23.SEGA 『BLAST CITY』
アユミが『ひよしドライブイン』の短期バイトとして、雇用契約書に押印をした翌日の夜。
「本日から……よろしくお願いします……」
瀬貝自工のものとは異なるツナギに身を包んだ彼女が、厨房で頭をぺこりと下げている図は非常に新鮮だった。
ギラギラの寸胴鍋が置かれたシンクの前に座るオトンは、ゆっくりと頷きながら引継ぎノートをアユミに差し出した。
「ん……今の時点でもう人は捌けといたし、あとは頼むわ。終わったら、また外開けたって」
「なぁオトン。いつもはノート、あの棚に雑に放ってあんのに……今日はやけに丁寧に渡」
「だまっとれアホ息子」
今夜はある作業のために外のカギを施錠し、貼り紙をして一時的にドライブインをクローズした。
ここからは、俺とアユミの二人での作業となる。
「シュン。ノートにも書いとるが、自販機は中抜いてるから移動終わったら補充忘れんなや」
「いうても深夜やから、それぞれ10もあったらええか?」
「ちょっと多いくらいやが……まぁ、かまへん。あとはアケミちゃん」
「アユミです」
「……アユミちゃんはシュンの手伝いはほどほどにして、もしできそうやったらでええし、これまで『アサルト』と『空手道』っちゅうゲームを稼働させとった二台の筐体を『バーチャロン』で遊べるようにしたってほしい」
「あさると……? ばーちゃろん……?」
「必要なスティックボードやら配線やらはとっくの前から倉庫に揃えとるんやが、いかんせん歳で面倒くそうてな。でも最近の子らは戦車も空手も良さが分からんらしくて誰も遊んどらんから、しゃあなし最新のロボットゲームに更新や。簡単な配線図はノートに書いといた」
「……車いじりの技能でできそうやったら、やってみます」
「オトン……バーチャロンも大概俺らが生まれる前のゲームやで」
「だまっとれアホ息子」
オトンは悪態をつきながら、「ほな」の一言で奥へと引っ込んでいった。
それから俺とアユミは、いつもは多種多様な騒がしい音を弾かせる機材たちが一部を除いて一斉に沈黙し、人が誰もいなくなった異様な空間に立った。
ここからは、俺が昨夜提案したあるプランに沿って、ちょっとばかし大掛かりな作業が始まる。
「そしたら、さっそく運ぼか……隅持ち上げて支えとくし、ハンドリフト差してほしい」
「ん……」
まず滑り止めつきの軍手をはめた手で、電源を抜いたハンバーガー自販機の正面をテコの原理で起こし上げると、やがてアユミの動かす赤いハンドリフトのブレードが底に入った。
彼女がハンドルをキュコ、キュコと引き倒すたび、自販機は油圧で持ち上がっていき、やがて持ち運べるような高さまで上がると、俺が自販機を支えた状態で店舗の奥側へと移動をはじめた。
「当たらんように気ぃつけや……よしよし」
「……この辺でええか?」
「オーケー、下ろしてくれ」
そして、ハンドリフトから下ろした自販機を壁に寄せ、それまで食品自販機のなかったコーナーに設置した。
ここはあの見下ろしクレーン筐体から、バッチリ視界に入るポイントでもある。
「……なぁシュン、前から思ってたんやけど……なんでこれパンツ入」
「見てはいけません」
アユミには目を逸らすよう言いつつも、ゆくゆくはこのパンツキャッチャーにも、プランに一枚噛んでもらうこととなる。
ただ、やはり例のアクキーがまだ届いていない以上、今のこいつはただのパンツキャッチャーでしかない。
特級呪物とアユミをこの空間に混在させざるを得ない現状に頭を抱えつつも、いったんこれ以上は考えないようにした。
「……ゴホン、次は筐体の入れ替えや。なるべくクレーンゲームとか、アユミでも知ってるレベルの有名なゲームを通路側に置いて、オトンが趣味で置いとるマイナーな奴と入れ替えるで」
「いうて、ウチが知っとるゲームなんてほとんどあらへんけどな……」
結局のところ、俺がやろうとしていることは、お客さんの動線計画の見直しだった。
今までは例の画像目当てや、物珍しい食品自販機目的で来たお客さんの動線が、すべて入口で止まってしまっている可能性があった。
そのため、現状の目玉となっているハンバーガー自販機を奥側に置いて、少しでも多くのお客さんに中まで入って来てもらうことを考えた。
このドライブインには数多くの筐体や機材があるにも関わらず、それらが認識されないままになってしまうと、ほかの機材に対する新しい関心の芽生えや、刺さる人には刺さるような巡り合わせも起きず、結果的に店舗にお金が落ちにくくなるような気がした。
人の目につかなければ、何も始まらない。
この雑多で、時間が止まった空間そのものの魅力で勝負をするには、まずお客さんに店内を回遊してもらわなければならない。
それが昨日、俺があの展望台の双眼鏡を覗いて思い至った“気付き”だった。
「はぁ……くたびれた。だいたい、こんなもんか?」
「なぁシュン。ウチの知ってるゲーム全然あらへんかったけど、一個だけ熊さんの乗っとる車が出とるゲームあったわ」
「あれかぁ。『セガラリー』でお客さんの足が止まってくれるとええな……」
「……あとそれと、シュンのオトンが言ってた筐体って、あれでええんか?」
アユミが指差したのは、二台の汎用筐体『ブラストシティ』だった。
確認のため、いったん電源を入れ直すと、片や『ASSAULT』の文字が横っちょの空間に表示され、モニター中央の縦長部分で延々と敵の弾に当たり続ける戦車のデモムービーが映った、ツインスティックパネルの筐体。
片や、白と赤の道着を着た男の間に、とって付けたような美少女(?)が画面に写し出された、四本のスティックがついたパネルの筐体となっていた。
「そうみたいやけど……ちょっと休憩したらどうや。アユミも結構頑張ってくれたやろ」
「……ぜんぜん平気や、任せとき」
そう言って、アユミはおもむろにスティックボードの取り外しを開始した。
表情を崩さずとも、軍手に包んだ手の動き、真剣な眼差しを控えの基板に向けるその姿を目にして、俺も自然と足が厨房へと向いた。
「負けちゃおれん、俺もさっさと食品の補充せな」
◆
うどん自販機のレールにプラ丼をセットし、右側の内蓋を開けたまま最後の動作チェックを行う。
うどんが出来上がる一連の動きがよく見える状態で、レールから流れてきたうどん入りの器に一度熱湯が注がれる。
上から降りてきた金属製の抑えが麺の飛び散りを防ぎつつ、丼が高速回転してジャカジャカと音を立てながら中の湯を弾き飛ばす。
そして、タンクから熱い出汁が注がれて間もなく、完成した丼は無事に取り出し口まで運ばれた。
「っしゃぁ……終わり!」
俺は目一杯伸びをした後、テストで作ったうどんを2つ、大きなトレーに乗せてアユミの元へと向かった。
「アユミ、休憩やー!」
「んー……」
一方、アユミの作業はまだ完了していないようで、こちらを振り向く彼女の表情は、明らかにキリの悪そうな雰囲気を醸し出していた。
「……もうちょいで、両方の基板に通信ボードが付く。そんで、あとはこの通り光通信ケーブルで接続して、テストが上手くいったら終わるんやけど……」
「いやいや、もうそこまで終わってるだけで十分すごいやろ。そんなに根詰めてもしゃーないって……ほら、伸びる前に」
トレーのうどんに箸を置いて、丼がたわまないようにそっと渡す。
それを受け取ったアユミの真剣だった目は、やがてある一点に向いたことで、次第に和らいでいった。
「……おあげさんや」
「ふふん、今夜限りのまかない裏メニューやぁ」
彼女の言った通り、うどんにはいつもの天ぷらに加え、よく出汁の色に染まった一枚の四角い揚げが乗っかっていた。
「ご苦労さん、ほないただきます」
「……いただきます」
筐体の前のゴム床に二人して行儀悪くあぐらをかき、割り箸を持ったまま両手を合わせる。
それから、いつもとは文字通り一味違う、スペシャルなうどんの麺を箸で持ち上げ、すかさず啜りはじめた。
「……ふまぃっ!」
慣れ親しんだ昆布出汁のやわらかな塩味に、甘い揚げから染みでたつゆが合わさって、出汁に浮かせた油分のジューシーさと味の締まりが、より一層良くなったように感じた。
――これは反則だ。
この絶妙な甘辛さは、肉体労働でほどよく疲労した身体の五臓六腑に染み渡り、麺をつまむ箸と出汁を湛えた丼を口に運ぶ手が止まらなかった。
「ふぁあ、ふぁんへほれひふもほはへんほ」
「はひいっへんほは、わはらへん」
麺をすする、出汁を飲む。
今、この程度の知能しか持たない俺たちは、目一杯うどんを含んだ口を、もごもごと動かすことしかできない。
それでも、この温さは何物にも替えがたい、穏やかな一時を二人の間に生み出していた。
――しかし、その時だった。
施錠をしている入り口ドアをコンコンと叩く、不審な音が響き渡ったのは。




