30.無人飲食店 『オートパーラー』
オトンと、この後のことについての話を終えた俺は、ちょうど山の方角から厨房の壁越しでも聞こえるあのけたたましいVTECサウンドを耳にして、足早に入口へと向かった。
「……」
シビックのドアを開けるなり、力のない足取りでふらりと立ち尽くし、俯くアユミの姿は、朝とはまるで別人に見えた。
これは『帰るだけや』と言って飛び出したあの後に、瀬貝自工で何かがあったに違いない。
そう思った矢先、彼女は普段通りを装うように口を開いた。
「……今日もよろしく、シュン」
きっと、この自販機たちに囲まれたドライブインでは、彼女は真実を話そうとはしないだろう。
「……おぉ、よろしくアユミ」
「……」
「ほな――さっそく広島行くで」
「……は?」
◆
暗闇に包まれた下蘇我学区は段々と遠のき、外灯が白線と舗装をポツリポツリと照らす、先日の峠道とは異なる様相の道幅広い下道を、白いシビックが静かに駆ける。
すれ違う車も時々現れ、やがてロードサイドには密集した住宅地や閉店後のスーパー、そして東京には掃いて捨てるほどあったコンビニなどが姿を見せ始めた。
「俺、コンビニなんて久しぶりに見た気がするわぁ、あっはは……」
――ハンドルを握るアユミの無表情な顔は、変わらず前を見続けている。
俺の乾いた笑いはエンジンの乾いた音に上書きされ、行き場を失くした末にスンと消えた。
「なぁ、飲み物とかは……途中のパーキングエリアなんかで買ったらええか。せ、せやしまだ降りんでもよさそうかぁ~」
「……」
「……そ、それにしても、さっそく運転任してすまんな。今回は俺、しっかり“ちょいのり保険”加入しとるから、途中で運転代わるわなぁ……」
「……」
「……あっ、高速の看板見えてきたで! ここまで長かったなぁ、これで広島の北部まであと……230㎞! あーっはっはっはぁ……」
「……」
このキンと冷えた車内の空気は、きっとエアコンの暖房の効きが悪いせいだろう。
「あ、あぁでも、ホンマに着替えとか大丈夫か? 当日に伝えといてなんやけど、さっきも言ったように、深夜発とはいえ日帰りではちょっと無理やで」
「……問題あらへん」
アユミがぼそりと答えた後、俺は短く息をついて、視線を高速入口の看板――そしてETCレーンの上に付いた青信号に向けた。
『オトンのETCカード様様やな』なんて脳内で考えながら、俺は会話を断念して手元のスマホに目線を落とした。
今日の夕方、インスタで一通のダイレクトメッセージが俺に届いた。
『はじめまして。ひよしドライブイン様の素敵な投稿を目にして、思わずDMを送らせていただきました。実は私の祖母は、つい先日まで古い自動販売機を用いたオートパーラーと呼ばれる形態の商店を営んでいましたが、本人の高齢と経営の赤字を理由にあえなく廃業となりました。もしよろしければ、うちで使っていた自販機の部品など、お役に立つものがございましたら、お使いいただければと思うのですがいかがでしょうか? うどんの自販機なんかもあります』
正直、あの時点で俺に前向きな考えは浮かんでいなかった。
どうしてそんな提案をしてくれるのか、何か裏があるんじゃないか。
それまで様々な思惑に翻弄され、疲弊していた俺は、DMの主に『いったい、どうしてそんな提案を?』とストレートに返信した。
我ながらぶっきらぼうで、失礼な文だなと思った。
ほどなくして、さらにいくつかの返信が来た。
それを見て――俺はハッとさせられた。
『祖母いわく、ひよしドライブイン様の写真の自動販売機たちは“生きている”とのことでした』
『見世物ではなく、それを必要とする人たちのために稼働させている。そんなお店のお役に立つことができれば……長年愛され続けたうちの自販機たちも、この店も、悔いなく終わりを迎えられると言っていました』
『必要であれば、写真などを送ります。物品の送付については、ご検討いただいてからでも――』
俺はそんな一連のDMを見た後、写真の送付を断り、即座に現地入りを決めた。
最初に失礼な返答をしてしまったことに対するお詫びの気持ちもあるが、それ以上にDM主の祖母が経営していたというオートパーラーとそこの自販機たちを、しっかりこの目で見てみたいという想いが、なぜか湧き上がった。
今は塞ぎ込んでしまっているが、このDMを見たアユミもきっと同じ想いを抱いたからこそ、こうして車を出してくれたのだと思う。
――そうだ、まだ『ひよしドライブイン』には猶予がある。
いずれその日が来るとしても、今の俺たちはまだドライブインの従業員だ。
とにかく、今できることはなんでもやって、繋げられるものは繋いでいこう。
そんな泥臭さを肯定するように、シビックのVTECエンジンは変わらず静かに音を立て続けた。




