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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ


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26.トヨタ 『DBA-GRS210クラウン・パトロールカー』


「け……けんぎかいぎーん?」

「そうっす、あの子は伊澤先生の息子さんのカイトくんっすわ」



 長楽の口から出たその言葉を耳にして、それまでアユミのワンサイドゲームに合わさるように、ひたすらにアップテンポで爽やかだったゲームの戦闘BGMが、急激に波打つようなテンポの恐ろしい不協和音となって、脳内をグワングワンと揺さぶった。


 いや、ありえんやろそんなこと。



「……ははは、長楽さん、もしかして俺のことからかってます?」

「いや……珍しく大真面目っす。ウチの親父も先生の後援会に属しとるし、選挙ん時とか事務所になってるご自宅によう挨拶行っとったんで、この子の顔はたまに見とるんです。まぁ彼は俺の方をいちいち覚えとらんでしょうけど……」


「……」



 ――嘘ついとる感じは微塵もあらへん。

 まぁこの辺の土建屋とか、たいがい議員さんの支援者やもんな。


 俺は精一杯の笑顔を作って、下がった手を前で組んでモミモミしながら、明滅する画面に照らされ、完全に“無”の境地に達した表情でぼーっとしているカイト少年を横目に、じりじりとアユミの下へと近づいた。



「ア、アユミはん、もうこの辺でよろしいでっしゃろ……そろそろ手を抜いてさしあげまへんと」

「え……嫌や……」



 しかし、アユミはその極まったツインスティック捌きを緩めることはなかった。

 画面のテムジンは、例の甲高い音を上げて前方にダッシュをしながら太い2本のビームを少年のライデンに叩き込み、ダウンを取った隙に物陰に隠れ、ライデンが近付けば即時爆発するタイプの爆弾を投げた。



「しゃがんで爆弾投げたらな、なんか秒で爆発しよんねん。あーおもろ」

「おもろ……て言うとる場合かっ。あの子議員の息子や、そろそろ手加減せんと、泣かしてまうで! そうなったらこのドライブインがどう……」


「……議員の息子やからなんやねん。議員やろうが大統領やろうが、対戦ゲームで手加減したったら、それこそ失礼やろが」



 くっ、初めてのゲームの癖に知ったような口を利きよる!


 これはまずい、アユミが滅多に見れないレベルの真剣勝負モードに切り替わっている。

 よっぽど楽しんでいるのだろうか、こうなってしまっては恐らくテコでも動かない。

 長年の付き合いによる直感が、俺にそう告げている。

 

 一方、画面を見つめているカイトくんの目は、さっきよりも段々と瞬きの頻度が増えてきている。

 『ブッピガン』のたびに、少し長い睫毛がシバシバ、シバシバっと動いている。


 ――やっべぇ。



「……お……俺は今から、こ、このお方に付かせてもらう!」



 今の試合の決着がつき、アユミの画面に『PERFECT』という表示が出た一瞬の隙に、俺は高らかな宣言と共にカイト少年の隣へダバダバと移動し、『YOU LOSE』という表示の前でシバシバを加速させる彼の肩に、しゃがみながらそっと手を置いた。



「今から俺はあなたのセコンドです。何なりとお申し付けください!」



 しかし、カイトくんの瞳は潤いを帯びていながら、怪訝で蔑んだような目線を俺に向けることは止めなかった。



「いや……いらんし……」

「ま、まぁ~そうおっしゃらず! 見ていていくつか気が付いた点もありますから!」



 これは少し、説得に時間がかかりそうだ。

 そう判断した俺は、アユミにジェスチャーで『水入りや』と伝えると、彼女は不満げに頷き、その後は無表情のまま椅子の上でぴょこぴょこと小刻みに跳ねはじめた。

 俺は、視線を今にも涙腺が決壊しそうなカイトくんに戻し、恐る恐る声をかけた。



「ご、ごめんなぁ。あの怖い姉ちゃん、手加減ってもんを知らんくてなぁ……」



 しかし、彼は筐体の前で俯き気味になりながらも、震える声のまま意外な言葉を返してきた。



「……それは、べつに、かまへん」

「いや、遠慮せんと嫌なことは嫌って言いや。でないと……」


「あの、おねえさんな。はじめからオレをな、コースケとおんなじくらいな、なんか“ふつう”に見てくれてんねん」

「え……」



 カイトくんは手持無沙汰になった手でスティックをカチ、カチと動かしながら、悲痛な面持ちで尻上がりな言葉を続けた。



「せやのにな、オレみんなとゲーム、さしてもらえへんからな。どうやったら“ふつう”に、おねえさん楽しませてあげられるか、わからへんねん」

「……カイトくん」


「……下手なんはいやや。おとうさん居いひんときくらい……コースケみたいに、じょうずにゲームして、他のひとと楽しみたいわ……」



 その言葉を聞いて、俺は彼の肩に置いていた手をポンポンと叩き、彼の目の前にある画面を指差した。



「――ほな、ロボット変えてみよか」

「あ、え……でも、おねえさんもう、つまらんて思ってるかもしれへんし……」


「安心しぃ。あのお姉ちゃん見てみ、めっちゃ跳ねてるやろ。まだ大丈夫や」

「そうなん? ……でも」



「先に言うとくけど、あのお姉ちゃんは“普通”ちゃうで。今まさに失われし20年分の楽しみを貪欲に吸収してタガが外れとるところや。普通は、ちゃんと練習せなあかん……と思う」

「……いみわからん」


「わからんでよろし。それに自分も相手楽しもうと思たら、どんなゲームでもキャラクターは色々変えた方が気付きも多いし、見てる人も楽しめるんやで。ねぇ、そうでしょう?」



 今度は、俺たちの後ろで腕を組んでギャラリーに徹し、頷く長楽とお巡りさんの方を見てから、カイトくんの方に視線を戻した。



 ――もう一度、後ろを見た。

 

 やっべ、もうお巡りさん来とるわ。


 制服を着た50代くらいの男性警官は何か話しかけたそうにしているが、長楽がなんとか説得して抑えてくれているようだ。



「……さ、さぁ続きと行こうや。次のロボットはどんなんがいい? めっちゃ強いアユミと同じやつにするか?」

「……おんなじやつはいやや。もっと、おねえさんにカッコイイて思われるような……」


「ん、ゴメンいまなんて?」

「――なんもないわハゲ! そしたらオレもっと、男らしいロボットつかいたい!」



 カイトくんは、すっかりもとの溌溂とした声色を取り戻し、スティックを握る手に力が入った。

 同時に後ろに立っていたお巡りさんが、制帽越しに自分の頭をポンポンと触り始めたが一体どうしたんやろ。



「そか。そしたら、こいつなんかは……」



 それからしばらくの間、彼は俺とギャラリー(ファンくんはクレーンゲームと戦っていた)に見守られながら、アユミの『キュイイイン』『ブッピガン』に心を壊されることなく、研鑽と経験を順調に積み上げていった。



「おしいっ! カイトくん、もっかいや!」

「おねえさん、つえー……」



 隣でしゃがんでセコンドに徹する俺も、段々と眼前のブラウン管モニターで繰り広げられる粗いポリゴンのロボットたちの熱い戦いに、目が離せなくなっていった。



 ――そして、運命の時がついにやってきた。



「で……でたでッ! これはまさしく『アファームド』の伝家の宝刀、“八つ橋”からの前ダッシュライトウェポンやぁ!」



 後ろで見ていた50代のお巡りさんが、腕を組みながらやかましい叫びを上げた。

 いやあんた何者だよ、仕事しろよ。

 

 画面の中では、『アファームド』と呼ばれる筋肉モリモリマッチョマンなロボットが、アユミのテムジンに銃口を向けてショットガンを叩き込みながらも、前方に飛び込むようなポーズのまま何故か斜め横方向にヌルーっと滑りながら逃げる、奇天烈な動きを見せていた。

 これは数ある対戦の中で、カイトくんが試行錯誤の末に偶然見つけ出したバグ技だったのだが、これがさっきから面白いくらいのダメージを叩き出している。



「いけ、いけ坊ちゃん!」

「今こそボムジン使いは絶滅やぁ!」



 やかましすぎるギャラリーの声援をよそに、カイトくんは冷静に投げ込まれる爆弾の影を見極め、うまく遮蔽物を利用して“八つ橋”なるダッシュテクニックで距離を取りつつショットガンで牽制、さっきまでの戦いが嘘のようにテムジンと互角に近い勝負を繰り広げている。



「――今やぁッ!」



 そして、カイトくんはアユミのテムジンがダッシュキャンセルに失敗し、硬直した隙を見逃さなかった。

 しばらくぶりに口を開いた彼の咆哮とともに、棒立ちに見えていたアファームドがぬるりと一瞬でテムジンに接近して腕を振りかざし、月夜の如き蒼く輝くトンファーの光刃が――


 テムジンの体力ゲージを、残り40パーセントから一気にゼロにまで持っていった。



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