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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ


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16.トヨタ 『サクシードワゴン』


 突然の弁明機会の訪れに、俺は奇声を発しながら慌てて立ち上がろうとした。



「ちゃ、ちゃうちゃヴォッ」



 腰を上げ、足を座布団に乗せたとたん、それまで座っていた座布団が前に向かってスコンとすっぽ抜け、勢いと重力に乗って後転をはじめた俺の身体とは真逆に――手にしていた下着が宙を舞った。


 吊り下がった丸型蛍光灯の白い光と、どぎついピンクでツルツルの生地が重なり、ひとつの太陽と化した瞬間。

 俺が幼かった頃に親子で交わした会話が、ついさっきの出来事のようにリフレインした。



『なぁなぁ、おとん。あ、あんな。こ、これな……ぜぇんぶ、この写真のきれいなお姉さんがはいてたんかなぁ』

『んなわけあらへんやろ。アホちゃうか』



 ――走馬灯がこんなんで死ねるか。


 畳の上で咄嗟に腕をつき、着地に無事成功した俺は、すかさず畳に落ちたパンツをぶんぶんと指差しながら、口をパクパクと開いた。



「ここここんなものは虚構や! オールドメディアの陰謀に踊らされたらアカン! こんな布切れ一枚に人の温もりなんて微塵もあらへんのや!」

「なに言うてんねん」


 

 抑揚のない声でそう短く返したアユミは、いつものツナギ姿のまま土間に佇んでいる。

 そしてその右手には、薄い箱の入った紙袋を持っていた。

 

 ま、まったく。

 いったいアユミがこんな時間に、何しに来たっていうんや。



「シュンのおと……日巡さん、おはようございます」

「おぉ、ほんまに来たんかいなアユミちゃん」


「……今日は名前、間違えませんでしたね」

「がはは、なに言ってんねや。間違うたことなんて、いっぺんもあらへんやろ」



 そして、しれっとオトンと自然な会話を始めとる。

 オトンもオトンでアユミが来ることを知っとった様子やったし、なんなんやこれ。


 俺がそうして混乱していると、オトンの「まぁ上がり」という呼びかけに応じて、アユミは慣れた動作で靴を脱ぎ、畳に上がってきた。

 それに合わせて、オトンは家の奥に向かって大きく声をかけた。



「おぉい、アユミちゃんや。茶ぁ出したって……っておらへんのか」



 しかし、オカンが今日も農協に顔を出していることを思い出し、オトンは「どっこいしょ」と漏らしながら腰を上げる。



「茶入れてくるさかい、ちょっと待っとり。それかコーラがええか」

「……いえ、今日はほんまに……結構です」



 さっきからアユミは、普段見せることのないような、どこか改まった様子でいる。


 俺はそれに妙な違和感を覚えてアユミを見上げるが、ほどなくして彼女は、視線をどこに合わせているのかも分からない瞳を閉じ――



「昨日は私の不始末によって、御店に多大なるご迷惑をおかけしてしまい……誠に申し訳ございませんでした」



 ――そして、深々と頭を下げた。


 その謝罪が、アユミが野次馬客を追い出してしまった昨日の一件に対するものであったと気付くと同時に、俺より先にオトンがため息をつきながら口を開いた。



「別にかまへんて、電話でも言うたのに……」



 俺もなぜ、アユミがいま頭を下げなくてはいけないのかが分からず、慌てて言葉を続けた。

 この件は昨日も触れられていたが、あえてうやむやにしていたはずだ。



「そ、そうやアユミ。昨日の件はむしろ俺が助けてもらっとんのに、なんで……」

「……以後、このようなことが無いよう努めて参ります」



 しかし、アユミは頭を上げた後もその改まった態度を崩すことなく、紙袋から取り出した菓子折りをそっとオトンに向けて差し出した。 


 オトンがそれを、困惑した様子で受け取った刹那。


 もう一度深く頭を下げようとした、彼女のツナギの胸ポケットに刺繍された『瀬貝自工』という文字が――俺の視界にふと入った。


 

「重ねて、お詫び申し上げます……本当に、申し訳ございませんでした」



 そして、彼女が俺たちに背を向けて畳から降りようとしたとき。



「――待ってくれアユミ、俺も行く」



 その言葉が、あまりにも自然に俺の口から飛び出した。



「元はと言えば、俺の投稿が原因なんや。社長に俺からも話しさしてくれ」





 アユミが運転する商用バンの助手席に座り、俺は国道のガードレール外側の大部分を覆いつくした木々が、次々と流れていく様子をぼんやりと眺めていた。



「……今日は、シビックちゃうんやな」

「朝っぱらから、あんなやかましい車で行ったら……謝罪にならへんやろ」



 やかましいって自覚はあったんかい、などと心の中では突っ込みつつ、俺はアユミの回答に対して「そうか」とだけ返した。

 家の軽トラはオカンが乗って行ってしまっているので、今はこうして瀬貝自工の工場まで、アユミに送ってもらう他ない。


 なんか、締まらんなぁ。



「すまんなぁ……帰りは自分でなんとか帰る。オカンの用事が終わってたら迎えに来てもらうか、最悪歩いて帰れるわ」



 ドライブインと工場はそれぞれ異なる学区に位置しており、最短のルートでも小さな峠を一つ越える必要がある。

 アユミがかつて住んでいた実家は、工場側の学区に存在していたこともあり――夜な夜な、ドライブインまで徒歩でやって来ていた彼女を取り巻く当時の状況の異常さを、今になって改めて認識した。



「……いや、大丈夫や。帰りも送ったる」

「せやけど、この後アユミは仕事やろ。工場も年末近くで忙しいやろし、それは悪いわ」


「ちゃうねん、ヒマになったんや。ウチ、謹慎なってもうたから」

「……はぁ? き、謹慎っ!?」



 突然カミングアウトされた“謹慎”という二文字に、思わず全身が反応した。

 勢いよくアユミの方を振り向こうとしたが、肩がシートベルトで思い切り押さえつけられてそれ以上は動けなかった。



「な、なんや謹慎て……えらい大ごとになっとるやんか」

「……たかが2週間や。クビなってへんだけマシやと思うで」



 アユミは前方の道に視線を向けながら、やけに落ち着き払った様子でそう口にした。

 こうなると、俺もそれ以上の追及はできなかった。


 社長としっかり話をすれば、どのみち分かることだろうから。



 言葉に詰まって、視線を再び窓の外に戻すと、ひび割れたアスファルトの外側に佇む一軒のさびれた平屋建てのホロ付き商店が、ちょうど目に入った。



「……野村鶏卵、つぶれてもうたんやな」

「おばちゃん、歳やったからな」



 視界から流れていく、商店の窓と入口に張られたブラインドは日に焼けていて、昨日今日に下ろしたものではないことが分かった。

 表にぽつりと置かれている埃まみれのロッカー型の自販機には、当然なにも入っていない。


 続けて目に入ったのは、3階建ての古いコンクリート建築だった。

 この仏壇屋はまだ営業しているようで、窓の向こうでは微かに明かりが灯っている。

 駐車場には、節操のない字で『日本一!!』と仰々しく書かれた、大きな看板が立っていた。

 


「この辺の景色って、こんなんやったっけなぁ」



 俺は吐き捨てるようにそうつぶやいた。


 そうこうしているうちに、俺たちを乗せた車は『国際HOTEL やまぶき 5km先』と書かれ、錆びついたロードサイド看板のそばを通り過ぎ、工場まであと少しというところまでやって来ていた。




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