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救いのない世界で、私は笑い続けた  作者: ネコ雲


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1/3

忘れられないために


 私は十六歳になった。


 今日、両親の仇である魔物を討伐するため、家を出る。


 両親を失った私を支えてくれたのは、親友のサラと、初恋の相手であるコウタだった。今では三人で冒険者として活動し、いつか一緒に両親の仇を討とうと約束している。


 けれど、私が魔物を追う理由は、それだけじゃない。


 サラとコウタには、私を忘れてほしくなかった。


 三人で笑い合ったことも、一緒に冒険したことも、交わした約束も。全部、二人の心に残っていてほしい。


 もし、二人まで私を忘れてしまったら。


 あのときと同じように、大切な人たちを失ってしまう。


 そんなのは嫌だ。


 だから、私はあの魔物を倒す。


     ◆◆◆◆◆


 五歳の頃、私の世界は幸せで満ちていた。


「ミライ、こっちにおいで!」


 お母さんが両手を広げ、私はその胸に飛び込んだ。


「お母さん大好き!」


「おやおや、お父さんは嫌いなのかな?」


「そんなことないよ! お父さんも大好き!」


 お父さんは嬉しそうに笑い、私の頭を撫でてくれた。


 一緒にご飯を食べ、おしゃべりをして、眠る前には二人におやすみを言う。そんな毎日が、ずっと続くと信じていた。


 ある日、お父さんとお母さんが私の髪を見て尋ねた。


「ミライ、その髪飾り、どうしたの?」


「誰にもらったの?」


 私は髪飾りにそっと触れた。


「えーっと、誰だったかな」


 考えても、すぐには思い出せなかった。


 けれど、なぜか大切なもののような気がした。


 そんなある日、当たり前の日常が突然失われた。


 目の前で、お父さんとお母さんが魔物に殺されたのだ。


 何が起きたのか、幼い私には理解できなかった。


 何度呼んでも、二人は返事をしてくれない。


 いつもみたいに笑ってほしい。頭を撫でてほしい。


 けれど、二人は何も答えてくれなかった。


 魔物が私に目を向けた。


「見つけた」


 その言葉の意味も分からないまま、私は意識を失った。


     ◆◆◆◆◆


 それから十年。


 十五歳になった私は、朝から台所でクッキーを焼いていた。今日はサラとコウタが遊びに来る日だ。


「コウタ、おいしいって言ってくれるかな……」


 そうつぶやいたとき、玄関から聞き慣れた声がした。


「遊びにきたぞ、ミライ!」


「いつもありがとね、ミライ!」


「いらっしゃい! 二人とも、待ってたよ!」


 三人でクッキーを食べることになった。


「これ、ミライが作ったのか?」


「う、うん。……どうかな?」


 コウタはひと口食べると、笑顔で頷いた。


「うまいぞ、これ!」


「本当? よかった!」


「ミライ、この前から張りきってたもんね」


 サラが笑う。


「ちょ、ちょっと、サラ!」


「えー? 何も言ってないよ?」


 サラは楽しそうに笑い、コウタは不思議そうに首を傾げた。


 そのとき、コウタが私の髪に目を向けた。


「そういえば、ミライっていつもその髪飾りしてるよな」


「うん。何か大事な物な気がして」


 私は髪飾りに触れた。誰からもらったのかは、今でも思い出せない。


「フーン、今度俺も髪飾りプレゼントしてやるよ」


「本当?」


「ああ。楽しみにしてろよ」


「う、うん!」


 思いがけない言葉に、胸が弾んだ。


 夕方になると、二人は帰っていった。


「……楽しかったな」


 静かになった家で、私はつぶやいた。


 そのとき。


「――っ!?」


 突然、全身に激痛が走った。


「い、痛い……っ!」


 あまりの痛みに、その場に崩れ落ちた。


「やだ……っ、誰か……!」


 助けを呼ぼうにも、声がうまく出ない。身体の奥を引き裂かれるような痛みに、涙が滲んだ。


 やがて激痛が引くと、私は床に座り込んだまま荒い息を繰り返した。身体には目立った傷もない。


 原因の分からない激痛は、その後も週に一度ほど起こるようになった。


 そして、一か月が過ぎた頃。


「おはようございます!」


 町で顔なじみのおばさんに声をかけた。


「あら、おはよう」


「今日はお買い物ですか?」


「ええ。夕飯の材料を買いにね」


「そうなんですね。私も――」


 そこまで話したところで、おばさんは私に背を向けて歩き始めた。


 いつもなら、ここからしばらくおしゃべりをするのに。


 ……忙しかったのかな。


 けれど、それきりではなかった。


 別の日も、その次の日も、以前は気軽に話しかけてくれた人たちが、挨拶だけで通り過ぎていく。


 私、何かしちゃったのかな……。


 いくら考えても、思い当たることはなかった。


     ◆◆◆◆◆


 週に一度の頻度で激痛に襲われて、半年が過ぎた。


「こんにちは!」


 以前から知っている人に声をかけた。


「ああ、こんにちは」


「今日はいい天気ですね」


「そうだねえ」


 会話はそれきりだった。


「あの、私のこと、覚えてますか?」


 気づけば、そんな言葉が口から出ていた。


「え?」


「あ……いえ、何でもないです」


 私は笑ってごまかし、その場を離れた。


 聞くのが怖かった。もし、覚えていないと言われたら。


     ◆◆◆◆◆


 激痛が始まってから、八か月が過ぎた。


「――っ、あああっ!」


 再び全身を激痛が襲った。


「い、痛い……っ!」


 私は膝をつき、床に手をついた。何度経験しても、慣れることはなかった。


 やがて痛みが引くと、私はその場に座り込んだ。


     ◆◆◆◆◆


 翌日、町へ出かけると、サラとコウタが町の人と話していた。


「サラさん、こんにちは!」


「こんにちは!」


「コウタ君も一緒なのかい?」


「ああ。今日は三人で出かけるんだ」


 私は二人のもとへ駆け寄ろうとした。けれど、町の人は私に目を向けることなく、二人との会話を続けていた。


 まるで、私がそこにいないかのように。


 やがて、サラが私に気づいた。


「あっ、ミライ!」


「お待たせ!」


 私が二人のもとへ向かうと、町の人が不思議そうに首を傾げた。


「おや、その子はお友達かい?」


 ……え?


「うん! 私の親友だよ!」


 サラが迷わず答える。


「俺たち、いつも三人で行動してるんだ」


 コウタもそう続けた。


「ああ、そうなのかい」


 町の人は頷いたが、私を知っている様子はなかった。


 サラとコウタのことは覚えているのに、私のことだけ覚えていない。


「ミライ、どうしたの?」


 サラが心配そうに顔を覗き込んだ。


「ううん、何でもないよ」


 私は首を横に振った。


 このままだと、いつか二人まで私を忘れてしまうんじゃないか。


 そんなのは嫌だ。


「ねえ、二人とも。おそろいのブレスレット、買わない?」


「ブレスレット?」


「うん。三人でおそろいのものを持っていたら、いつでも一緒にいるって感じがするでしょ?」


「いいね、それ!」


 サラが嬉しそうに頷いた。


「三人でおそろいか。悪くないな!」


 コウタも笑った。


「それと、もう一つお願いがあるんだけど……三人で交換日記を始めない?」


「交換日記?」


「うん。今日あったこととか、楽しかったこととか、何でもいいから書くの。そうすれば、三人の思い出を残せるでしょ?」


「私は賛成!」


「俺もいいぞ。面白そうだしな!」


「ありがとう、二人とも!」


 忘れたくない。忘れられたくない。


 私たちが一緒に過ごした時間を、なくしたくなかった。


「これからも、ずっと三人でいようね」


「当たり前だろ!」


「そうだよ。私たちは親友なんだから!」


 サラが私の手を握ってくれた。


「……うん!」


 私は笑顔で頷いた。


     ◆◆◆◆◆


 その夜、ベッドに横になった私は、今日の出来事を思い返していた。


 町の人たちは、サラとコウタを覚えていた。けれど、私のことは覚えていなかった。


 そして、私が激痛に襲われるようになったのも、町の人たちの態度が変わり始めたのも、同じ頃だった。


「……もしかして」


 偶然にしては、重なりすぎている。


 けれど、答えは見つからなかった。


 やがて眠りに落ちた私は、夢を見た。


 目の前にいるのは、両親を殺した魔物。


 魔物は私を見つめて言った。


『お前にも呪いをかけた』


「――っ!」


 私は飛び起きた。


 あの魔物は、確かにそう言っていた。


「……この痛みも、みんなが私を忘れていくことも……」


 魔物の呪いだったとしたら?


 私は、あいつを見つけなければならない。


 両親の仇を討つために。


 そして、これ以上、大切な人を失わないために。


     ◆◆◆◆◆


 翌日、三人で集まった時に、交換日記をサラに渡した。


「サラ、これ」


「ん? 何これ?」


「交換日記。今日から始めようって言ったでしょ?」


「あっ、そうだったね!」


 サラは嬉しそうに日記帳を受け取った。


「ありがとう、ミライ! 沢山書くね!」


「うん。私も、いっぱい書くから!」


「俺に回ってきたら何書こうかな」


 三人で過ごした時間を、少しずつ書き残していこう。


 日記に残した言葉や思い出が、私たちをつないでくれるかもしれない。


     ◆◆◆◆◆


 翌週、私たちはキャンプに出かけた。


 森の開けた場所に荷物を下ろし、三人で準備を始めた。


「ミライ、何作るんだ?」


「ふふっ、カレーだよ!」


「おっ、いいな! 俺、カレー好きなんだよ!」


 私はサラに手伝ってもらいながら、野菜を切って具材を炒めた。カレーの匂いが漂い始めると、コウタが鍋を覗き込む。


「まだかな?」


「コウタ、さっきから何度も覗いてるよ」


「だって、いい匂いがするんだから仕方ないだろ!」


「もう少しだから、あっちで待ってて!」


「はーい……」


 しぶしぶ離れていくコウタを見て、私とサラは笑った。


 カレーが完成すると、私たちはそれぞれ皿に盛りつけた。


「待ってました!」


 コウタはひと口食べると、少し顔をしかめた。


「……ん? ちょっと辛いな」


「えっ、そう?」


「コウタはお子ちゃまなんだから!」


「なっ、誰がお子ちゃまだよ!」


「ふふっ、二人とも。せっかくのカレーが冷めちゃうよ」


 サラに言われ、私たちは顔を見合わせた。


「……まあ、うまいけどさ」


 コウタは照れくさそうに、もうひと口食べた。


「でしょ? 私が作ったんだから!」


「自分で言うなよ!」


 サラも笑いながらカレーを口に運んだ。


「うん、おいしいよ、ミライ!」


「本当? よかった!」


 食事をしながら、私たちは冒険の思い出や、次に行ってみたい場所について話した。コウタが大げさに話を盛るたび、サラが突っ込み、私は笑った。


「本当だって!」


「はいはい、そういうことにしておくね」


「ミライまで!」


 また三人で笑った。


 食べ終わったあとも、私たちは焚き火を囲んで話を続けた。


「また三人でキャンプに来たいね」


 私が言うと、サラとコウタが頷いてくれた。

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