10.富士電機 『飲料自動販売機 FA25S5LD7DR』
「……なぁ。ちょっと寝といた方がええんちゃうか」
それまでぼやけて聞こえていたアユミの声が、いきなりくっきりとした輪郭を帯びた。
沈みかけていた頭を上げると、鮮明になった視界とともに、手元の緑のカラー用紙に書かれた『30秒で自動でしままりま』という文字と、最後の字の尻から明後日の方角に向かって真っすぐ伸びた線が目に入った。
「……だいじょ、でき、でき」
「いやヤバイって今の自分。おもっくそ寝かけてたやん」
あぁ、やっぱそうなんか。
けっこう頑張って耐えてたつもりなんやけどなぁ……情けない。
そんな気持ちを振り払うように、俺は両手で自分の顔をパチンと叩いて、首をブンブンと左右に振った。
「……よし。すまん、ちょっとコーヒー買う。アユミは何がええ?」
外にある飲料自販機に向かうため、立ち上がろうとした。
椅子の足がゴム床に擦れる音がやけに響いて、まだ残っていたふわふわとした微睡みの波が、一瞬だけ引いた。
「いやええて。それより休みいや」
「そうもいかん……アユミにここまで手伝ってもうてんのに、一人で船漕いでて申し訳ないわ」
そう言って、アルミドアを開けて外に出る。
いよいよ冬も目前になってきたのだろうか、国道に沿って吹き荒む乾いた強風が、俺の温まった顔を冷やしていく。
煌々と光る、ありふれたメーカー自販機で冷たいブラック缶コーヒーを購入した瞬間、すっかりクールダウンした頭でふとあることを考えた。
アユミって、普段なに飲んでるんやろ。
「すまん、どれがいいか分からんかったから……ほい」
中に戻った俺は、あたたかい缶のミルクコーヒーをそっと、アユミのそばのテーブル上に置いた。
「……別にええて言うたやん」
「まぁそう言うなし……いただきます」
手に持った缶コーヒーのプルタブを開けて、さっそくゴクゴクと飲み始めた。
薄い苦みが喉を伝い、脳がカフェインを受け取る前からすでに覚醒を始めたような気がした。
「あぁーっ、麦茶みたいにスッキリ飲めるわぁ」
「それ、コーヒーとして致命的やろ」
アユミもそんな悪態(?)をつきながら缶を両手で持って、ミルクコーヒーをちびちびと飲みはじめた。
「む……コーヒーに一家言ありってタイプかアユミは」
「いや、それはない。ウチ砂糖入れへんと飲めへん」
そんな軽口を言い合う中、俺は彼女の手元にあるカラー用紙に目線を移す。
すると、それに気づいたアユミは片手でさっと紙を裏返した。
「な、なんで隠すんや」
「……別に」
「失敗した分ってこと?」
「いや……たぶん、ちゃう」
「え、やったら見せてほしいんやけど。お店に貼るもんやし」
「……」
妙にアユミの歯切れが悪いと思った。
そして、彼女が渋々といった様子で一度裏返した用紙をいくつか表に向けると、そこには太いインクでA4用紙いっぱいに書かれた文字と、犬のようなキャラクターのイラストがいくつか散りばめられていた。
「なになに、『味はまぁまぁやけど、バチクソぬくい』、『死ぬほど熱いから気いつけや』、『割りばし無くなっとったら呼べ』……なかなか火力が高いなぁ」
「声だして読むなや。こんなんしか、ウチは思い浮か……」
「うん、ありやな!」
「え」
アユミは何故か驚いているけど、俺はすごくいいと思った。
なんか思ってたポップとは違うけど、少なくとも気を抜けば再び微睡みに包まれてしまうような今の深夜頭脳では、俺のお堅い文章よりこのストレートパンチの方がすっと頭に入る。
「なんか、地に足着いてる生きた声って感じがして、妙に親しみあるやん。このワンちゃんのキャ……」
「キティちゃんや」
「……キティちゃんとか、こういうアクセントは俺には出せん。いや、さすがアユミや」
「……無理に褒めんでええて」
アユミは手にしたペンをクルクルと回そうとして失敗し、床に音を立てて落ちたペンを淡々と拾った。
「このあと、さっそく貼り出そう。すまんが手伝ってもらえるか?」
「……ええけど、ホンマにこんなんで客呼べるんか。ウチにはそうは思われへんのやけど」
「もちろん、これだけじゃアカンと思う。絶対に宣伝が必要や」
「ふぅん」
「といっても、今はまだSNSで地道に宣伝していくしか術はないんやが……うぅむ」
「ん、なんやねん」
俺が言葉を濁しはじめた意味が分からず、向かいのアユミは首をかしげている。
そして、断腸の想いでスマホを彼女に見せた途端、胃のキリキリは急速に加速をはじめた。
「実は今日、もうひとつ相談しよと思ってたことがこれでな……。俺、正直SNSのことあんまし詳しないねん」
俺のインスタグラムには、上京前に髪を染めた報告と、東京で撮影したラーメンの写真が数点載っているだけで、特に“いいね”は付いていなかった。
無論、友達と撮った写真だとか、そういう類のものは何一つ存在しない。
秋なのに、じっとりとした汗が背中を伝う。
「報道の勉強しとったくせに、こういうのはずっとキラキラした連中の自慢ツールやと思って……その、忌避しとったんや。でも、他所のドライブインとかはこういうことやってる場所もあるし、コストかけんとできる宣伝としては、やっぱりこれしか……」
それは、俺のプライドを投げ捨てた告白だった。
しかし、アユミから返って来た反応は意外なものだった。
「……いや、ウチもSNSやってへんから分からへんで」
「え、うそ……いや、アユミめっちゃこういうの得意そうやんか」
「なんでそう思うねん」
「だってそのお洒落な金髪とかピアスとか、こういうので勉強してへんとできひんやろ」
「……」
アユミは手で髪を触りながら、口をつぐんでしまった。
「……ど、どうしたんや」
アユミのポーカーフェイスに妙な違和感を覚えて、おそるおそる尋ねる。
「なんもないわ」
返って来たのは、いつも通りの淡白な言葉。
しかし、違和感は依然として拭えなかった。
彼女が手で持ち直したペンが、逆さまだったからだろうか。




