救いのない世界で、私は笑い続けた
私は森の奥へと進んでいた。
両親を殺した魔物を見つけ出し、今度こそ決着をつける。そのために、私は町を出た。
サラとコウタが私を忘れてしまう前に、呪いを解かなければならない。二人との思い出を、これ以上失いたくなかった。
「ミライ!」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り返ると、サラとコウタがこちらへ走ってくる。
「どうして二人が……?」
「どうしてって、決まってるだろ。お前の両親の仇を討つためだよ」
コウタはそう言って、私の頭に手を置いた。
「私たち、ずっと一緒に戦ってきたじゃない。ミライだけに行かせられないよ」
サラも笑顔で頷いた。
二人は、まだ私を覚えている。
一緒に過ごしてきた時間も、交わした約束も、ちゃんと残っている。
「……ありがとう」
「何だよ、急に」
「ううん。何でもない」
私は二人に笑い返した。
まだ大丈夫。二人が覚えていてくれるなら、私は戦える。
やがて、私たちは森の奥で魔物を見つけた。
その姿を見た瞬間、五歳のあの日が脳裏によみがえる。
血に染まった両親。倒れた二人の前に立つ魔物。そして、私に向けられた言葉。
――見つけた。
「お前が……私の両親を殺したんだ!」
私は魔物を睨みつけた。
もう逃げない。今度こそ、こいつを倒す。
「行くよ、二人とも!」
私たちは一斉に魔物へと駆け出した。
サラとコウタが攻撃を仕掛け、私もその隙を突いて攻める。三人で力を合わせて立ち向かったが、魔物は強かった。
攻撃を受けるたびに傷が増え、息も荒くなっていく。それでも、私たちは必死に食らいついた。
サラが攻撃を避け、コウタが反撃する。私も二人に続いて魔物へと向かった。
傷つきながらも戦い続ける二人を見て、私は拳を握りしめた。
「まだ戦える……!」
震える足に力を込め、二人を見つめる。
「三人なら、きっと勝てる!」
二人と一緒なら大丈夫。今までも、三人で乗り越えてきたのだから。
私は再び魔物へと向き直った。
――その瞬間、頭に激痛が走った。
「うっ……ああああっ!」
頭を押さえ、その場に膝をつく。
視界が歪み、身体に力が入らない。
何度も味わった、あの痛み。
でも、今は駄目だ。ここで倒れるわけにはいかない。
二人と一緒に、魔物を倒さなければ。
「サラ……コウタ……」
二人の名前を呼んだところで、私の意識は途切れた。
目を覚ますと、周囲は静まり返っていた。
身体を起こし、辺りを見回す。
「……サラ? コウタ?」
二人の姿がない。
さっきまで、確かに一緒に戦っていたはずなのに。
「二人は……どこに行ったの?」
問いかけると、目の前の魔物が愉快そうに笑った。
「記憶をなくしてやったら、逃げ帰ったぞ」
「……え?」
すぐには、言葉の意味を理解できなかった。
記憶をなくした?
サラも、コウタも?
「そんな……」
私は周囲を見回した。どこにも二人はいない。
足元には、三人でおそろいにしたブレスレットが落ちていた。
手を伸ばし、拾い上げる。
楽しかったキャンプ。交わした約束。一緒に笑い合った時間。
私にとっては、どれも大切な思い出だった。
なのに、二人はもう覚えていない。
「イヤ、イヤイヤ……二人に忘れられるなんて……!」
ブレスレットを握りしめ、私は泣き崩れた。
「人間の記憶を操るなんて簡単なことだ」
魔物の声が頭上から降ってくる。
全ては、魔物に弄ばれていたの……。
両親を殺したこいつを倒せば、すべてが終わると思っていた。呪いも解けて、サラとコウタも元に戻る。そう信じていたのに。
「もう、何もかも終わりだ……」
力が抜け、その場に崩れ落ちる。
魔物は私を見下ろし、告げた。
「お前と俺は、呪いで繋がっている。俺を殺したら、お前も死ぬ」
「……え?」
言葉の意味が理解できず、私は顔を上げた。
呪いで、繋がっている?
だから、私はこいつの居場所を突き止められたのだろうか。
両親の仇を討つことさえ、許されない。
こいつを倒せば、私も死ぬ。けれど、倒さなければ、サラとコウタが私を思い出すことはないのかもしれない。
どちらを選んでも、救いはなかった。
魔物は背を向け、去っていこうとする。
「待って……!」
私は声を振り絞って呼び止めた。
「あなたが思い出したら救われる」
そう言い残し、魔物は森の奥へと消えていった。
思い出す?
いったい、何を?
どうすれば、私たちは救われるの?
答えはどこにもなかった。
それから、私は何日森を彷徨っただろう。
生きる気力を失い、ぼろぼろになった私は、ようやく町へ帰り着いた。
町には、いつもと変わらない景色が広がっていた。
人々が行き交い、誰かの笑い声が聞こえる。
その中に、サラとコウタの姿があった。
二人は手を繋いで歩いていた。
私は思わず足を止めた。
もしかしたら、二人は私を思い出してくれるかもしれない。
そんな期待が、ほんの少しだけ胸をよぎった。
けれど、二人は私を見ると、不審そうに顔を見合わせた。
「近寄らない方がいいよ。何かヤバそうだよ」
「そうだな。行こうか、サラ」
二人は私の知らない人を見るような目を向け、そのまま手を繋いで去っていった。
私は、その場に立ち尽くした。
もう、私を覚えている人はいない。
両親もいない。サラも、コウタもいない。
帰ってきたはずなのに、私の居場所はどこにもなかった。
「あっははは……」
涙が頬を伝う。
それでも、私は笑った。
救いのない世界で、私は笑い続けた。




