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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ


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19.製造元不明(販売:サイコーEP) 『シークレットボール』


 建屋の外で合流したアユミは、シビックのボンネットに浅く腰を掛け、俺を待っていた。



「……シュン。あんましそういう顔、せんといて……」



 俺の顔を見るなり、彼女はいつものどこか気だるげな表情のまま、俯き気味に自身の頬を指でポリポリと掻きはじめた。



「へ、顔?」

「しゃあないやんか……最近はずっとツナギで服サボっとったから、サイズ合うまともな服持っとらへんねん……」



 どうやら、アユミは自身の服装を気にしていたらしい。

 シンプルな白いカットソーに、脚のラインがはっきりと分かる薄い水色のスキニーデニム、新しめの白いスニーカー。


 そして、何より目を引くオーバーサイズの紫のスカジャン。

 これはかつて社長が愛用していたスカジャンで、初めて彼と会った夜も身に付けていたものだ。



「あぁ、いやちゃうねん……うん、よう似合におうてる」

「……ほんまかいな」



 実際、アユミの服装イメージと体型は、二年前と大きく変わっていない。

 ……いや、工場仕事のおかげか、腰つきのボリュームだけは少し増したような気がする。


 それよりも、玲さんの口から出たさっきの言葉の数々が、まだ頭から離れない。

 きっと、それが顔に出てしまっていたのだろう。



「そ、それよりアユミ、どこで時間潰す? とりあえず昼飯にしてもええけど……」

「せやな……時間も時間や。この辺の峠流しながら、適当に店でも探そか」


「そうしよう。運転してもらうし、飯代とガソリン代は払ったる」

「……ふぅーん、言うたな」



 俺が奢りに言及したとたん、アユミはシビックのドアを開けながら、口角を上げてじっとりとした横目をこちらに向けてきた。


 なんか、さっきからアユミの口調が心なしか軽い気がする。


 俺も……発言と仕草には気を付けよう。

 ()()言葉はどれ一つとして、アユミに聞かせるべきじゃない。

 なんとしても、気取られないようにしなければ。


 俺は頭にこびりついた記憶を振り払うように――ラインがはっきりと出た、アユミの太ももに視線を落とした。





 俺たちを乗せたシビックは瀬貝自工を出発し、ほどなくして小さな温泉街の外周道路を通過していた。


 赤いバケットシートには、はじめこそ軽トラの座席とはまた違った窮屈さを感じたが、ぐねぐねと曲がり続ける山道で揺られるうちに、身体にかかる負担が驚くほど少ないことを実感した。

 

 山側の幾つも存在する廃旅館やお土産屋の並びの中には、まだ営業している店舗も歯抜け状に混在しているようだ。

 その中でもひと際大きく、ひび割れて黒ずんだ10階建てのコンクリート建築『国際HOTELやまぶき』をぼんやりと横目に見ながら、俺は口を開いた。



「なんか、思ってたより静かやな」

「いや、ここはずっとこんな感じやで……客はどんどん減る一方や」


「あぁいやいや、そうではなく……このシビックのことや」



 この車はいつも、遠くからでも分かるほど独特の爆音を奏でてからドライブインにやってくる。

 そのイメージが強いせいか、今まさに乗っている身として、車高が低いことから底面に跳ね返る石の音やロードノイズはよく響いているものの、エンジンそのものは静かだと感じるほかなかった。



「……そら、普通に運転しとるうちは、多少足回りの軽い車でしかないからな」

「ふぅん、そういうもんなんか」


「ウチかて、ドライブインとか人様の家の近くで()まで回すことはあらへんわ」



 アユミは眼前のタコメーターカバーを左手でコンコンと叩き、そのあと武骨な金属素地の丸いシフトノブに手を添え直した。



「それでも、うちへの謝罪にシビックで来るのは忍びない思ったんやろ?」

「……それはそれ、これはこれや」


「あはは、オカンみたいなこと言いよる」

「やかましいわアホシュン」



 窓の外から温泉街の色は次第に消えていき、やがて開いているのかどうかも分からない木造の軍鶏料理店や、ちょっとだけ名の知れたプレハブのこんにゃく屋などが、緑と茶色に覆われた景色の中に点在するようになってきた。



「……っていうか、あの菓子折りいつの間に用意してん。夜から朝の間のことやで、遠くのコンビニまで走ったわけでもあらへんやろ」

「あぁ……ウチに限らず自工の人間、日ごろからよう謝りに行き倒しとるからな。日持ちするゼリーとか工場にいつもストックしてんねん」


「……ったく。怖い人に見られてるんやから、ほどほどにせえよ……」

「きっ、くくっ……怖い人て誰やねん」



 ――アユミの笑い声は独特で、認識にはやっぱり時間がかかってしまう。


 普段、ほとんど表情を崩すことのない彼女が、こうして笑っているということは……少なからず、リラックスしてくれていると考えていいのだろうか。

 


「……なんもない」

「なんやぁ、めっちゃ誤魔化すやん」



 まぁ、正直言うと俺も――東京で話した誰との時間よりも、リラックスできとるのは否めん。



「そ、そんなことよりよ。分かっちゃいたけど……気軽にランチって感じのところは、あんまりあらへんなぁ」

「……確かにな。ウチも普段、ドライブイン以外で外食なんてせえへんから……実はあまり店は詳しないねんな」


「そうなんか。てっきり……」



 俺は途中まで出かかった言葉を、慌ててひっこめた。


『――社長は別に親代わりでもなんでもあらへん』


 以前耳にしたあの言葉が、ふとリフレインした。

 おそらく、この様子では社長に飯に連れて行ってもらうということも、殆どなかったはずだ。



「てっきり?」

「……いや、アユミは自分で料理できんような気がしたから、よう外食しとるもんやと」



 そうだ、今はこの話はやめよう。

 ただでさえ玲さんとの一件で、ややこしいことになっとるんやから。



「失礼なやっちゃな……り、料理くらいするわ」

「ま、まじで!? いったい何作んねん」


「れ……冷凍のほうれん草チンして、ごま油と塩混ぜて食べるとか……」

「……野菜食べてて偉いやん」


「……うるさい」



 ちょうど、その時だった。

 若干むくれ気味になっているアユミのさらに向こう側、ガードレールと谷を隔てたカーブの先の開けた崖上に、二階建ての建物がポツンと見えた。

 

 この距離からでも分かるほど大きな、『ビューレストラン そが』と書かれた電飾付きの赤い文字看板が掲げられているその建物は、一見すると二階部分に照明がついているようには見えなかった。

 しかし、前面の広い駐車場には、車が数台ほど停まっている様子が窺えた。



「なぁアユミ、あそこやってるか分からへんけど……過ぎてもうたらあんまり店無さそうや」

「ん……分かった」



 ほどなくして、シビックは店の前に停まった。

 車を出てアスファルトに足を置くと、山間の風がさっきよりも強く吹き抜けていった。

 いつの間にか、そこそこの標高まで来ていたようだ。


 レストランは外壁のタイルに黄ばみが目立つものの、大きなガラス扉から中を覗くと、ランチ時にしては少ないながらもお客さんが入っていることが分かった。


 大きな真鍮製の押し板に手で触れ、やたらと重いガラス扉を「よいしょ」と開けると、ドア上についていたベルがチリンチリンと鳴り響く。


 入ってすぐ横、ツルツルで光沢のある床の上にはひとつの大きな陶器製の壺が置かれており、什器の上に並んだ竹細工の人形や、壁に貼られた瓶のファンタの古いポスターなどと共に出迎えてくれた。


 やがて、壁一面に張り巡らされた大きな窓ガラスによって採光された、薄暗く広い店の奥からは、60代くらいのおばちゃんが「いらっしゃいませぇ」と言いながら歩み寄って来た。



「お二人さんですね。窓際どこも空いてるんで、お好きなところどうぞぉ」

「ありがとうございます」



 店の中を見回すと、“展望席”と銘打たれた二階に続く階段は黄色いプラチェーンで閉鎖されているようだった。


 途中、小さな子供を連れた家族連れが座るテーブルの横を抜け、俺たちは促された通り、一階窓際の四人掛けテーブル席に腰を掛けた。


 テーブルの端に立てかけられたメニューを開くと、おおよそファミレスでお馴染みの料理であれば一通り揃っているようだった。

 ワープロで打ち込まれた字と少し暗めの料理写真も添えられており、開業時から特に更新はされていないような印象を受けた。



「……ん、決めた」

「早いな。アユミは何にしてん」


「……言わへん」

「なんでやねん……じゃあ俺も決めたわ」



 メニュー立ての傍に置かれた♪マークのついたボタンを押すが、何度か間を空けて押しても、注文を取りに来る様子はない。

 仕方なく「すんませーん!」と大きな声で呼ぶと、さっきのおばちゃんが注文票を持ってやってきた。



「はいはいお待たせしましたぁ」

「えっと、俺はこのハンバーグカレーセットを」

「……ウチはこれで……」



 アユミは俺から隠すようにして、メニューを指差ししておばちゃんに希望の料理を伝えている。



「……はぁい、承知しましたぁ」



 おばちゃんがテーブルを去ると、俺たちの間には若干の沈黙が流れた。


 薄汚れた大きなガラス窓の向こうには、埃のフィルターを通して蘇我入岳の麓の景色と、遥か遠くに日本海らしき青黒いものがうっすらと見えた。



 視線をアユミに戻すと、彼女は卓上に置かれていた高さ15センチ程度の、プラスチック製の丸い乳白色の“何か”を手にしながら、首をかしげているようだった。



「え、なんやそれ」

「知らん……置いてあったから」



 アユミから『Secret Ball』と青い字で書かれたそれを受け取り、見回してみる。

 球状の周囲には青い12星座のイラストが描かれており、それらに合わせるためのレバーと100円玉の投入口、そして『Ball Out』と書かれた何かの出口が見えた。



「これ、星座占いのおもちゃなんか……」

「……」


「よーし、占ったろ。アユミの星座は?」

「……シュン、ウチの星座って何や?」



 ――アユミはポカンとした様子で、言葉を零した。


 数秒の間、厨房から微かに弾ける揚げ物の音と、先ほど横を通りがかった家族の団欒の声が、この四人掛けテーブルを包んだ。



「――今日にしとこ。今日は11月の、いつやったかなぁ」



 やがて、財布から取り出した一枚の100円玉が、スコンと穴から落ちていった。



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