53.鴻巣グループ 『国際HOTELやまぶき』
「――このホテルは、1963年に私の祖父が創業をいたしました。創業当時の屋号は『山吹荘』で、今の名称に変わったのは1970年……大阪千里で開催された、大阪万博に合わせた改称だったんです」
「なるほど……それで“国際”って付いてるんですね」
「ふふっ、節操のない名前でしょう?」
「いえ、そんなことは……」
俺がドライブインの宣伝と並行して、伊澤議員や会田技研、そしてこのホテルのように地元のキーパーソンや企業を取材し、記事を発信しているのは――強硬的なリゾート開発によって失われてしまうかもしれないものを、多くの人に知ってもらうためだった。
「ここ、蘇我入温泉は日巡さんもご存知のように……そう遠くない周辺エリアに有名温泉地が点在し、相対的な知名度がそれほど高くない温泉地と位置づけられています。しかし、ここも成り立ちの歴史は城崎温泉と同じくらい古いことが分かっていて、時の行氣上人が奈良時代に開闢した源泉は、平安時代には貴族の湯治の場となっていたそうです」
「城崎温泉と同じ時代……すごいですね。地元民なのに、全然知りませんでした……」
肩書き上、ただのドライブインのいちブロガーでしかない俺だが、半年前にインスタで起こった一時的なバズで得た話題性をとっかかりに、今でも一定数の読者を抱えることができている。
それだけ、この問題の当事者が全国の様々な地域に存在するということなのだろう。
「しかし、それだけ歴史が古くとも……やはり無視できないのは、アクセスの悪さだと思います。私が協会に勤めていた城崎温泉も、神戸の有馬温泉も、鉄道を降りてすぐ目の前に温泉街が広がっていました。ここには鉄道がない代わりに会社の慰安旅行や海外客のツアー等、バスを使った団体客で賑わっていた時代もありましたが……個人旅行が主となった現代ではそれも激減してしまいました」
町の姿をなるべく残すこと、そして巡り巡ってドライブインを生き残らせるために味方を増やすことが目的だったこのブログは、ここに来てさらに大きな意味を持ちはじめていた。
「ありがとうございます。鴻巣GMは『やまぶき』の総支配人に就任されて間もないですが、この現状について……何か打開策はお考えですか?」
それだけに――俺は少し焦っていた。
「そうですね……まずは新体制への移行を急ぎ、客室や温泉設備の更新、宿泊料金の見直しなど、いっそうのサービス向上を図ります。そして、周辺観光地と提携した案内などを充実させ、地域一帯の循環を推し進めます」
今の形骸化した旅館組合に、外資系リゾートの建設を押し退ける力はない。
しかし、現在進行形でインバウンドと地域活性のバランス調整に成功している城崎温泉から召集された彼女が、そんなパワーバランスに何か一石を投じてくれるのではないか。
そうなれば、伊澤議員の計画に待ったをかけられる、大きな力になるのではないかと――俺は少し期待しているところがあった。
「……すでに外資リゾートの誘致が現実になりそうですが、それに対する危機感などは……特にお持ちではないでしょうか?」
「たしかに、彼らは正面から競合する相手となるでしょうし、危機感は多少なりとも持ち合わせています。しかし、我々には……創業当時から大切にしてきた“おもてなし”の心がございます」
――でも、これではまるでダメだ。
彼女の整いすぎた言葉の節々からは、具体的な改革の息吹が微塵も感じられなかった。
「……日巡さん、いかがなさいましたか。どこか、ご体調でも?」
どうやら、失望の念が顔に出てしまっていたのかもしれない。
鴻巣GMは自身の手を顎に添えながら、俺の顔をぐいっと覗き込んできた。
「……い、いえ。なんでもありません……」
「……ふうん」
そして、彼女は何やら意味ありげな声を上げながら、目を細めてこちらを見続けている。
なんなんだろう。
こんな話、いつまで続けても仕方ないし、俺はもういつ切り上げようかと考えているのだが。
「……日巡さん、私からもひとつ……よろしいでしょうか?」
「えっ、あ……はい」
「日巡さんはどうして、この町にドライブインを残したいとお考えなのでしょうか?」
「え……」
質問が来ることは、少し想定外だった。
てっきり、うちのドライブインのことなんて、歯牙にもかけていないものかと思っていた。
「日巡さんとお会いするまでに、お書きになられたドライブインに関する宣伝や記事は、すべてお目通ししました。どれも胸に残る素晴らしいことが書かれているのですが……それでも一つだけ、はっきりと書かれていないことがありました。それが質問の内容なのです」
彼女の質問に対して、俺が真っ先に思い浮かんだ言葉はいくつかあった。
古きよきノスタルジーを守るため。
失われゆく遺産を守るため。
町のみんなのため。
家族のため。
地方の活性化のため。
でも、これらは全部核心ではない。
その程度の耳障りの良いことであれば、とっくに記事に書き連ねている。
「えと、その」
俺が言葉を口にしあぐねている間も、鴻巣GMは真剣な眼差しをこちらに向けたままじっと待っている。
なんなんだ、この人。
『ハズレホテルを押し付けられた』という本音を包み隠すために、口当たりの良い言葉しか話さない人じゃなかったのかよ。
「わ、私……」
だめだ――この目は誤魔化せない。
「わ……お、俺、ドライブインに……ほっとけない人が、いるんです」
「……へぇ」
絞り出した俺の言葉を聞いて、GMの表情は一気に“悪い顔”となった。
「ぜ、全部話すと長くなっちゃうんで……あれなんですけど。とにかく、今うちが潰れれば……その人はきっと、すべてを失います。あくまで、今は……ですけど」
これが、俺の精一杯の回答だった。
言葉にするのはすごく恥ずかしくて、とても記事に書けなかった本音。
でも、俺はどこか気負い過ぎていたのかもしれない。
さっきまで、なんだか大きいものを背負わなきゃと思い込んでいたのに、彼女の質問のおかげで、不思議と原点に立ち返れたような気がした。
そうだ、俺は他でもない――アユミひとりのために活動をしていたんだった。
「話すと長くなってしまうんですか……それはよくありませんね」
「……は?」
「まぁ、いいでしょう。すみませんが、このあとは予定が立て込んでおりまして、そろそろ……」
「あ……は、はい。大丈夫で……す……?」
俺は、さっきから見せられているGMのなんとも言えない反応に、理解が追い付かずにいた。
ここまで来ると、今度はここで切られてしまうことが、なんだか得策でないようにすら思えてきた。
「……あの、GM……」
「ところで私――この土地のお店とか、まだよく存じ上げてないんです」
俺が再び声をかけようとした刹那、彼女はソファを立ち上がって赤いワンピースを翻し、こちらに背を向けたまま話しかけてきた。
「お店、ですか……」
「はい……どこか、スナックなどは存じ上げませんか? 今週金曜の二十時頃、差し支えなければ……」
そして、彼女はそれから一度も振り向くことなく、さらに言葉を続けた。
「あなたの“ほっておけない人”と一緒に、お店を案内していただけると――私、とても嬉しいです」




