33.川鉄計量器 『めん類自動調理販売機 CV-10型』
「――い、――すか~?」
……なんやろぉ。
誰や知らんが、車のドア叩きながらこっち呼んではるやん……。
……隣のアユミの爆音みたいなイビキのせいで……今まで聞こえへんかったんやなぁ。
「生き――!?――ないでぇ!」
「があぁぁぁぁっ、すぅ……」
なんなら、今も聞こえにくいなぁ。
やかましーぞーアユミぃ。
たしか、俺たちは……到着が早すぎたせいで、“佐藤さん”との待ち合わせまで、まだまだ時間があってんな……。
んで、中に勝手に入るわけにもいかず……おまけに朝飯の糖質スパイクが、ボォォンて襲ってきよって……ひとまずシビックの中で、仮眠取ることにしたんやっけぇ。
リクライニングだけでよう寝れたわ……今何時や……?
「――の、佐藤――すっ!」
◆
「ほんっまにすいませんでしたぁっ!!」
眼前の中学生くらいの女の子と、齢90近そうなお婆ちゃんに向かって、ヘドバンのように何度も何度も頭を下げる20歳男。
「あ、アユミももっと頭下げなさいやっ」
「……すみますん……」
そして、目を擦りながらまだ寝ぼけた頭をゆっくりと下げる金髪プリン女の姿が、ここにはあった。
「い、いやいや、全然大丈夫ですよ~。まだ11時ですし……それより凍えて死んどるんかと思ったけぇ、逆に安心しましたっ」
黄色の字で『SPARK!』と書かれた何とも言えないブラックのトレーナーと、ホワイトのワイドパンツを履いた黒髪ショートカットの女の子は、明るくハキハキとしたオーラを振り撒きながら、寛大にも俺たちにお許しを与え給うた。
「あの……もしかして、ダイレクトメッセージをくれたのは」
「はい、私ですっ。佐藤ミカといいます!」
「そうでしたか。おれ……じゃなくて私が日巡と申します。こっちはバイトの木立アユミ。この度は、願ってもないお申し出を賜り、大変嬉しく思います……」
「あははっ、堅ぁいねぇ」
やっぱり、この子がお孫さんだったか。
となると十中八九、隣で押し車に座って休んでいる、抹茶色のおべべを着たお婆様が元店主の佐藤サヱさんで間違いないだろう。
「……」
パーマのかかった白髪に、閉じたように目を細め、深く無数の皺を刻んだその表情からは、寡黙かつ何やらただ者ではない気配を感じた。
一方、アユミは建物横に生え散らかした植込みに止まった、オレンジの小鳥を屈んでじぃっと見ていた。
老獪なオーラに気圧され、俺がサヱさんに声を掛けあぐねていると、ミカさんが溌剌とした声を上げた。
「日巡さんの投稿は、たまたま見かけたんですっ。それで、前までおばあちゃんが開いとったお店もこんな感じじゃったよねって本人に見せたら、うちのを使ってもらいんさいって言ったんです!」
「そうだったんですか。あのDM、すごく文章が丁寧で驚きました。まさか、こんなお若い方が連絡下さっていたとは……」
「えへへ……そんなことないですってぇ」
俺が素直に思ったことを口にすると、ミカさんは分かりやすく照れながら、はにかんだ。
「……み……」
――すると、サヱさんが突然しゃがれた声で何か言葉を紡ぎ出したため、三人の間の空気が厳かに静まりかえった。
「……ミカ……ちゃっと、じぃぴぃてぇ……使っとっ……」
「わーわーっ! お婆ちゃん、こ、これ以上何も言わんで!」
ミカちゃんが慌ててサヱさんの口を容赦なく塞ごうとする。
そんな様子を遠い目で眺めていると、アユミがこっちに戻ってきた。
「シュン。あの鳥……ヒンヒン鳴きながらしっぽピコピコしとるわ」
「それは、よかったな……」
◆
それから場の空気が落ち着いたところで、いよいよ俺たちは廃業後の『オートパーラーサトウ』に立ち入ることとなった。
「外の雑草まで手ぇ付けれるほど、余裕なかったんですよねぇ」
そう言いながらミカさんはトラロープを外し、一緒に庇下の段差を上がると、まずは表からも見えた食品の自販機が姿を現した。
ホシザキ電機製のハンバーガー自販機に、富士電機製の汎用自販機。
太平洋工業製のトーストサンド自販機に、三洋電機製の瓶コーラ自販機。
そして、さっき俺たちが目にした謎のうどん自販機。
いずれも相当な年数使用された趣があり、外気に触れていたためか、錆や表面の劣化はたとえウチと同じ種類の自販機と比べても、かなり進んでしまっているように思えた。
「ばあちゃん、気い付けや……躓くで」
「……おう」
後ろにいるアユミは雑草をかき分け、サヱさんを先導していた。
一方、ミカさんはサヱさんから受け取っていたカギを使って、埃被ったアルミの引き戸を解錠し、ガラッと音を立てながら開放した。
白い光沢のある床に覆われ、電気が落とされた薄暗い内部空間には、多少の埃っぽさはあるものの、最近まで綺麗に使われていたようで、カビ臭さなど嫌な空気は感じなかった。
見渡すと、そこそこ立派なボックス席を設けたエリアや、ウチほどの規模はないものの古いゲーム筐体が何台か並んだエリアが存在し、しっかりと区画分けされていたことが分かる。
「……ミカ、これで昼飯……買うてきんさい……」
「わかったぁ!」
ほどなくして、サヱさんから声をかけられたミカさんはカギと引き換えにお金を受け取り、走ってどこかへ行ってしまった。
そして、ゆっくりと中に入ってきたサヱさんは、震えるようなしゃがれ声でこう続けた。
「……お役に立てるもんがあるかどうか……どうぞ、じっくり見てつかぁさい……」
◆
「おばあちゃん、お昼ごはん買ってきたけぇねっ!」
俺たちが思い思いに自販機や筐体の蓋を開け、部品や機構を物色していると、ミカさんの元気な声が建物内に反響した。
アユミがうどん自販機の方をじぃと見つめながら、入口に向かって歩いていく一方で、あいにく俺はオトンと通話の最中だった。
「そしたら、ひとまずはハンバーガーの奴のマグネトロンっちゅうのと、ベルトが欲しいんやな。それと汎用自販機のモーターと……あと、あの“うどん自販機”はやっぱり部品取りしてもしゃーないんやな?」
『たぶん、言うとるんは川鉄のやろ……まだそんなん残っとったとは驚きや。たぶん、もう日本で10台も動いてへんやつやで。せやけど、うちのと互換性はまずあらへんし、しかも故障中やったらどうすることもできんわ」
「ん、分かった……一旦切るわ、ほな」
スマホをポケットにしまい、俺は軽く息をつきながら三人の元へ駆け寄った。
「すみません、お待たせしましたっ。いやぁ、これだけ中を見させてもらいながら、お昼ごはん……ま……で……」
俺は思わず、声を失った。
「お二人とも、すっごいお疲れみたいじゃったし……それに、体もいっぱい動かしとるけん、元気の出るやつ選んできました!」
眼前のミカさんが、満面の笑みで広げた白いコンビニ袋の中には――
カレーパンにトンカツサンド、何種類かのホットスナック、スパムおにぎりにチャーシューマヨおにぎり、温め済みのブリトーにアイスが山ほどぎっちり敷き詰められていた。




