34.陰陽連絡路線 『国道54号線』
「私、令和のエジソンになっちゃうかもしれんですっ。ブリトーとチキン一緒に食べたら、多幸感ぶちすごいです!」
庇下の段差に腰掛けていたミカさんが、そう言い切ってから即座に二発目のフライドチキンinブリトーにかぶりつく様子をみて、アユミが口を開く。
「……ウチもやる」
ドカ食いアレンジ発明対決の明暗は、彼女の隣で座っていたアユミのこの反応によって、はっきりと分かたれた。
「ズルいわこんなん……合わへんわけないやんか……」
眼前の女子中学生に対し、あろうことか俺は嫉妬の眼差しを向けてしまっていることに気が付いて、心の中で『アホか』と突っ込んだ。
そしてこの流れをよそに、外で手押し車に腰掛けているサヱさんは、無言のままカツサンドをもちゃもちゃと咀嚼している。
近くの枯れ木では、さっきアユミが見ていたオレンジの小鳥が『ヒン、ヒン』としきりに鳴いていた。
朝に引き続き、お出しされたコンビニ飯たちの暴力的かつ胃もたれ力MAXな見た目に圧倒されつつも、なんやかんやでそれらが胃に入ってしまう自分の若さに、俺はいま感謝したい気持ちでいっぱいだった。
やがて、カツサンドを食べ終えたサヱさんは、空の袋を手にして押し車に腰かけたまま、俺たちをゆっくりと見回しながら、こんな言葉を口にし始めた。
「……ようけ食べんさいや……食べれるうちに……」
「お婆さん、大丈夫です。ご覧の通り、ぎょうさん食べさしてもらってます……」
俺がスパムおにぎりとハムカツをいっぺんに手にしながらそう答えると、ミカさんもおどけるように続けて口を開く。
「きひひっ、お婆ちゃんいっつもそれ言っとるじゃん」
「……」
笑顔でおにぎりに手を付ける孫娘を見守るように、再び静かになるサヱさん。
すると、今度はそれまで黙々と食事をしていたアユミが、サヱさんに向かってある疑問を投げ掛けはじめた。
「……婆ちゃん、あの自販機のうどん。えらい安してたんやな」
故障中の貼り紙で隠れていたが、川鉄計量器製のうどん自販機のコイン投入口すぐ下には、たしかに『250円』と表示されていた。
うちの自販機よりも50円安く、これは利益が出ているのかすらも怪しい金額設定だった。
「……ここはな……境港と本通りを繋いどる道じゃ。この道通る赤帽さんが飢えんけりゃ……ヒロシマも二度と飢えん。赤帽さんには……いっぱい食べてもらわにゃいけんかった」
サヱさんがオートパーラーの遺構を見上げながらそう語ると、アユミは首を傾げた。
「……婆ちゃん、赤帽さんて何や。あと、境港はたしか鳥取のことやったと思うけど……本通りもウチはよう知らへん」
「運送屋さんのことみたいですよ。あと、おばあちゃんは広島市街のこと、本通りって呼んどるんですよ」
横からミカさんが口添えすると、アユミは静かに納得した様子で、サヱさんの語りに再び耳を傾けはじめた。
「……ほいで中国道ができて……よそからの客も食べ物もえっと来るようになったんじゃ。じゃけど……山陽道ができて……そっちは減ってしもうたんじゃ」
「……たしかにあの高速、車あんまし走ってへんかったな」
アユミの言う通り、深夜ということもあっただろうが、特に岡山以降は中国道で他の車を見た覚えが俺にもほとんどない。
昨日見ていたマップでは、関西と九州を結ぶもうひとつの高速道路――山陽自動車道は、たしかに岡山や広島の太平洋側にある市街圏を貫いていて、利便性が良さそうに思えた。
おまけに、日本海側も近年は自動車道の整備が進んでいるようで、鳥取の境や島根の出雲に向かう人も、わざわざ中国道を利用しないのかもしれない。
この山間に囲まれた国道が、どのようにして衰退していったのか――想像に難くなかった。
「とくに赤帽さんがよう食べとったんは……とにかくあったこうて、腹に溜まるうどんじゃった。このベンダーの力を借りて……長いこと食わせ続けとったんじゃが……とうとう部品ものうなってねぇ。儂の体も、よう動かんようになってしもうた……もう、おしまいじゃ」
「……婆ちゃん、他のとこでやり直そうとは思わへんかったんか」
何か、思うところがあるのかもしれない。
アユミはサヱさんに、新たな疑問を投げ掛けた。
「……儂はないわ。……本通りの家族が戦争でおらんようなって……ひとりぼっちじゃった儂を飢えさせんかった……この土地が好きじゃけん」
サヱさんは細めた目の内に、にこやかな表情を包んだ。
アユミはそんな彼女をじっと見つめてから、もぐもぐと咀嚼していたおにぎりを飲み込み、手にしていた包装ゴミをくしゃくしゃと丸めてツナギのポケットに入れ、手を合わせて「ごちそうさま」と零す。
「……おおきに、よう分かった」
そして、立ち上がってうどん自販機の前まで歩き――その表面に手を触れながら、更にこう続けた。
「せやけど婆ちゃん、こいつはまだ食わせ足りひんかもしれへん。婆ちゃんさえよければ、うちで修理して使わさしてもらえへんか」
――刹那の静寂のあと、静かに大きく頷くサヱさん。
しかし、俺は彼女の言葉を頭で咀嚼した瞬間、立ち上がり、思わず口を挟まずにはいられなかった。
「ま、待ってやアユミっ。サヱさんも言ってはったけど、これの部品はもうほぼ現存してへんのやで? それに、持って帰るって言ったかて、シビックにこんなん積めるわけないやろ!?」
自分でも、野暮な発言をしていることくらい分かっている。
きっと、彼女なりにお婆さんを喜ばせようとして口にした発言だったことも、分かってる。
でも、現実的に不可能なこと安易に約束して、そしてできなかったとき。
それこそ、お婆さんを一番ガッカリさせてしまうのではないかと、俺は思ってしまった。
「シュン……いっぺん、中開けさしてもらおうや。なんとかなるかもしれん」
それなのに、当のアユミはどこからどう見ても本気だった。




