが直に伝わる顔の距離で、どうしてそこまで敵意を剥き出しにできるのか、理解し難い程にメンチを切られて。

 驚くほど無抵抗に成り下がってしまった自分が、あまりに情けなくて。


 そうこうしているうちに、ある一言が震える口から、あまりに自然に漏れかかった。



「す、す……すみま――」



 ――その瞬間やった。


 胸ぐらを掴んでいたピアス男の姿が、突如として視界からストンと《《落ちた》》。


 同時にシャツの胸ぐらを引っ張っていた力がスッと抜けて、踵が床にすとんと落ち、思わずよろけそうになった。



「ンバッ……かは、がほッ!」



 気道から直に漏れたような、間の抜けた呻きと咳が足元から聞こえた。



「オェッ、ゴヘッ、がァっ……」



 暗がりの中、緑のゴム床に伏せ、みぞおちを押さえながら咳き込むピアス男。


 そのすぐ横には、数多の筐体からバチバチと瞬く何色もの光に照らされた人影があった。


 ツナギのポケットに手を突っ込み、流れるような線を描いた鋭い足払いの余韻を、高く持ち上げた片足に残しながら、気怠げにピアス男を見下ろす――



「あ、あ……っ」



 ――アユミのサイドの金髪が、ふわりと揺れるたびに煌々と瞬いて見えた。

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