20.ニイミ洋食器店 『新幹線ランチ皿 (0系/青)』
俺がおみくじ機の目盛りを“さそり座”に合わせ、アユミがレバーをカチンと引くと、やがて出口部分から一つの小さなカプセルがコロコロと転がって来た。
カプセルを開けると、中には『※あなたの運勢※』と題した小さな紙が一枚入っていた。
アユミはそれを手に取り、ぼそぼそと読み上げはじめる。
「なんやこれ、えっと……『あなたの物事を受け入れる小さな勇気が、運を切り開く運命にあります。恐れず前進してください。ただし、目を現実に向けるとともに、内部充実を忘れないことです』……」
「なんか、ちっちゃい紙に結構みっちり書いてあんなぁ。爺さん婆さんやと読めへんでこれ」
他にも、血液占いや今日明日の運勢なんかにも触れられており、どれも当たり障りのない内容が綴られていた。
「『異性運もチャンス到来です。あなたの行動力が決め手となります。恐れず迷わず進めてください』……」
アユミが律儀に全文を読み上げている最中、俺は『100円のおみくじやし、まぁこんなもんやろうな』等と考えていた。
我ながら、つまらん人間になってしまったものだ。
一方のアユミは読み上げを終えると、小さな紙を両手指でつまみながら、無表情のままじっとそれを見つめていた。
「シュン、この紙はどうしたらいいん」
「どうするもなにも……おみくじやし、財布に入れとくとか?」
「……ん、また来月も引いたろ」
「あはは、今度はいて座か」
アユミは短く頷くと、ポケットからキティちゃん財布を取り出した。
それとほとんど同時に、おばちゃんが店の奥から、大きなお盆に乗った二つのプレートを運んでやって来た。
「はぁい、お待たせしましたぁ。こちら、お兄さんのセットとぉ」
「あ、おおきに……」
まずは、ハンバーグカレーセットが俺の眼前に置かれる。
白く広めのお皿に盛られたツヤツヤのお米、そこに具は少なめながら、肉の粒がしっかり散りばめられた黒めのカレールゥがたっぷりとかかり、その上には程よく焼き目の付いたミニハンバーグがひとつ乗っている。
付け合わせのミニサラダはふんわりレタスと水にさらした紫のスライスオニオン、そして櫛切りのトマトが一つ乗り、そこにオーロラソースがほどほどにかかっていた。
「こっちはお姉ちゃんの分ねぇ」
「……」
そして、ぺこりとぎこちなく頭を下げるアユミの前に置かれたのは――昔の新幹線の形をしたプレートだった。
目を引くのは、湯気が立ち上がる山型のチキンライスに刺さった日の丸の旗。
その周囲を固めるのはケチャップがけの色鮮やかなミニオムレツ、レタスを敷物にした丸いポテサラとミニトマト、おそらくは俺のカレーのトッピングと同じミニハンバーグ、粗目の衣に包まれたしっぽ付きのエビフライ。
極めつけは、透明な器に乗ったサクランボ付きのプリン。
それは赤青黄色があまねく散りばめられた、どこからどう見ても宝物の詰め合わせだった。
「また食後のドリンク呼んでねぇ。それではごゆっくり……」
おばちゃんが去っていくと、アユミは俯きながらぼそりと言葉を漏らした。
「……別に何歳までって、書いてへんかったし……」
「いや、俺もすっごい気持ち揺らいでるねん。そっちにしたらよかったかも……」
俺が息をのんで新幹線プレートをガン見していると、「……そうなんや」というしゃがれた声と、かごに入っていた大ぶりなフォークを取り出す音が聞こえた。
俺も同様にスプーンを取り出してから、眼前のカレーライスに視線を戻してそのまま手を合わせた。
「いただきます」
「いただき……ます」
かちゃりと音を立て、スプーンですくったご飯とルゥを、一度に口にする。
――ウマい。
家で食べるゴロゴロカレーとはまた違った、フォンドヴォーの風味が濃いどこか上品なコクのある欧風カレーと、ツヤの立ったご飯との組み合わせは、それだけで特別な食事たりえた。
そこに、ミニハンバーグをスプーンで削ってカレーに加えると、ハンバーグの粗めの肉感と具の牛肉のほどけるような食感が合わさって、不思議と満足感に奥行きが出た。
「あはは、俺はやっぱりカレーで正解やったかもしれん。アユミは……」
一方のアユミに目を向けると――彼女は握ったフォークを時折皿にカチャリ、カチャリと当てながら、プレートの上のおかずやチキンライスを一言も発することなく、ただただ夢中で口に運んでいた。
ザクッと音を立てながらエビフライの半分を一口でかぶりつき、切ったオムレツをチキンライスに乗せて小さなオムライスを作って頬張り、ハンバーグ用のデミグラスソースをポテサラに絡めて舌鼓を打つ。
そのようにして、常にモグモグと頬を膨らませていた彼女の様子を見ているうちに、スプーンを持ったまま止まっていた俺の手も、やがて同じようにカチャカチャと音を立てながら夢中でカレーライスをすくい上げ始めた。
「むぐっ、はふっ」
「……んぐ、ふぅ」
――気がつけば、二人のプレートと皿の中身はほとんど同時に空となり、ほどなくして到着したアイスコーヒーとオレンジジュースを、二人してストローで一気に吸い上げた。
「ぷはぁっ」
「……ぷは」
息をついた瞬間。
俺たちは、十数分ぶりに目を合わせていた。
お互いにふぅと深く息をついたのち、先に口を開いたのはアユミの方だった。
「自分でも、びっくりしてるんよ」
「な、なにがや」
「……分かっとるくせに」
テーブルに左肘をつき、お子様ランチの旗を右手の指先でクルクルと回しながら、アユミは空になったプレートに向けて目線を逸らした。
「……とても良い食べっぷりで」
「むぐっ……」
隠すことをやめ、素直に思っていたことを伝えると、彼女は詰まったような声を短く漏らし、旗の動きを止めた。
「で、でもっ、カレーはホンマに旨かったし、アユミの食べてたお子様ランチだってめっちゃレベル高そうやったやん。がっついたって、何も変ちゃうわ」
「……」
アユミは無言のまま、手にしていた旗をテーブルの上にぺちっと置いた。
そして、今度は俺の目をまっすぐ見直し、変化に乏しい彼女の表情を――凛とした空気が取り巻いた。
「……なぁシュン」
「こ、今度はなんでしょう」
「――まだ何かあるやろ、ウチに言いにくいこと」




