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救いのない世界で、私は笑い続けた  作者: ネコ雲


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2/3

最後の希望


 キャンプから四か月が過ぎた。


 私は十六歳になっていた。


 あれから激しい痛みはなく、町の人たちとの関係も少しずつ戻りつつあった。サラとコウタとの関係も変わらず、私たちは三人で冒険者として魔物の討伐をこなしていた。


     ◆◆◆◆◆


 その日、私たちは森で魔物の討伐をしていた。


「ミライ、右から来るぞ!」


 コウタの声に反応し、私は迫ってきた魔物の攻撃をかわした。


「ありがとう、コウタ!」


「油断するなよ!」


「分かってるってば!」


 サラも加わり、三人で連携しながら攻撃を仕掛けていく。


 ところが、魔物は突然、私に向かって攻撃を放った。気づいたときには、避けきれない距離まで迫っていた。


「ミライ!」


 次の瞬間、コウタが私の前に飛び出した。


「ぐっ……!」


「コウタ!?」


 コウタは攻撃を受け、地面に膝をついた。


「大丈夫!?」


「これくらい平気だって……!」


 そう言いながらも、コウタは痛みに顔をしかめていた。


「もう! 無理しないでよ!」


「悪い悪い。でも、ミライが怪我するよりいいだろ?」


 コウタは苦笑いを浮かべた。


 その言葉に、胸がどきりとする。


「……もう!」


 顔が熱くなるのを感じながら、私は魔物に向き直った。


「サラ、今のうちに!」


「うん!」


 私たちは力を合わせ、どうにか魔物を倒すことができた。


「やったね!」


「おう! 何とかなったな!」


「でも、コウタは無茶しすぎ!」


 サラが腰に手を当て、コウタを見た。


「仕方ないだろ。ミライが危なかったんだから」


「だからって、自分が怪我していいわけじゃないでしょ!」


「分かったって!」


 二人のやり取りを見ながら、私は小さく笑った。


 コウタが私を守ってくれた。そのことが嬉しくて、少し恥ずかしかった。


     ◆◆◆◆◆


 その夜、私はベッドの上で昼間の出来事を思い返していた。


「……コウタ、格好よかったな」


 誰もいない部屋でつぶやき、すぐに布団を顔まで引き上げる。


「何考えてるんだろ、私……」


 しばらくして、交換日記のことを思い出した。


 今はコウタが持っているはずだった。


 明日、返してもらえるかな。


 三人で過ごした日々を、また書き残していこう。


 そう考えて目を閉じた、そのときだった。


「――っ、あああっ!」


 突然、全身に激痛が走った。


「い、痛い……っ!」


 久しぶりの激痛に、私は床へ崩れ落ちた。身体の奥を引き裂かれるような痛みに耐えきれず、涙がこぼれる。


「なんで……っ、どうして……!」


 どれほどの時間が過ぎたのだろう。


 やがて痛みが治まると、私は床に座り込んだまま、荒い息を繰り返した。


「はぁ……はぁ……」


 震える手で身体を確かめたが、目立った傷はない。


 痛みが消えてから、四か月も経っていたのに。


 胸の奥には、嫌な予感が残っていた。


     ◆◆◆◆◆


 翌朝、私は町へ出かけた。


 いつものように顔なじみの人を見つけ、笑顔で声をかける。


「おはようございます!」


「ああ、おはよう」


 相手は挨拶を返すと、そのまま歩いていった。


 以前にも、こんなことがあった。


 別の人にも声をかけてみたけれど、返ってくるのは短い挨拶ばかりだった。


 まさか……。


 不安を抱えたまま、私はサラとコウタの姿を探した。


「あ、いた!」


 二人は町の通りで話をしていた。


「サラ、コウタ!」


 私が駆け寄ると、二人はいつもどおりに振り返った。


「おう、ミライ!」


「おはよう、ミライ!」


 名前を呼んでくれる二人の姿に、私はほっと息をついた。


 よかった。二人は、まだ私を覚えている。


「そういえば、昨日の討伐、覚えてる?」


 私が尋ねると、コウタは首を傾げた。


「昨日の討伐? ああ、魔物を倒したのは覚えてるけど……」


「キャンプのときのことも、覚えてるよね?」


 サラにも尋ねてみる。


「キャンプ? うん、行ったのは覚えてるよ。でも、細かいことはちょっと……」


 二人は困ったように顔を見合わせた。


 私は笑顔を保とうとした。


「そ、そっか。ちょっと気になっただけだよ!」


 大丈夫。


 二人は、まだ私を忘れていない。


 そう自分に言い聞かせた。


     ◆◆◆◆◆


 その日から、私は交換日記が戻ってくるのを待った。


 日記には、三人で過ごした時間が書かれている。もし二人の記憶が薄れているのなら、日記を読めば思い出してくれるかもしれない。


 そう信じたかった。


 けれど、数日が過ぎても日記は戻ってこなかった。


 コウタに尋ねようかとも思ったが、急かしているように思われるのも嫌だった。


 もう少し待とう。


 きっと、返してくれる。


 そう自分に言い聞かせ、私はいつもどおり二人と過ごした。


 しかし、一週間が過ぎた頃。


「――っ!」


 再び、あの激痛が私を襲った。


「いや……っ、もう嫌……!」


 痛みが引いたあとも、私はしばらく動けなかった。


 そして翌日、三人で魔物の討伐に出かけた。


     ◆◆◆◆◆


「ミライ、そっちを頼む!」


 コウタの声が森に響いた。


「う、うん!」


 私は返事をして魔物に向かった。


 けれど、以前のようには動けなかった。


 コウタが攻撃を仕掛けても、サラが援護しても、二人の動きにうまく合わせられない。いつもなら自然にできていた連携が、少しずつ崩れていく。


「ミライ、そこ危ないよ!」


 サラの声に気づいたときには、魔物がすぐ目の前まで迫っていた。


「きゃっ!」


 私は攻撃を受け、地面に倒れ込んだ。


「ミライ!」


 一瞬、コウタがこちらを振り返った。けれど、すぐに魔物へ向き直る。


 痛む身体を起こし、私は必死に立ち上がった。


 まだ戦える。


 そう思って再び動こうとしたとき、二人の声が聞こえた。


「やっぱり二人でやったほうがうまくいくな」


 コウタの言葉に、胸が締めつけられた。


「しょうがないよ、ミライは最近仲間になったばかりだから」


 サラもそう答えた。


 私は、その場で動けなくなった。


 最近、仲間になったばかり。


 違う。


 私たちは、ずっと三人で一緒に戦ってきた。


 何度も魔物を倒して、一緒に笑って、キャンプにも行った。交換日記だって始めたのに。


 なのに、二人は――。


 私は唇を噛みしめた。


 今すぐにでも、二人に言いたかった。


 私たちは、そんな関係じゃない。


 もっと長い時間を一緒に過ごしてきたんだよ。


 でも、言葉が出てこなかった。


 私が覚えている思い出を、二人は覚えていない。


 その事実が、何よりも苦しかった。


     ◆◆◆◆◆


 その夜、私は一人で泣いていた。


 町の人たちに忘れられ、サラとコウタまで、私との思い出を失い始めている。


 このままでは、いつか二人も私のことを忘れてしまう。


「……嫌だよ」


 涙が頬を伝った。


 忘れられたくない。


 大切な人たちと過ごした時間を、なかったことにされたくない。


 でも、このまま何もしなければ、きっと同じことが繰り返される。


 私は、あの夢を思い出した。


『お前にも呪いをかけた』


 両親を殺した魔物。


 あいつが私に呪いをかけたのだとしたら、この痛みも、人々が私を忘れていくことも、すべてあいつが原因なのかもしれない。


 なら、私がやるべきことは一つだった。


 あの魔物を見つける。


 そして、呪いを終わらせる。


 サラとコウタが私を忘れてしまう前に。


 私は涙を拭い、立ち上がった。


 もう、迷っている時間はない。


     ◆◆◆◆◆


 翌朝。


 私は必要な荷物をまとめた。


 両親の仇である魔物を討伐するために、家を出る。


 あの日から十一年。


 ずっと追い続けてきた相手だ。


 怖くないと言えば、嘘になる。


 それでも、行かなければならない。


 サラとコウタには、私を忘れてほしくなかった。


 三人で笑い合ったことも、一緒に冒険したことも、交わした約束も。


 全部、二人の心に残っていてほしい。


 私は玄関の前で、一度だけ振り返った。


 この家で両親と過ごした日々。


 そして、サラとコウタと過ごしてきた日々。


 どれも、私にとって大切な思い出だった。


「……行ってきます」


 誰もいない家にそう告げて、私は扉を開けた。


 両親の仇を討つために。


 そして、サラとコウタに忘れられないために。

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