25.SEGA 『電脳戦機バーチャロン』
アユミに連れられ、やってきた先にあったものは、つい先ほどまで彼女が更新作業を行っていた2台のゲーム筐体だった。
前面に張り出したボードはそれぞれ、特徴的な操縦桿を模した2本のスティックがついたタイプのものに取り換えられている。
それまでしおらしくなりつつも、頬を緩めながらアユミについて行っていた少年は、そんな筐体たちを前にしてスンと真顔になりはじめた。
「……おねえさん、これ何……」
「ゲームや。子供はゲーム好きなんやろ」
些か乱暴なアユミの説明に対し、少年は何かを言いたそうにしながらも、無言のまま大人しく頷いた。
いや、俺と話してる時とのこの態度の違いはなんやねん。
男二人が異なる理由でむしゃくしゃしているのを他所に、アユミは構うことなく2台の筐体のコンパネを開ける。
それから、各ブラウン管モニターの奥で『ブォン』と帯電音が響き、真っ黒な画面には『NETWORK CHECK』『MASTER ... OK』『SLAVE ... OK』と白い文字が浮かび上がった。
「……たぶん、上手くいった」
「おぉ、すごいやんけアユミっ」
さらにしばらく待つと、ブラウン管のモニターには『月面“遺跡”採掘基地』だの『バーチャロイド』だのと文字が映りはじめ、その後3Dポリゴンで形成されたカラフルなロボットたちがダバダバと動くデモムービーが始まった。
そして、デカデカと『VIRTUAL ON』のタイトルロゴが表示されたタイミングで、少年はそれを遠い目で眺めながらポツリと言葉を漏らした。
「古……」
彼の正直すぎる感想に焦りを抱き、俺はすかさずフォローに入った。
「いや、そう言うなて……これでもウチのゲームの中じゃ、上から数えてスグなくらいには最新のゲームや……」
自分で言ってて悲しい事実を俺は少年に諭すが、彼は尖らせた口を戻そうとはしない。
今度はそれを見かねたアユミが、少年に言葉をかけた。
「……実はな。これはたった今、初めて起動させたゲームなんや」
「そうなん?」
「ん……せやし、ここから坊には特別にテストプレイさしたる。今夜限り、なんべんやってもタダや」
「ま、マジで!? それやったらやるー!」
“特別”に“無料”……アユミも上手いこと言いよる。
目に見えてテンションの上がった少年の姿を見て、俺はほっと胸をなでおろした。
これで、少年に不審なパンツを握らせたまま警察に引き渡さなくて済む。
「でもさぁおねえさん、これってなにするゲームなん?」
「……シュン、ウチもそれは知らんわ」
「まぁ……スプラトゥーンみたいなもんや、うん」
こんな具合に適当な補足を加えながら、俺たちはアーケード用のインストを三人で見つつ、誰もやったことのないこのロボット対戦ゲームのルールや、スティック&ボタンの使い方を軽く学んだ。
そして、少年はいそいそと画面の前の丸い金属椅子に座り、アユミが硬貨を投入口に入れると、キャラクター(機体)選択が始まった。
彼はひとしきり悩んだ後、とりあえず“デカくて黒くて強そうな奴”を選択した後、『ラァイデェン』と響くダウナーな合成音声になんとも言えない顔をした。
「ん……そしたら頑張ってみ」
「う、うん、やってみる」
『GET』
『READY』
煌々と光る画面の前に座る少年と、それを見守るように隣に立つアユミのシルエットは、傍から見ているとまるで本当の姉弟かのように錯覚した。
それからしばらくすると、少年はコツを掴んだのか、一通りの動かし方に慣れてきたらしい。
さすが若いだけあって、こういった知識の吸収力はまるでスポンジのようである。
「きゃははっ、レーザーさいきょう! レーザーさいきょう!」
自機から発せられるゴン太レーザーを立て続けに浴び、ボボボボと音を立てながら爆散する敵機を見て、気を良くする少年。
しかし、突如警告音とともに、画面に『WARNING! A NEW CHALLENGER HAS COME!!』と赤い文字が表示されたことで、彼と俺の肩は一瞬ビクンと跳ね上がった。
そして、二人して隣の筐体に視線を向けると、そこにはアユミの姿があった。
「……これ、2台目使って対戦できるかチェックせなアカンねん。ちょっと《《付き合って》》もらうで、坊」
「う……うん、わかった!」
少年はというと、アユミの乱入に特に嫌な顔をせず、むしろ特定のワードに鼻の下を伸ばしながらコクコクと頷いている。
くっ、クソガキが……。
俺は奥歯に固いものを感じながら、下卑た感情を黒いベンチコートの背中に向けた。
しかし、そんな黒い感情が彼に届くことはなく、やがて二人は淡々と機体選択に入る。
少年は引き続き、黒くてゴツい『ライデン』を。
アユミはいかにも主役機っぽい、ヒロイックな『テムジン』という機体を選んだらしい。
「おねえさん、あの女の子っぽいやつにせえへんかったんやな」
「あんななよっちいので、戦場生き残れんやろ……うちのガンダムでしばいたるわ」
こうして『GET READY』の合図とともに、生意気な小4エロガキと、ロボットは全部ガンダムだと思っているヤンキー女の、前代未聞の対戦が始まった。
「レーザーさいきょう! レーザーさいきょう!」
「……」
少年は相変わらずゴン太レーザーを撃ちまくるワンパターンスタイルではしゃぎながら戦うが、まったくゲームに触れてこなかったアユミは操作がおぼつかず、テムジンはモロにレーザーを受け続けている。
「あははっ、おねえさんよわーい! きゃははっ」
やがて爆散する自機を見るアユミの表情は“無”そのものだった。
俺はある種の申し訳なさを感じつつも、先ほどの自転車の一件で不覚にも入口ドアが開けっぱなしだったことを思い出し、アユミと少年を残して慌てて入口に向かった。
ドアを閉めようと一瞬、外に顔を出すと、表の駐車場にはダッシュボードに3体のドラえもんぬいぐるみを乗せた、見覚えのある4トントラックが停まっていた。
「――あれ、兄さんもしかして、今日はクローズっすか?」
そして、傍からヤニ臭い声をかけてきたのは、ナガラ足場の長楽だった。
その隣には、ファンくんも立っていて、二人とも今まさに店に入ろうとしている所だった。
どうやらドアに貼り付けていた張り紙が、開いたままで死角になってしまっていたようだ。
「あ、こ、こんばんは……今日はどういったご用件で?」
「いや、ファンのアホが昨日、客先でドラえもん一個紛失しよって、どうしても出勤前に取りたい喚きよるんで……」
「Đôrêmon……ドゥック……」
「あぁせやけど、今日閉めてはるんやったら遠慮しときますわ」
「……いや、いいですよ! どーぞどーぞ、入ってください!」
「え、いいんすか?」
「アー、アリガトー」
俺は彼らを招き入れた後、そっとドアを閉めた。
単純に贔屓のお客さんへのサービスの意味合いも無いことはないのだが、何よりあのクソガキに完全に舐められている俺は、いざというときは見かけのヤバい長楽の虎の威を借りて、少年をコントロールしようという、余りに知的な打算があった。
見たところ、あれだけ自信満々だったアユミも、バーチャロンでは良いようにやられてしまっている。
そう、これは彼女に対する助け船でもあるのだ。
断じてコスい作戦などではない。
「おーい、戻ったでアユ……」
――しかし、そうして意気揚々と二人の下に戻った俺は、信じられない光景を目にした。
さっきまで防戦一方だったテムジンは、今や『キュイイイン』と甲高い音をしきりに上げながら障害物となる壁から壁を行き来し、ピンクのビームを刺すように叩き込みつつ、4~5秒に一回ほどの高頻度でオレンジの爆弾らしきものを投げ、それは少年のライデンやその前方を巻き込むように『ブッピガン』と小さな音を上げながら、青いドーム状のやたら判定の大きな爆風をあちこちで花咲かせていた。
「シュン、この爆弾クソ強いわ」
「……」
アユミは表情を崩すことなく、手元のレバーとボタンを鋭いシフトチェンジのように、しきりに動かし続けていた。
一方、自慢のレーザーがテムジンのダッシュと障害物に阻まれ、その他の攻撃もポイポイと投げられる爆弾の爆風にかき消されながら、それに自身もなすすべなく巻き込まれ続ける鈍重なライデン。
クソデカな『キュイイイン』と控えめな『ブッピガン』に包まれ、支配されたこの空間において、今や少年の顔はさっきのアユミと同様かそれ以上に“無”と化しており、勝負の趨勢はさっきとはまるで入れ替わってしまっていた。
――ぐははは、いいぞアユミ! そのままやったれやったれ!
俺が童心に戻り、忙しそうにツインスティックを操るアユミの後ろでひそかに小躍りしながら心中でエールを送っていると、後ろから遅れてやってきた長楽が画面の惨状を見て、目を細めながら口を開いた。
「うわ……大人気な……」
ふん、何とでも言うがいいわ。
彼はこれまで俺たちがどんな目に遭ってきたか分からないからそんな口が利けるんだ。
俺は、心底そう思っていた。
しかし、長楽は少年の姿を見てあることに気付いたようで、首をかしげながらさらにこう続けた。
「……あの、兄さん。なんで県議会議員の息子さん、ゲームでいじめてはるんですか?」




