50.トヨタ 『ハイエースワゴン 100系』
「――アタシ、このオッサ……西口さんがサボっとるトコを目撃したんです! それで証拠押さえて、問い詰めようとしとっただけ! オヤジ狩りなんかとちゃいますよ!」
あれから俺たちは、ヤンキー少女とオジサンにスナックコーナーのテーブルについてもらい、今回の騒ぎの事情を二人から伺っていた。
「あはは……サキちゃん、オジサンはサボってたんじゃないんや。送迎の予定がずっとあらへんから、GMから待機の指示をもろてたんや……」
「いや、それホテルの駐車場で待機しときやって意味やん! ぜったい、ドライブインでゲームしてサボっていいなんて言われてへんって! それに、それはおじ……先代の指示やろ、今月からはアタシのマ……GMが変わったんやから、そんなんもっと許されへんわ!」
アユミと見比べたせいで言うほどヤンキーには見えなくなってきたヤンキー女子が席から立ち上がり、オジサンに向かって激しく吠える。
そして、この騒動の原因は100%オジサン側にあったことが、こうしてはっきりと分かった。
言い合う二人を前にして、アユミはとっくに興味を失っているようで、気だるげに肘をつきながら、窓の外で互いに鳴き交わすツバメたちに視線を向けている。
話をまとめると、常連のオジサンこと西口さんは、温泉街の数少ない生き残り旅館である『国際HOTELやまぶき』の送迎ドライバーであり、勤務時間中に客がいないという理由でウチに入り浸ってはゲームに勤しんでいたらしい。
そして、このヤンキー女子ことサキさんのお母さんは、『やまぶき』の年度切り替わりに伴う経営刷新の一環で、新しく総支配人となったお方なのだそうだ。
高校生であるサキさん自身は直接ホテルに携わっているわけではないらしいが、今回は原付に乗ってお使いしている途中に、ドライブインの駐車場にホテルの送迎用ハイエースが停まっているところをたまたま見かけ、西口さんを問い詰めるに至ったとのことだった。
「しかもなんやねん。やっとるもんもやっとるもんで、こんな古くっさい絵の女の子と麻雀するゲームて! もうホンマにキショイって!」
……ん?
麻雀ゲームって、もしかしてあのCPUの女の子がやたら強い脱衣麻雀のことか?
となると、半年前の広島から帰ってきたあの日に、全クリを達成した伝説の男はこのうだつの上がらない西口さんということに……!
「あ、和了マスターと呼ばせ」
「――なんですか!?」
「い、いえ、なんもないです……」
サキさんが西口さんに向けていた、人ならざるものを見る目がこっちに向きかけた瞬間、俺は口をつぐんだ。
「……あぁもう、ホンマに最悪や! ホテルの従業員がどいつもこいつも、こんなテータラクなせいで! なんも関係ないアタシがこーして豊岡のマブとお別れせな――」
サキさんが感情を抑えきれず、肩を震わせながら段々と声を大きく、そして荒げていく。
しかし、アユミが自身の口の前に指を当てて「シー……ッ」と合図を送ったことで、彼女は激昂の寸前でピタリと落ち着きを取り戻した。
「静かにしいや。タマゴ暖めとんねん……びっくりしよるやろ」
アユミが外のチェリオ自販機がある辺りを指差すと、サキさんは再び顔を赤らめながら着席した。
その後、アユミはため息をついてからサキさんに話しかけた。
「……やっぱり自分、この辺のもんちゃうんやな」
「……はい。アタシもマ……GMも、先月まで豊岡に住んでたんです。GMは元々、城崎温泉の観光協会でバリバリ色々やってはった人で、ここのホテルとはなんも関わってなかったんです。でも、アタシの叔父が経営を引き継いでたこのホテルが、その……」
サキさんは口をつぐんだが、言われずともその先の内容は分かっている。
あの『やまぶき』の周辺に点在する廃旅館と同じ運命を、ホテルがこの先きっと辿ってしまうであろうことも。
そして、それを危惧した創業一族がテコ入れのため、成功のモデルケースである城崎温泉の造成に携わっていたサキさんの母親を召集したことも。
きっと、同じイメージをしていたであろうアユミが、ボソリと口を開いた。
「……バリキャリのオカンに一人来てもらったところで、どうにかなるんかな……あのホテル」
「……アタシ、あんまし頭よくないんで、正直わかんないす。でも、どんだけGMが頑張っても、肝心の従業員がこんなんばっかりやったらもう……」
サキさんが俯き気味に、隣の西口さんを指差しながらそう零すと、西口さんの肩は一瞬跳ねた。
おそらく彼だけを指した言葉ではなかったと思うが、生きた心地がしないというのであれば、それは自業自得だと思う。
「で、そのオッチャンどうするつもりや?」
「……正直、もうどうする気も起きんくなりました。ホテルの従業員たちにやる気あらへんのは、さっきも言ったように全体の問題やし……このオッサンだけ突き出したところで、あんまし意味ないしで……なんかもう、疲れました」
「……そう」
「せやし、もうサボらへんのやったら見いひんかったことにしようと思います。こんな写真をスマホに入れとくのも嫌ですし」
そう言って、彼女が軽く見せてきた写真は、ちょうど女の子が服を脱いでいるシーンを西口さんが食い入るように見ている情けないショットだった。
俺が身を乗り出して写真の脱衣中の女の子を覗いていると、アユミにケツを叩かれたので再び着席した。
まぁ、社会通念上よくない考えだが、正直うちとしては利益率のいいゲームに打ち込んでくれる常連さんの存在はありがたかった。
なので、これから彼が来るペースが減ってしまうことは、ちょっぴり痛手だった。
「……まぁ、それは任せるけど。ちょっとこれだけは――見いひんかったことには、できんわ」
アユミはそう言って、俺のシャツに付いた鼻血の染みを指差した。
すると、今度はサキさんの方が肩身狭そうに、椅子で縮こまりながら黙りこくってしまった。
店内に流れる昭和末期のヒットソングがしばらく流れたあと、彼女の隣の西口さんの口から、ある提案が飛び出した。
「そうしましたら……この血は私とお兄さんがぶつかってしまったことにして、私がホテルのクリーニングに出しましょうか。もちろん、私の負担で……」
彼はしれっと自分の罪を隠蔽しながらも、同時にサキさんを庇おうともしている様子だった。
しかし、正直なところ――今の俺の関心事はすでに、また別の所にあった。
「分かりました……そしたら、お願いしようと思います」
「承知しました。実際、この辺りにはクリーニング屋ないですし、染み抜きの腕は確かです……たぶん」
「それと、できればなんですが――もうひとつお願いがあります」




