46. セタ『スーパーリアル麻雀 PV』
「特に月々にいくらやとは言わへん。自分が無理なく払える額を収めてくれたら、それでかまへんわ」
「……」
「……へ、部屋は空いてるところを母さんが掃除しといたから、そこ使うたらええわ。自分、畳に布団敷いて寝られるタイプか?」
「……」
「も、もしアカンかったら……その、あれや。シュンが赤ん坊のとき寝かしとったベビーベッドあるわ。ガハハ……なんつって……へへ」
オトンは年長者としての威厳をなんとか保とうとしながらも、中々反応を返してこないアユミを前に、ただ落ち着きなく口を動かしている。
勘弁してくれやオトン、俺のクールなイメージが身内のせいで崩壊してまうやろ。
そして一方のアユミは言葉を失い、いつもの精悍な顔つきが嘘のように、ただ口をほんの少しだけ開いたまま硬直していた。
それからまた少しの沈黙の間が空いて、さらに店の奥にある脱衣麻雀の筐体から『また負けたぁ♡』という音声が無常にも響き渡った途端、オトンはついに堪らなくなって、汗を迸らせながら俺の下へジリジリと歩み寄って来た。
「……な、なぁシュン。お前、アユミちゃんにこの件……事前に言ってへんかったんか?」
「いやだって。オトン、あの時に『うん』て言うてへんかったやんか……」
「あの子、他に行くとこあらへんのに、アカン言えるわけないやろ。お前の提案聞いて、どう母さんに誤解受けんと説得できるか考えとったんやろがっ」
「それならそうと言え、おばかオヤジっ」
「やかましいわアホ息子っ。そら知らんのやったら、アユミちゃんも急に『家賃』言われても意味不明やわな……シュン、お前からちゃんと説明せぇ」
「……へぇへぇ」
冬のはじめにも関わらず、頭から湯気を立ち上がらせるオトンを視界から外し、さっきまでアユミが居た方を向くと、そこに彼女の姿はなくなっていた。
「あれ、アユ……」
周囲を見渡し、視線をスナックコーナーの古い汎用自動販売機に移した瞬間――その陰に身を隠しながら、片目と顔の一部だけを覗かせてこちらの様子をじっとりと窺っている、アユミの姿がそこにあった。
猫かよ、コヤツは。
「い、いやぁ、かんにんなビックリさしてしもて! 別に黙ってたわけじゃなかったんやけど、家族間でちょっとした手違いがあったと言うか、言い出すタイミングもちょっと見つからんかったというか……」
俺がジリジリと近づくと、少しだけ出ていたアユミの顔が自販機の陰にゆっくりと引っ込み始めた。
それを見て慌てて足を止め、一歩だけ後ずさると、それに合わせ彼女の顔も元の位置に戻る。
『よぉし、全部見せてあげるぅ♡』
沈黙が訪れた途端、無情にも今度はゲームコーナーから脱衣麻雀の全クリ音声が響き渡った。
あぁもう、こんな大事な時に誰が打ってるんだよ。
俺だって、まだ最後まで勝てたことないんやぞっ。
「……あっ、いやいや、やましい目的とかはホンマにないっ。ホンマや、あはは……」
アユミの視線のじっとり加減が増したように思え、俺は背中に伝う汗の不快感になんとか抗った。
そして、一度わざとらしく咳ばらいをしてから、俺は再び口を開いた。
「実は一昨日の朝、アユミが瀬貝自工に帰ったあとな……ホンマはちょっと、嫌な予感がしててん。その嫌な予感は、残念ながら当たってしまってたんやけど……俺はそういう万が一に備えて、アユミがこのドライブインで寝泊まりできひんかどうか、オトンに相談してたんや」
そう、それは瀬貝自工とドライブイン、どちらも潰れてしまうかもしれない事実に心を折られていた、あの日のこと。
名も知らぬカメラのおじさんの一言、そしてオートパーラーサトウのミカさんからもらったメッセージによって、わずかな再起の光を取り戻したあの瞬間。
俺が真っ先に思い浮かんだのは、アユミの居場所をただ守るのではなく――新たに作り出すことだった。
「も、もちろん……無理に家族になろうとせんでええ。ただあくまで、これは住み込みのバイトの提案や」
「……すみこみ、ばいと……」
アユミはアユミで、頑張ってリアクションを返そうとしているのか、絞り出した言葉をポツリと零していた。
昨夜に身体を重ねたからといって、まだアユミは俺と家族になると決めたわけではない。
むしろ愛し合ったことで、彼女が見返りを必要としない気持ちを全方面から受け入れるには、まだまだ時間がかかることがよく分かった。
「昨日も言ったけど、俺は当面……広報やら情報収集やら、記事書きやらと裏方に集中せなあかんようになる。せやから今は、ドライブインの監視と筐体の整備のためにもアユミの力は絶対に必要なんや」
少しずつ、言葉を小出しにしながらアユミに話しかけていると、途中でオトンも俺の隣までやって来て、一緒に彼女に声をかけ始めた。
「こう見えてもな……このドライブインの全盛期には、ほんまに住み込みバイト雇ってた時期があったんやわ。用意した部屋はその人らが実際に寝泊まりしとったとこやから、安心してええ」
「せやせや。どっちにしても今日は色んなことがあってクタクタやし、はよ飯食って寝よう。いったん奥に行くし、また声かけてな」
これ以上言葉をかけても、きっとアユミは疲れてしまうだけだろう。
そう思い、半分顔を覗かせる彼女の心情の機微を測りきれないまま、俺とオトンは振り返ってその場を後にした。
俺はふと、居間に向かう前に二階へと上がり、悪いと思いながらも監視モニターに目を通した。
アユミはスナックコーナーのうどん自販機の前に立ち、壊れたニキシー管に視線を向けながら、身体の前で重ねた手の平同士をしきりに動かしている。
やがて、取り出し口から出てきたプラスチック丼を手にテーブルに着き、やがて手を合わせた様子を確認したところで、俺はホッと息を零した。




