42.ホンダ 『ベンリィ50 プロ』
サービスエリアでの昼休憩を済ませ、移動を再開した俺たちは、ドライブインまでの総距離がだいたい約半分というところまで戻って来ていた。
アユミとの交代で運転席に着いた俺は、ようやくこのじゃじゃ馬を転がすことにも慣れはじめていた。
たまに乗る軽トラと違い、このような流れの早い道でも楽々と押し進んでいくことができるエンジンの力強さは、たしかにこの手のスポーツカーに愛好家がいることも頷ける気がした。
「なぁ、アユミ」
「ん、なんふぁ」
助手席に座るアユミにチラリと目を配ると、彼女はリクライニングをやや倒し気味にしながら、熊さんのお遣いのお駄賃であるポテチの袋を片手に、中身をサクサクと食べ進めていた。
よくサービスエリアに売っている、地域限定味のお土産用ポテチのようで、そのパッケージにはサシの入った和牛肉の写真が写っている。
「そのポテチ、広島でも岡山のもんでもないんちゃう。どちらかというと、俺らの地元に近い味な気が……」
「……まひか。ひにひてへんかったは」
アユミは口に含んでいたポテチを一旦飲み込み、これまたサービスエリアで購入したメロンソーダを口に含んで、満足そうに「ふぅ」と息をついた。
「……でも、レモンと海苔と和牛やったら、シュンかて和牛選ぶやろ」
「まぁ、原価高そうやもんな」
アユミの謎理論に納得できてしまう自分を、少し恥ずかしく思いながら運転に集中していると、視界の外から一枚のポテチがスッと差し出されてきた。
反射的にそれを口で受け取って、サクサクと咀嚼しながらアユミの方に再び視線を配ると、彼女は真っすぐじっと俺を見つめてきているので、心拍が少し変な弾み方をした。
「……どう、味」
「うぅん……なんかよう分からん、濃い目の醤油タレの味」
「ききっ、くくっ……せやろ」
舌で味わったありのままの感想を伝えると、アユミはなぜか楽しげだった。
往路では、あの限界を迎えかけていたアユミにすら素で運転を怖がられていたので、こうまでリラックスしてもらえると、俺も男の自信を少し取り戻せたような気分だった。
そんな中、前方を走る黄色い自販機を乗せた4トントラックは、中国道のやや難易度高めな道路状況にも関わらず、先ほどからとても安定した走りを続けている。
「……そういえば、熊さんはこのまま運転、大丈夫なんやろか」
俺がふと言葉を漏らすと、アユミはポテチの袋の中をじっと見ながら口を開いた。
「……大丈夫やろ。車運転すんのが何より好きな変人やし」
「そうかもしれんけど、下手したら今朝からぶっ通しで走ってはるかもしれんのやろ」
「……いや、たぶん前日入りして車中泊してはると思う。出張のときはいつもそうや。まぁあのトラック、ハンズフリー通話できるし、休みたかったら遠慮なく言うてきはるやろ」
「そうか、やったらええけど……」
アユミはさっきからポテチの袋の中を覗いたり、手でかき漁ったりしている。
どんだけ頑張っても、もう無いものは無いんやで。
「……ほんまはウチも準中型持ってるし、代わったってもよかったんやけどな……」
「いや、アユミは謹慎中なんやから、会社の車運転すんのはマズいやろ」
「ん……熊さんにもそう言われたわ」
「あはは、そういう所もしっかりした人やなぁ。あの人やったら、瀬貝自工辞めても他で通用しそうや――」
俺がそう言った瞬間、ポテチの粉を流し込もうと袋を持ち上げようとしていた、アユミの動きが止まった。
「……そか。熊さん、やっぱり先に辞めはるんやな」
それは、意外な反応だった。
てっきりもう、本人の口から話してあるものだと思っていたから。
「ご、ごめん。アユミが聞いてないって、知らんかって」
「ん、なんで謝んねん。家族居はるんやし、潰れる所おってもしゃあないやろ」
しかし、彼女の返答はあくまで淡々としていた。
止まっていた手を再び持ち上げ、袋から滑り出てくる黄色とも赤色ともつかない粉を、口で「あー」と受け止めている。
そして、俺が申し訳なさからしばらく沈黙していると、やがて再びアユミの声が聞こえた。
「――せっかくや。さっき熊さんと話してたこと、ぜんぶ聞かせてや」
その、どこか穏やかな声色には――怒りや不安といった機微が、不思議と一切感じられなかった。
◆
前方の緑看板に、とうとう俺たちが乗って来たインターチェンジの名前が現れた。
結局、ここに至るまで、熊さんから休憩の申し出は来なかった。
「とにかく俺は、近日中に玲さんと話する段取りをしたいと思ってる。そのためには――」
「――せやな。それがいいと思うわ」
そして、はじめこそアユミにとって明るい情報を持っていないことに、負い目を感じていた俺も――
気が付けば、持てる全ての情報を打ち明けていたとともに、今後の課題についても彼女と前向きに話し合い、整理していた。
「あぁ、そうそう。今更やけどアユミ……サービスエリアでは除け者にしてかんにんな」
「別に。ウチがおらん方が聞きやすいこともあるやろ」
「……まぁ、な」
「シュンはウチの目と耳なんやから。見聞きしたことをそのままウチと共有さえしてくれたら……ウチはそれでええ。どんなネガティブなことでもな」
「……」
「……せやから、あんまし人前でトイレトイレ連呼せんといてもらえると、助かるわ」
「いやマジですんませんでした」
そんなことを言い合っているうちに、やがて出口の表示が目に入った。
俺はシビックのウインカーをチカチカと灯し、徐々に道幅の膨らんでいく左の破線ラインに車体を乗せる。
スロープの先のETCゲート前でスピードを落とし、その先に現れた久方ぶりの信号を目にした途端、緊張の糸がほどけたような安心感と疲労が一気に押し寄せて、俺は大きく息を吐いた。
「はあぁぁぁ~っ」
「……お疲れさん、シュン。そこのコンビニで運転代わるで」
「いや……もうちょいやし、大丈夫大丈夫っ」
先のほどけるような感覚は、きっと運転疲れによるものだけじゃない。
こうやって、胸の内で押し留めていたものを大切な人に吐き出すのは、これで既に3度目となったが――それが、どれだけ喜ばしいことか。
アユミが昨日までの人生で一度も吐き出せなかったものが、どれほど重かったのか。
吐き出したことで、どれだけ気持ちを和らげることができたのか。
これらに対する、本当の意味での気づきの瞬間だったのかもしれない。
「あぁ~、はよテレビつけてホテルニューアワジのCM聞きたいわぁ」
「……なんやねんその特殊性癖……」
それから、日が暮れ始めても運転に滞りはなく、やはり広島とほとんど差のないロードサイドの光景と生活の光を、車窓の左右に流しながら刻一刻と家に近付いていく。
――そして。日が殆ど落ちたと同時に、とうとう見えてきた。
間の抜けたフォントで『ひよしドライブイン』とかかれた看板に、窓から煌々と明かりを溢す建屋。
寒空の下、店の前で待ち構えているのは、オトンにオカン。
そして一台の白い原付に跨がり、ピンクのTシャツとグレーのステテコに網ベストを纏い、古風な丸メガネをかけたもじゃもじゃ白髪小さなおじさんだった。
――えっ、誰?




