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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ
2026年

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48.RANGE ROVER 『DEFENDER』


 ――寒い山間の冬が明けた。


 『ホーホケキョ』と鳴くウグイスの声は、校舎を囲うように植えられたツツジの藪を越え、校庭の外の干拓農耕地帯をも越え、向こうにそびえる蘇我入岳にまで届きそうなほど高らかとしていた。


 ツツジの開花にはまだ早いが、それが咲くまでいったい誰がこの木々の世話をするのだろう。

 それとも、もう咲いた花を見る前に藪はなくなってしまうのだろうか。

 着なれない襟付きの白いシャツとスラックスに身を包んだ俺も、ここに集まっている町民の大多数のように、子の親になればそんなことは気にならなくなるのだろうか。


 咲き始めの桜に囲まれた元(・)下蘇我小学校の校庭で、壇上に立った伊澤議員のマイクを通した声は――先のウグイスに負けないほど高らかと響き渡っていた。



『――私には、今年度から小学5年生になった息子がいます。それまで学校生活を送っていたこの下蘇我小学校の廃校を機に、彼はこの町の操車場前から出る朝のバスに一時間ほど揺られ、隣の市街にある編入先の小学校へと通うことを余儀なくされました! これは、三年前に廃校を迎えた蘇我小学校の子供たちにとっても同様です! 親世代である私たちがこの小学校に通っていたころ、将来こうなることを予想できた人が、いったいどれだけいらっしゃったのでしょうか?』



 演説を聞いている人たちは高齢者層よりも中年層の割合が多く、また普段は建設業に携わっているような風貌の男性の姿もちらほら見受けられた。

 


『古来より温泉を中心に栄えてきたこの町は、昭和の最盛期には慰安旅行先の定番の一つとして数えられ、全国から数多くの観光客が訪れていました。また、そんな観光業を支えるべくして多くの人がこの地に居を構え、前向きに仕事へ取り組み、そして生活を営んできました。そう……私たちが子供の頃は、この町はたいへん活気にあふれていたのです! それがバブル崩壊以降、緩やかながらも町全体は衰退の一途をたどり、今ではこの地で生まれた子供たちが満足に学校教育も受けられない有様となりました!』



 これまでに嗅ぎまわってきた伊澤議員の経歴や素性、そして覚悟はこの演説のように曇りないものだった。

 だからこそ、『これから失われていくもの』には敢えて目を瞑ろうという彼のスタンスすら、この場では圧倒的な正のエネルギーに変わっていた。



『私が打ち出している海外資本のリゾート誘致構想に対しては、既存の旅館組合や一部住民の方々、そして県議会の保守層から激しい反対の声が上がっています。彼らが抱く考えや不安は、私にもよく分かります。しかし、需要がこれまた昭和期より激減した林業以外に、この自治体が抱えられる産業は残念ながら限られています! 山間で平地が少ないことから企業の大規模な工場を誘致できず、鉄道空白地帯がために新たな通勤動線も作りにくい。この学校の周囲に広がる干拓地で行われる農耕によって、首の皮一枚繋がったこの自治体に再び学校を建て――次の世代の子供たちが安心して暮らしていくには、観光という産業に新たな風を吹き込む、強力なカンフル剤が必要となるのです!』



 アクセントの強い彼の言葉に対して一斉に拍手が上がり、どこからともなく「そうだ!」と叫ぶ誰かの合いの手が入った。



『すでに新市長候補の田島氏には構想の理解が得られており、あとは皆様の投票だけがどうしても必要となります! どうか、4月の市長選は田島氏に清き一票を何卒、よろしくお願いいたします!』



◆



「あっ、あなたはたしか……ドライブインの!」



 応援演説を終えた伊澤議員は、自家用車のレンジローバーに向かう途中、校庭外の駐車場で待っていた俺を見つけるなり、明るい笑顔を浮かべながら近づいてきた。



「来てくださっていたんですね。昨年は、うちのカイトがほんっとうにお世話になりました……!」

「いえいえ、伊澤議員の方こそ演説お疲れさまでした……なんというかその、すごく……心打たれました」



 伊澤議員が両手で握手を求めてきたため、俺が戸惑いながら手を差し出すと、彼はそれを握ってブンブンと上下に振った。



「いやはや、そんな。どれも子を想えば、自然と腹から出てきた言葉でしかありませんよ。それより今日は……おひとりなんですね?」

「えぇ、連れはドライブインの方が忙しくて……最近は宣伝の甲斐あってか、ほんの少しずつですが、外からお客さんが来てくれるようになってきたんです」



 正直、アユミはこの手の演説にあまり関心ががないだろうと思い、連れてくることは考えていなかった。

 とはいえ、実際にドライブインの集客に改善がみられていることも一応の事実なので、アユミにはあくまで本来の役割に徹してもらっている。



「よく存じ上げてますよ、日巡さんのインスタとnote記事をいくつか拝見しましたので! いやはや……あのとても貴重なうどん自販機の修理は、やはり一筋縄ではいかないものなんですね。いよいよ5か月が過ぎ、間もなく半年ですか。早く直るといいですね!」

「えぇ……会田技研の会田さんは、実物がない絶版部品のリバースエンジニアリングには、どうしても相当な時間がかかると言ってはりました。同じ役割を果たす形状を予測して部品が作れても、今度は材質が違う可能性があったりして、中々思うようにはいかないみたいです」


「そうですよね。取材記事にも書いてあった『一度失ったものは、簡単には元に戻らない』……でしたか。あれは日巡さんの記事のなかで、私が最も共感した一文でした」

「えぇ……俺もほんまに、心からそう思います」



 山から吹き下ろした冷たい風の音が、俺たちの間にさらさらと流れ込んだ。

 


「――伊澤議員が推し進めようとしているリゾート誘致について、何点か確認したいことがあります。少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」




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