↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ
2025年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/84

38.オリジン工業 『円形回転ベッド』



「ひとつ断っとくで、シュン。そんなウチの気付きはな――助けられっぱなしやった自分でも、何かしらの見返りを生み出せてたっていう安心やったんや」



 カラリとした声色に、崩れることのない凛とした表情をしたアユミは、ウィッグの黒髪を指でクルクルと巻く仕草を見せながら、次に口にする言葉を思案していた。



「……だってそうやろ。ウチにいろんなもんを与えてくれた機械かって、何もかんもタダと違う。自販機の温《ぬく》いうどんやハンバーガーを食べるには、いくらかお金を入れなあかん。シビックで声を出すにも、湯水のように消えていくガソリンを常に入れ続けなあかん」



 それは今、彼女の口から紡ぎ出されたばかりの言葉だが、同時に事実の羅列と整理なのだと感じた。



「じゃあウチは……社長に何が返せるんやって、ずっと思ってた。だって、気持ち悪いやんか。お金入れずに出てくるうどんも、ガソリンなしで走る車も」


「……だから、娘の代わりやったことに……自分の価値を当てはめた、と」

「そういうこと。それなら、いままで感じてた気持ち悪さの正体が――全部ぜんぶ腑に落ちてん」



 アユミの語りがそこで途切れて、二人の間には毒にも薬にもならないBGMと、空気清浄機の音だけが淡々と響き渡った。

 そして、彼女が感じたものとはおそらく別の、胸の焼けるような気持ち悪さが渦巻く様子を映し出すかのように。

 間接照明からベッドに漏れた青い光が、アユミのウィッグに触れる手の動きの影で、常に揺らいでいた。



「……じゃあアユミは、実娘の玲さんが帰って来たとき、どうしたいと思ったん」



 俺の問いかけに、彼女が再び口を開いたとき――影に映るアユミの動きがぴたりと止まった。



「何も。役目が終わったんやったら、どうしようもこうしようも」

「……せやけど、つい何日か前まで。いや正確には今も、アユミは瀬貝自工に籍を置いとる」


「……そう。実は、ウチがほんまにヘンやと思っとるのは、ここから。ウチははじめ……そうやって黙って、他人として社長の作った会社に貢献することが……次に与えられた自分の価値なんやと思ってた」



 アユミの口調がそれまでの無味乾燥なそれとは異なり、先ほど彼女の外観からも感じた、しっとりとした雰囲気を纏いはじめる。



「別に娘さんが社長の下に帰って来たとしても、それで何も矛盾は起きへん……やのに」

「やのに?」


「――社長のウチに対する接し方は、何も変わらへんかった。帰って来た娘さんに対しても、ウチに対しても。同じように話しかけてきたり、飯を食わそうとしてくる」



 アユミはそう言うと、今度は今まで身に付けていたウィッグを外し――それによって隠れていた金髪と、たくさんのピアスがついた耳を露わにした。


 同時に、零れ出る彼女の声色は、その強さと抑揚を徐々に増していった。



「……おかしいやろ。ウチは代わりの娘なんやで。……ウチにはそれがほんまに、ほんまに……どうしようもなく気色悪かった。社長が何を考えてんのか分からへんのも気色悪いし……そのせいで娘さんが、ウチに良うない感情を向けてくるのも気色悪かった」



 ウィッグを握るアユミの手の力が強まったことが、震えによってありありと伝わってくる。

 


「……それが嫌で嫌で、徹底的にそれまでのイメージをブチ壊して。いちゃもん付けてくる輩との喧嘩やら、シビック勝手に持ち出して暴走したりやら……とにかくあの娘さんが絶対せんようなことをして、これ見よがしに見せつけたった」



 やがて、その声の抑揚と手の震えがひとつに混ざりあって、彼女はさらに言葉を絞り出した。



「それやのに――あの人は怒鳴りもせんと、落ち着いて受け入れようとしとんのが……ほんまにほんまに、気色悪かった……っ」

「……」


「ウチなんか、いつだってポン付けで十分やねん。ほんまもんの姉が、弟が、妹が、婆ちゃんが、オトンが――家族が欲しいなんて、思いとうても思えへんねん。だって、どれもホンマもんちゃうんやからっ」

「……アユミ」


「……怖すぎるやろ、こんなん。ウチなんかが今さら……どう人間になれっちゅうねん……」



 それから彼女は両膝に手を置き、俯きながら、呪詛のように何度も何度も『怖い』『怖すぎるわ』と言葉を吐き出しはじめた。



 でも、結局アユミは優しいから、こんな時になっても言わないんだ。


 彼女は今、恐らくこの場で最も気色悪い存在だと認識しているはずの“俺”を傷つける言葉を、皮一枚のところで抑えている。



「……すまん、アユミ」

「……なに」



 それにアユミの理屈だと、瀬貝自工を離れることになった彼女が、あんなに悲しい思いをしたことの説明がつかない。



「当面の間……ドライブインの夜番は、アユミ一人に任せることになると思う。もちろん、まだ自工での処分も何も決まってへん段階なんは、承知の上でやけど……」



 ――大丈夫。彼女はすんでのところで、人間でありたいと願っている。

 


「俺はこれからしばらく、アユミの“目”と“耳”になる。もちろんポン付けでかまへん」

「……シュン、何を……」



 皮肉にも、これまでの彼女の吐露は、俺自身の価(・)値(・)をハッキリとさせた。



「俺は今から――ひよしドライブインの専属ジャーナリストや。これからは瀬貝自工を嗅ぎまわって、社長や玲さんが本当にアユミに対して思っとることを、白日の下に晒す」



 アユミが手にしていたウィッグが床に落ち、彼女の睫毛が瞬くたび、雫が弾けた。



「ついでに、土地売買のことや伊澤議員の周りも嗅ぎまわって、リゾート開発に関する情報をもっと引き出す。それに対して他の住民がどう思ってるのか、新たに知ってどう思うのかも聞いて回って、事実を突きつける。そして、潰れるのは俺らの店か、それとも計画か――その上ではっきりさせる」



 アユミは目を見開いたまま、ただ黙って俺の話を聞いている。

 そんな真剣な眼差しを浴びて、あろうことか俺は、彼女から目を逸らしてしまった。



「……その、これは、巡り巡ってドライブインを守るために必要なことや。だから……決して、断じて……ア、アユミのためなんかじゃないんや」



 正しい答えがない問いに対して、俺の出した答えが――またしても、人の人生を変えてしまうかもしれない。

 そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。



「……そ、それでも、自分の中にある疑念だけで急いで結論付けるよりは……なんというか、その。もっと正確な判断材料を揃えて、ゆっくり判断した方が、お、俺はいいと思う……うん」



 あかん、こんな大事な話しとる時まで、俺の口がしどろもどろになりよる。

 ヤバイな俺……格好つかなさすぎるやろ。



「だから、さっきの俺の謎告白についても忘れてくれていい……今、感情それどころじゃないやろうし。あれ、ホンマに思い返しただけでもハズいし……」



 でも、アユミに伝えたかった言葉だけは――どんなに格好つかなくても、最後まで全部伝えるんだ。



「でも、もし……この件がカタついて、アユミさえよければやけど……その時は、俺とほんまの家族になろうや」



 ――俺が零した本音のあとには、永遠とも思えるような沈黙が流れ始めた。


 さっきまで聞こえていたBGMも、空気清浄機やらの音も、何もかも耳に入ってこなくなった。


 あれ、俺……やっぱり言葉選び、間違ったかな。

 そんな、事実とも疑念とも取れない感情が、急速に脳内でぐるぐるし始める。



「……検討、する」



 そして、隣から聞こえてきたアユミの返答は、究極的にあたり障りのないものだった。


 でも、今はそれでいい。

 いつも強気で、同い年のくせに大人びてて、自分の痛みには鈍感なように振る舞うくせに、人が傷ついたときには真っ先に突っ走ってくる。

 そんな、ずっと俺にとっての憧れで、ずっと好きだった女の子が――少しでも安心して暮らせるよう力になれるなら、それだけで俺のモチベーションは最高潮だ。

 


「ん……よろしゅう頼んます」

「……しゃあなしや」



 彼女の口の悪さが明確にマイルドになったとたん、俺の顔の熱は次第に引いていって、それまで見回す余裕もなかった周囲の状況と、手をついているベッドのふかふかな感触が、改めて鮮明になった。


 そういえばここ……ラブホテルだったな。

 まさかこんなところで、こんなに真剣な話をすることになるとは思わなかったが……俺はふと、アユミが『狙った』と発言していたことを思い出した。


 たしかに、ここの環境なら誰にも邪魔されることなく話ができる。

 地元から離れた場所だから、気持ちの整理もしやすいだろう。


 まぁ正直なところ、ちょっと想像していたホテルの利(・)用(・)目(・)的(・)とは違ったので……その点だけ、残念だったことは否めない。


 でも、アユミがずっと誰かに吐き出したかったことを、俺だけに話してくれたことは……男として、これ以上ないくらい名誉なことだと思った。



「さぁ……明日も搬出入と、ロングドライブが待っとるで。今日は色々と疲れたやろうし、ここらで寝るとしようか。俺はあのソファで寝るし、アユミは……」



 俺がそう言ってベッドに背を向けると、すっかりいつもの声色に戻ったアユミの呼ぶ声が聞こえた。



「……ごめん、シュン。一個、けしかけといて聞き忘れてたことがあるわ」

「な、なんや」


「あの婆さんの酒や。どんな味がした?」

「あぁ……すっかり忘れてた。あれな、なんというか……控えめに言って桜餅やったわ」


「……ようわからん」

「そら、そうやろうな。あれは実際に舌で味わった者にしか――」




 その瞬間、意図的に視界から外していたアユミが、ふたたび俺の頬に両手を添えた。



「……確かめてみるわ」



 そして、自身の唇をつんと俺の唇に重ねた。



「んっ!?」

「ん……」



 何が起こったのかを理解するよりも先に、今度は唇の隙間から――温かい舌が、俺の舌に絡みついてきた。


 妖しい水音が口の内から反響して、ざらつきながらも柔らかなものが擦れ合うたび、顔中で火照っていたものが全身に及んで、次第に頭が真っ白になっていった。



 それから眠りつくまでの間、いったいどれだけの時間を愛し合ったのか。


 俺はもはや、それを数えようとも思わなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。