最後の希望
キャンプから四か月が過ぎた。
私は十六歳になっていた。
あれから激しい痛みはなく、町の人たちとの関係も少しずつ戻りつつあった。サラとコウタとの関係も変わらず、私たちは三人で冒険者として魔物の討伐をこなしていた。
◆◆◆◆◆
その日、私たちは森で魔物の討伐をしていた。
「ミライ、右から来るぞ!」
コウタの声に反応し、私は迫ってきた魔物の攻撃をかわした。
「ありがとう、コウタ!」
「油断するなよ!」
「分かってるってば!」
サラも加わり、三人で連携しながら攻撃を仕掛けていく。
ところが、魔物は突然、私に向かって攻撃を放った。気づいたときには、避けきれない距離まで迫っていた。
「ミライ!」
次の瞬間、コウタが私の前に飛び出した。
「ぐっ……!」
「コウタ!?」
コウタは攻撃を受け、地面に膝をついた。
「大丈夫!?」
「これくらい平気だって……!」
そう言いながらも、コウタは痛みに顔をしかめていた。
「もう! 無理しないでよ!」
「悪い悪い。でも、ミライが怪我するよりいいだろ?」
コウタは苦笑いを浮かべた。
その言葉に、胸がどきりとする。
「……もう!」
顔が熱くなるのを感じながら、私は魔物に向き直った。
「サラ、今のうちに!」
「うん!」
私たちは力を合わせ、どうにか魔物を倒すことができた。
「やったね!」
「おう! 何とかなったな!」
「でも、コウタは無茶しすぎ!」
サラが腰に手を当て、コウタを見た。
「仕方ないだろ。ミライが危なかったんだから」
「だからって、自分が怪我していいわけじゃないでしょ!」
「分かったって!」
二人のやり取りを見ながら、私は小さく笑った。
コウタが私を守ってくれた。そのことが嬉しくて、少し恥ずかしかった。
◆◆◆◆◆
その夜、私はベッドの上で昼間の出来事を思い返していた。
「……コウタ、格好よかったな」
誰もいない部屋でつぶやき、すぐに布団を顔まで引き上げる。
「何考えてるんだろ、私……」
しばらくして、交換日記のことを思い出した。
今はコウタが持っているはずだった。
明日、返してもらえるかな。
三人で過ごした日々を、また書き残していこう。
そう考えて目を閉じた、そのときだった。
「――っ、あああっ!」
突然、全身に激痛が走った。
「い、痛い……っ!」
久しぶりの激痛に、私は床へ崩れ落ちた。身体の奥を引き裂かれるような痛みに耐えきれず、涙がこぼれる。
「なんで……っ、どうして……!」
どれほどの時間が過ぎたのだろう。
やがて痛みが治まると、私は床に座り込んだまま、荒い息を繰り返した。
「はぁ……はぁ……」
震える手で身体を確かめたが、目立った傷はない。
痛みが消えてから、四か月も経っていたのに。
胸の奥には、嫌な予感が残っていた。
◆◆◆◆◆
翌朝、私は町へ出かけた。
いつものように顔なじみの人を見つけ、笑顔で声をかける。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
相手は挨拶を返すと、そのまま歩いていった。
以前にも、こんなことがあった。
別の人にも声をかけてみたけれど、返ってくるのは短い挨拶ばかりだった。
まさか……。
不安を抱えたまま、私はサラとコウタの姿を探した。
「あ、いた!」
二人は町の通りで話をしていた。
「サラ、コウタ!」
私が駆け寄ると、二人はいつもどおりに振り返った。
「おう、ミライ!」
「おはよう、ミライ!」
名前を呼んでくれる二人の姿に、私はほっと息をついた。
よかった。二人は、まだ私を覚えている。
「そういえば、昨日の討伐、覚えてる?」
私が尋ねると、コウタは首を傾げた。
「昨日の討伐? ああ、魔物を倒したのは覚えてるけど……」
「キャンプのときのことも、覚えてるよね?」
サラにも尋ねてみる。
「キャンプ? うん、行ったのは覚えてるよ。でも、細かいことはちょっと……」
二人は困ったように顔を見合わせた。
私は笑顔を保とうとした。
「そ、そっか。ちょっと気になっただけだよ!」
大丈夫。
二人は、まだ私を忘れていない。
そう自分に言い聞かせた。
◆◆◆◆◆
その日から、私は交換日記が戻ってくるのを待った。
日記には、三人で過ごした時間が書かれている。もし二人の記憶が薄れているのなら、日記を読めば思い出してくれるかもしれない。
そう信じたかった。
けれど、数日が過ぎても日記は戻ってこなかった。
コウタに尋ねようかとも思ったが、急かしているように思われるのも嫌だった。
もう少し待とう。
きっと、返してくれる。
そう自分に言い聞かせ、私はいつもどおり二人と過ごした。
しかし、一週間が過ぎた頃。
「――っ!」
再び、あの激痛が私を襲った。
「いや……っ、もう嫌……!」
痛みが引いたあとも、私はしばらく動けなかった。
そして翌日、三人で魔物の討伐に出かけた。
◆◆◆◆◆
「ミライ、そっちを頼む!」
コウタの声が森に響いた。
「う、うん!」
私は返事をして魔物に向かった。
けれど、以前のようには動けなかった。
コウタが攻撃を仕掛けても、サラが援護しても、二人の動きにうまく合わせられない。いつもなら自然にできていた連携が、少しずつ崩れていく。
「ミライ、そこ危ないよ!」
サラの声に気づいたときには、魔物がすぐ目の前まで迫っていた。
「きゃっ!」
私は攻撃を受け、地面に倒れ込んだ。
「ミライ!」
一瞬、コウタがこちらを振り返った。けれど、すぐに魔物へ向き直る。
痛む身体を起こし、私は必死に立ち上がった。
まだ戦える。
そう思って再び動こうとしたとき、二人の声が聞こえた。
「やっぱり二人でやったほうがうまくいくな」
コウタの言葉に、胸が締めつけられた。
「しょうがないよ、ミライは最近仲間になったばかりだから」
サラもそう答えた。
私は、その場で動けなくなった。
最近、仲間になったばかり。
違う。
私たちは、ずっと三人で一緒に戦ってきた。
何度も魔物を倒して、一緒に笑って、キャンプにも行った。交換日記だって始めたのに。
なのに、二人は――。
私は唇を噛みしめた。
今すぐにでも、二人に言いたかった。
私たちは、そんな関係じゃない。
もっと長い時間を一緒に過ごしてきたんだよ。
でも、言葉が出てこなかった。
私が覚えている思い出を、二人は覚えていない。
その事実が、何よりも苦しかった。
◆◆◆◆◆
その夜、私は一人で泣いていた。
町の人たちに忘れられ、サラとコウタまで、私との思い出を失い始めている。
このままでは、いつか二人も私のことを忘れてしまう。
「……嫌だよ」
涙が頬を伝った。
忘れられたくない。
大切な人たちと過ごした時間を、なかったことにされたくない。
でも、このまま何もしなければ、きっと同じことが繰り返される。
私は、あの夢を思い出した。
『お前にも呪いをかけた』
両親を殺した魔物。
あいつが私に呪いをかけたのだとしたら、この痛みも、人々が私を忘れていくことも、すべてあいつが原因なのかもしれない。
なら、私がやるべきことは一つだった。
あの魔物を見つける。
そして、呪いを終わらせる。
サラとコウタが私を忘れてしまう前に。
私は涙を拭い、立ち上がった。
もう、迷っている時間はない。
◆◆◆◆◆
翌朝。
私は必要な荷物をまとめた。
両親の仇である魔物を討伐するために、家を出る。
あの日から十一年。
ずっと追い続けてきた相手だ。
怖くないと言えば、嘘になる。
それでも、行かなければならない。
サラとコウタには、私を忘れてほしくなかった。
三人で笑い合ったことも、一緒に冒険したことも、交わした約束も。
全部、二人の心に残っていてほしい。
私は玄関の前で、一度だけ振り返った。
この家で両親と過ごした日々。
そして、サラとコウタと過ごしてきた日々。
どれも、私にとって大切な思い出だった。
「……行ってきます」
誰もいない家にそう告げて、私は扉を開けた。
両親の仇を討つために。
そして、サラとコウタに忘れられないために。




