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絶滅危惧種の深夜ドライブイン。夢破れた出戻りの俺と、VTECを奏でる幼馴染と。  作者: とむ


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14.FCNT 『Arrows We』


 あれから、いったいどれほどの時間が経っただろうか。


 最初に並んでいたグループがみんな満足して退店した後も、撮影の様子を見た後続のグループは、続けて俺との例の写真の再現撮影を望んだ。


 お客さんの中にはそういったグループとは別に、一眼レフで黙々と買った商品と自販機等の写真を撮る人や、俺たちの撮影の様子をさらに一歩引いた所からスマホで撮影する人もいた。

 

 しかし、それでも大多数のお客さんは、やはり俺の投稿の再現をしたい人たちで占められていた。



「すみませーん。これ角度ずれてるんでぇ、もっかいお願いしまぁす!」

「しゃーっす!」

「きゃはははっ」


「ちょっとー。後ろツカえてるんで、早くしてくれますー?」

「ユニバで使った血糊の余り、使えるんちゃう?」

「それもう先にやられとったわ、横浜の人らの投稿上がっとる」



 こんな有り様なので、半ば無理矢理ではあったが、オトンには先に中へ引っ込んでもらった。

 そもそも、こんな対応が必要になったのは、俺が安易にSNSの力を頼ろうとしたからだ。



「……まっ、これでヨシとしておきまーす」

「ぶははっ、お前何様やねんウケる」



 ずっと同じ角度を保ち上げ続けていた左腕には、既にかなりの疲労が溜まっていた。


 しかし――眼前の彼らが俺に向ける、『自分もバズにいっちょ噛みできるかもしれない』という眼差しは、それを言葉にして出すことを拒んだ。



「そうだ、血糊をバーガーに塗ってみたらいいんじゃないかな」

「おー、いいねぇそれ。地獄の流血バーガーじゃん」



 自販機のものを買ったり、店内のゲームで遊んでいってくれるお客さんも、相変わらず少ないままだった。

 皆一様に、グループで一つだけハンバーガーを購入して、撮影して、満足して去っていく。



「……なんか、外からデカイ音するなぁ」

「珍走団とかでしょ? ここ田舎だし」



 まぁ、売上の貢献もまったくのゼロとはちゃう。

 どんな形でも、お客さんを絶やしたらアカンのやから……これも必要なサービスや。



「お客さん、すんません。ちょっと左腕に乳酸溜まってもうて……今だけ右腕でさしてもろてもいいですか?」


「えぇー! なんで私らだけそうなるんですか!?」

「そうですよー! アタシたち、ずっと待ってたんですケド!」



 あぁ、お客さん怒らせてしもた……あかんあかん、もっとサービスがんばらな。


 ジャーナリストを夢見とったクセに、こんな些事すら正しく発信できひんかった俺なんか――結局こうして、泥臭く喜んでもらう他あらへんのに。



「す、すんません……」


「いくら時代遅れを売りにしてるドライブインでも、そういう対応って良くないと思いません? お客様を選んでサービスしてるってことでしょ」

「サービスがなってないよ、サービスぅ」



 ……そうやな。

 サービスや、サー……




「――おどれらドカスサル共ボケコラッ!! シュンに何さらしとんねん!!」




 音を立てて勢いよく開いた扉と、聞いたこともないような口汚い怒声。


 スナックコーナーで好き勝手に過ごしていた群衆たちと、自然と左腕を下ろした俺は、一斉に入口の方向に視線を移した。



 勢いがつきすぎて壁に当たり、ドアパネルが跳ね返るよりも前に。

 その声の主は光のない瞳を見開き、鬼気迫る表情のまま、ツナギ姿の肩を大きく揺らしながらズカズカとこちらへと向かってきた。


 誰が漏らしたか分からない「うわ」の一言を皮切りに、その場にいたお客さんたちは一斉に目線を泳がせ、落ち着きのない様子を見せはじめた。


 

「表まで出てけやノータリンのスカタン共ッ! ここはお前ら如きの来る場所ちゃうわ、ダボがッ!!」



 そして、彼女が握った拳で傍らにあったプラスチックテーブルの天板を思い切り殴り付けると、震えを伴った一瞬の爆音がスナックコーナーを支配した。


 そんな中、ベージュコートに身を包んだ一人の若いキラキラした女が、スマホを前に構えながら声を上げた。



「あ、あの、なんなんですかアナタ? 皆、ドライブインでただ楽しく過ごしてるだけじゃないですか。それなのになん……」


「――やったら、そこのシケた面した男も笑顔にせんかいクソアマッ! 人間一人に寄ってたかって、それがお前らの楽しみか?」

「そ、それは……その」



 スマホを前にかざして動画を撮影していた女だったが、明確に何かを言い淀んだ様子で、反射的にスマホを下ろした。



「やったら蘇我入の谷底が似合いじゃ、スマホポチポチしか能あらへんボケザルどもッ。もうちょい人間のフリぐらいしたらどうやねん、あぁッ!? ええからお前ら全員、とっとと失せろやッ!」



 そして、周囲にいたグループの人たちは、怒りとも怯えとも取れないような表情を各々浮かべながら、不揃いな足取りで一人、また一人とドアから外へと出ていく。



「あーあ、興ざめ」

「おい、やめとけって」


「田舎のヤンキーこっわ……」

「こんなところ、潰れたらいいんだよ」



 去り際に悪態をつく人も少なからずいた。


 そして、駐車場からいくつかの軽いエンジン音が、まばらに遠ざかっていく音を耳にしながら――



「はぁ……はぁ……」



 アユミは、息を荒げながらスナックコーナーの中心で立ち尽くしていた。


 なかなか言葉が出せなくて、手だけをそっと彼女に向けて伸ばした。

 すると、アユミは一度だけ俺の方に目を向けて、何かにハッとした様子ですぐに顔を外に向けた。



「……アユミ」



 ようやく口にした名前。

 しかし、その矢先。



「――ほんまは、もうここには来うへんつもりやった」



 彼女は拳を握って俯きながら、ポツリと言葉を紡ぎ始めた。



「……は? な、なんでや」

 


 俺が問いかけると、彼女は一度だけ息を吸い込んで、そのあとフッと肩を落とした。



「……このドライブインには昔から世話になったし、潰れてほしくないってウチも常々思ってた」

「……」


「せやから、外から人をぎょうさん呼ぶ……それが正しいことなんやっていうのも、よう分かってた」



 アユミは握っていた拳をほどき、ツナギのポケットからスマホを取り出した。



「シュンに教えてもうた、インスタってやつ使ってみた……ここのこと調べると、夕方あたりからやたらと投稿が増えとった」

「……そんなに早よ増えとったんか」


「そう。ここらじゃ見かけへんような、ウチにはなれへんようなキラキラした連中が……楽しそうに写真に写ってたわ」



 そして、スマホを両手でそっと包んで、目を瞑った。



「はじめはそれでいいと思ってた。でも、途中で誰が撮ったか分からん、シュンが連中に撮影を強要されとる動画を目にしてもうて」

「……」


「……それで、どうしても我慢できひんようなって……」

「そ、それとここに来うへんくなる理由と……何が関係あんねん」



 アユミはスマホをしまってから両手を広げて、俺たちを除いて誰もいなくなったスナックコーナーを見回した。 



「……よう分かったやろ。ウチは混入したらアカン異物なんよ」



 乾いた笑いとともに零れた言葉は、不規則な震えを含んでいる。



「ウチが、シュンの……お客さん帰してしもた」



 彼女の胸の内の吐露を受けて、俺はあることに気付かされた。


 そして、その気付きはやがて、致命的なひとつの見落としを明白にして――



「ホンマに……かんにんや。かんに……」


「――かんにんや、アユミ! 俺めっちゃ大事なこと忘れてたッ!」



 たまらず、喉から久々にヘンな大声を出した。

 


「……」

「まずい、コンプラ違反かもしれん! 今から急いで書くわ!」



 言葉を失って固まるアユミをよそに、俺は慌ててスマホを取り出し、インスタを開いた。


 流し見したタイムラインには、『ヤンキーに絡まれて興ざめ』だの、『ハンバーガーがチープすぎる』だの、好き勝手書かれているようだったが、今はひたすらどうでもよかった。



「はよポチポチして……よし打った! アユミ、ちょっと確認してくれ!」

「……は?」


「ええから!」



 なぜか珍しく狼狽え気味になっているアユミに、俺はスマホを半ば無理矢理持たせ、画面を見せつけた。



「……な、なんやねん。えっと……『本日はひよしドライブインに多くの方にお越しいただき、誠にありがとうございました。当ドライブインは、どのようなお客様のご来店も歓迎しております。なお、当ドライブインで発生したトラブル、事故につきましては、一切の責任を負いかねます。何卒ご了承ください』……」

「ど、どうやろ。免責事項どこにも書いてへんかって……これ、意味通じてるやろか?」


「……通じる思うけど、なんでこれウチに読ましてん」

「いや、アユミにも分かる内容やったら、誰にでも通じるか思て……あいたっ!」



 なんでか知らんが、脳天小突かれた!



「……アホシュン」

「な、なんでやねん! こう書いとかんと、またぎょうさんお客さん来たとき、もっとヘンなトラブルなるやろ!?」



 そうこう言い合っている間にも、投稿に対するいいねがポチポチと増えていく。

 一体、いいねを押した人間の何割が、記載内容の意味を本当に理解できたのかは分からない。


 しかし、先に見えた悪評に対し、このインプレッションの増え方であれば、まだ客足が途絶えることはなさそうだ。



『いや、これ普通にドライブインに対する営業妨害では?』

『若い店番、クッソ疲れた顔してて草枯れる』

『食べ物に対する感謝がなさすぎる』

『お店の人かわいそう……』

『秋でも蝿はよく湧く』

『やりすぎでしょ』



 さっきアユミが見たという、俺がダル絡みされとる晒し動画がふと目についた。

 コメントには、少しずつ店に対する同情と、投稿者への非難の割合が増えはじめていた。



「……大丈夫や、アユミ。次はうまくやる」

「ほんまかいな……」


「いつも来てくれる人も、新しく来る人も一緒に居られるようにする。そして、しっかり利益もいただく。もうちょい詰めが必要やけど……俺にひとつ、いいアイデアが浮かんだんや」



 いつしか、俺の口角は自然と持ち上がっていた。

 そして、呆れて肩をすくめる眼前のアユミも――不思議と同じ口の形となっていた。




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