忘れられないために
私は十六歳になった。
今日、両親の仇である魔物を討伐するため、家を出る。
両親を失った私を支えてくれたのは、親友のサラと、初恋の相手であるコウタだった。今では三人で冒険者として活動し、いつか一緒に両親の仇を討とうと約束している。
けれど、私が魔物を追う理由は、それだけじゃない。
サラとコウタには、私を忘れてほしくなかった。
三人で笑い合ったことも、一緒に冒険したことも、交わした約束も。全部、二人の心に残っていてほしい。
もし、二人まで私を忘れてしまったら。
あのときと同じように、大切な人たちを失ってしまう。
そんなのは嫌だ。
だから、私はあの魔物を倒す。
◆◆◆◆◆
五歳の頃、私の世界は幸せで満ちていた。
「ミライ、こっちにおいで!」
お母さんが両手を広げ、私はその胸に飛び込んだ。
「お母さん大好き!」
「おやおや、お父さんは嫌いなのかな?」
「そんなことないよ! お父さんも大好き!」
お父さんは嬉しそうに笑い、私の頭を撫でてくれた。
一緒にご飯を食べ、おしゃべりをして、眠る前には二人におやすみを言う。そんな毎日が、ずっと続くと信じていた。
ある日、お父さんとお母さんが私の髪を見て尋ねた。
「ミライ、その髪飾り、どうしたの?」
「誰にもらったの?」
私は髪飾りにそっと触れた。
「えーっと、誰だったかな」
考えても、すぐには思い出せなかった。
けれど、なぜか大切なもののような気がした。
そんなある日、当たり前の日常が突然失われた。
目の前で、お父さんとお母さんが魔物に殺されたのだ。
何が起きたのか、幼い私には理解できなかった。
何度呼んでも、二人は返事をしてくれない。
いつもみたいに笑ってほしい。頭を撫でてほしい。
けれど、二人は何も答えてくれなかった。
魔物が私に目を向けた。
「見つけた」
その言葉の意味も分からないまま、私は意識を失った。
◆◆◆◆◆
それから十年。
十五歳になった私は、朝から台所でクッキーを焼いていた。今日はサラとコウタが遊びに来る日だ。
「コウタ、おいしいって言ってくれるかな……」
そうつぶやいたとき、玄関から聞き慣れた声がした。
「遊びにきたぞ、ミライ!」
「いつもありがとね、ミライ!」
「いらっしゃい! 二人とも、待ってたよ!」
三人でクッキーを食べることになった。
「これ、ミライが作ったのか?」
「う、うん。……どうかな?」
コウタはひと口食べると、笑顔で頷いた。
「うまいぞ、これ!」
「本当? よかった!」
「ミライ、この前から張りきってたもんね」
サラが笑う。
「ちょ、ちょっと、サラ!」
「えー? 何も言ってないよ?」
サラは楽しそうに笑い、コウタは不思議そうに首を傾げた。
そのとき、コウタが私の髪に目を向けた。
「そういえば、ミライっていつもその髪飾りしてるよな」
「うん。何か大事な物な気がして」
私は髪飾りに触れた。誰からもらったのかは、今でも思い出せない。
「フーン、今度俺も髪飾りプレゼントしてやるよ」
「本当?」
「ああ。楽しみにしてろよ」
「う、うん!」
思いがけない言葉に、胸が弾んだ。
夕方になると、二人は帰っていった。
「……楽しかったな」
静かになった家で、私はつぶやいた。
そのとき。
「――っ!?」
突然、全身に激痛が走った。
「い、痛い……っ!」
あまりの痛みに、その場に崩れ落ちた。
「やだ……っ、誰か……!」
助けを呼ぼうにも、声がうまく出ない。身体の奥を引き裂かれるような痛みに、涙が滲んだ。
やがて激痛が引くと、私は床に座り込んだまま荒い息を繰り返した。身体には目立った傷もない。
原因の分からない激痛は、その後も週に一度ほど起こるようになった。
そして、一か月が過ぎた頃。
「おはようございます!」
町で顔なじみのおばさんに声をかけた。
「あら、おはよう」
「今日はお買い物ですか?」
「ええ。夕飯の材料を買いにね」
「そうなんですね。私も――」
そこまで話したところで、おばさんは私に背を向けて歩き始めた。
いつもなら、ここからしばらくおしゃべりをするのに。
……忙しかったのかな。
けれど、それきりではなかった。
別の日も、その次の日も、以前は気軽に話しかけてくれた人たちが、挨拶だけで通り過ぎていく。
私、何かしちゃったのかな……。
いくら考えても、思い当たることはなかった。
◆◆◆◆◆
週に一度の頻度で激痛に襲われて、半年が過ぎた。
「こんにちは!」
以前から知っている人に声をかけた。
「ああ、こんにちは」
「今日はいい天気ですね」
「そうだねえ」
会話はそれきりだった。
「あの、私のこと、覚えてますか?」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
「え?」
「あ……いえ、何でもないです」
私は笑ってごまかし、その場を離れた。
聞くのが怖かった。もし、覚えていないと言われたら。
◆◆◆◆◆
激痛が始まってから、八か月が過ぎた。
「――っ、あああっ!」
再び全身を激痛が襲った。
「い、痛い……っ!」
私は膝をつき、床に手をついた。何度経験しても、慣れることはなかった。
やがて痛みが引くと、私はその場に座り込んだ。
◆◆◆◆◆
翌日、町へ出かけると、サラとコウタが町の人と話していた。
「サラさん、こんにちは!」
「こんにちは!」
「コウタ君も一緒なのかい?」
「ああ。今日は三人で出かけるんだ」
私は二人のもとへ駆け寄ろうとした。けれど、町の人は私に目を向けることなく、二人との会話を続けていた。
まるで、私がそこにいないかのように。
やがて、サラが私に気づいた。
「あっ、ミライ!」
「お待たせ!」
私が二人のもとへ向かうと、町の人が不思議そうに首を傾げた。
「おや、その子はお友達かい?」
……え?
「うん! 私の親友だよ!」
サラが迷わず答える。
「俺たち、いつも三人で行動してるんだ」
コウタもそう続けた。
「ああ、そうなのかい」
町の人は頷いたが、私を知っている様子はなかった。
サラとコウタのことは覚えているのに、私のことだけ覚えていない。
「ミライ、どうしたの?」
サラが心配そうに顔を覗き込んだ。
「ううん、何でもないよ」
私は首を横に振った。
このままだと、いつか二人まで私を忘れてしまうんじゃないか。
そんなのは嫌だ。
「ねえ、二人とも。おそろいのブレスレット、買わない?」
「ブレスレット?」
「うん。三人でおそろいのものを持っていたら、いつでも一緒にいるって感じがするでしょ?」
「いいね、それ!」
サラが嬉しそうに頷いた。
「三人でおそろいか。悪くないな!」
コウタも笑った。
「それと、もう一つお願いがあるんだけど……三人で交換日記を始めない?」
「交換日記?」
「うん。今日あったこととか、楽しかったこととか、何でもいいから書くの。そうすれば、三人の思い出を残せるでしょ?」
「私は賛成!」
「俺もいいぞ。面白そうだしな!」
「ありがとう、二人とも!」
忘れたくない。忘れられたくない。
私たちが一緒に過ごした時間を、なくしたくなかった。
「これからも、ずっと三人でいようね」
「当たり前だろ!」
「そうだよ。私たちは親友なんだから!」
サラが私の手を握ってくれた。
「……うん!」
私は笑顔で頷いた。
◆◆◆◆◆
その夜、ベッドに横になった私は、今日の出来事を思い返していた。
町の人たちは、サラとコウタを覚えていた。けれど、私のことは覚えていなかった。
そして、私が激痛に襲われるようになったのも、町の人たちの態度が変わり始めたのも、同じ頃だった。
「……もしかして」
偶然にしては、重なりすぎている。
けれど、答えは見つからなかった。
やがて眠りに落ちた私は、夢を見た。
目の前にいるのは、両親を殺した魔物。
魔物は私を見つめて言った。
『お前にも呪いをかけた』
「――っ!」
私は飛び起きた。
あの魔物は、確かにそう言っていた。
「……この痛みも、みんなが私を忘れていくことも……」
魔物の呪いだったとしたら?
私は、あいつを見つけなければならない。
両親の仇を討つために。
そして、これ以上、大切な人を失わないために。
◆◆◆◆◆
翌日、三人で集まった時に、交換日記をサラに渡した。
「サラ、これ」
「ん? 何これ?」
「交換日記。今日から始めようって言ったでしょ?」
「あっ、そうだったね!」
サラは嬉しそうに日記帳を受け取った。
「ありがとう、ミライ! 沢山書くね!」
「うん。私も、いっぱい書くから!」
「俺に回ってきたら何書こうかな」
三人で過ごした時間を、少しずつ書き残していこう。
日記に残した言葉や思い出が、私たちをつないでくれるかもしれない。
◆◆◆◆◆
翌週、私たちはキャンプに出かけた。
森の開けた場所に荷物を下ろし、三人で準備を始めた。
「ミライ、何作るんだ?」
「ふふっ、カレーだよ!」
「おっ、いいな! 俺、カレー好きなんだよ!」
私はサラに手伝ってもらいながら、野菜を切って具材を炒めた。カレーの匂いが漂い始めると、コウタが鍋を覗き込む。
「まだかな?」
「コウタ、さっきから何度も覗いてるよ」
「だって、いい匂いがするんだから仕方ないだろ!」
「もう少しだから、あっちで待ってて!」
「はーい……」
しぶしぶ離れていくコウタを見て、私とサラは笑った。
カレーが完成すると、私たちはそれぞれ皿に盛りつけた。
「待ってました!」
コウタはひと口食べると、少し顔をしかめた。
「……ん? ちょっと辛いな」
「えっ、そう?」
「コウタはお子ちゃまなんだから!」
「なっ、誰がお子ちゃまだよ!」
「ふふっ、二人とも。せっかくのカレーが冷めちゃうよ」
サラに言われ、私たちは顔を見合わせた。
「……まあ、うまいけどさ」
コウタは照れくさそうに、もうひと口食べた。
「でしょ? 私が作ったんだから!」
「自分で言うなよ!」
サラも笑いながらカレーを口に運んだ。
「うん、おいしいよ、ミライ!」
「本当? よかった!」
食事をしながら、私たちは冒険の思い出や、次に行ってみたい場所について話した。コウタが大げさに話を盛るたび、サラが突っ込み、私は笑った。
「本当だって!」
「はいはい、そういうことにしておくね」
「ミライまで!」
また三人で笑った。
食べ終わったあとも、私たちは焚き火を囲んで話を続けた。
「また三人でキャンプに来たいね」
私が言うと、サラとコウタが頷いてくれた。




