第八話 俺の最年少記録を塗り替える奴が現れるとは
「ん~、ちょっとはお肉がついただろうか?」
オルノは、お風呂に入る前に鏡の前で自分のお腹を触ってみた。
王太子の投石事件から一年。
十一歳になった彼は、例え突き飛ばされても動じない男となるべく食べる量を増やしたが、相変わらずガリガリだった。
フスティーシアとの婚約も王家の横やりが入る前に無事に終え、今は毎週末二人でお茶会や剣の鍛錬をしている。
その時には、彼女が料理長と一緒に作ってくれたと言うケーキを沢山食べていた。
「私は飾りつけを手伝っただけよ。でも、一応、私も手を貸したのよ」
そう言いながらも、彼女の手は、あちこち怪我をしている。
飾り用のイチゴを切ろうとして指を切ったり、冷え切っていない飴細工を触って火傷をしたりしたようだ。
オルノは、そんな風に一生懸命作ってくれたものを無下にする男ではない。
甘い物ばかりはダメだとは分かっているが、持ってきてくれたものは、全て食べきっていた。
その大量のケーキを食べているのに、全然太らない自分が逆に心配になる。
「僕は、どうして太らないのだろう?」
湯船につかりながら一生懸命考えてみたが、結論は出なかった。
「仕方ない。せめて、魔力操作だけでも上手く出来るようにならないと」
誰にも見られないお風呂の中で、オルノは毎日訓練を続けていた。
今、彼は、放って置いたらあふれ出してしまいそうな魔力を小さく固めて体の中にしまい込んでいる。
そうしないと、突然増えた魔力量の説明が出来ないからだ。
何故そんな芸当が出来るのかというと、彼が教師を上回る膨大な知識を持っているからだ。
一度読んだ本の内容は忘れない上に、考察を繰り返し独自の理論まで作り上げている。
魔力の圧縮、格納、それを出来る場所。
彼は、今まで自分が組み立ててきた理論を、心行くまで実証している所だ。
まずは、桶に入れた水を手を使わずに動かす。
さざ波のような揺らぎから、高波のような激しさまで。
お風呂から聞こえるザパンザパンという水音は、子供らしい水遊びをしているものだと思われており、メイド達からは、
「最近しっかりしてきたオルノ様も、まだまだ子供なのね」
と、笑われている。
ただ、こんな風に一年も魔力操作を続けていると、物足りなさも感じてくる。
――もっと、大きな物も動かしてみたいな……。
そんな気持ちを抱き始めたオルノの元に、一通の封書が届いた。
それは、十二歳から通う予定のエクスエラ学園が催す一日体験への招待状。
貴族の子供達は、多かれ少なかれ家庭教師を招いて幼い頃から勉強をしている。
そんな彼らが学園に通う目的は、更なる高度な知識を得ることと、大人になってからの人脈を作る為だ。
特に平民の生徒に取れば、ここで一人でも貴族と繋がりが持てれば、人生勝ち組になれるチャンスでもある。
――あんまり、いい思い出ないんだけどな。
入学試験でトップ成績を収めたにもかかわらず、魔力検査で最下位だった為オルノはフスティーシアのいる最上級クラスには入れなかった。
ただ、今回は、自分でも分かる程膨大な魔力を持っている。
その操作も完璧になったことから、あと一年かけて徐々に実力を見せようとは思っていた。
――フスティーシアも行くんだから、見学の時は、一緒に行ってちゃんとエスコートするぞ。
そんな風に思っていたことを、当日オルノは懐かしく思う事になる。
▽
「困った……」
フスティーシアは、女子。
オルノは、男子。
故に施設案内の時に二組に分けられた。
更衣室等、それぞれの性別に合わせて分けられているからだ。
フスティーシアが手を振り去っていったことで、オルノは、絶賛ボッチ中だった。
王太子の投げた石で頭を怪我した公爵子息が、数日眠り続けたのは有名な話だ。
そのせいで、王太子が一か月謹慎させられたことも皆知っている。
王家からあまり良い印象を持たれていない気弱な少年とつるめば、自分まで目を付けられると思っているのか誰も声を掛けてくれない。
そして、キョロキョロ周りを見ている間に、置いて行かれてしまったのだ。
時間が巻き戻る前に通っていた学園だけに、他人がどう思おうが、これは断じて迷子になったわけではない。
そう自分に言い聞かせ、オルノは、職員室の方へ歩いて行こうとした。
――ん?あれはなんだ?
オルノには、校舎裏の大木が歪んで見えた。
そして、そこからは、今まで感じた事のない異質な魔力が流れ出ている。
知識欲が尋常ではない彼は、深く興味をそそられた。
近寄っていき、大木の幹を触る。
するとスポンジのような感触で、押すと押し返してくる弾力があった。
そこで、オルノは、ほんの少し魔力を流してみた。
すると、それは硬度を増した。
――もしかして、これって扉?
硬くなるほどに、大木の一部が長方形の板のように形が変わっていく。
面白くてドンドン魔力を流し込むと、それは立派な彫刻が施されたドアへと変わった。
ドアノブは、人の手の形をしている。
握手をしてみると、カチリと鍵が開き自然と扉が開いていく。
「あわわわわ」
ドアノブに引っ張られるように室内へ入ってしまったオルノは、本や実験道具が所狭しと置かれた部屋に驚いた。
そして、そこには、水槽に餌をやる青年が立っていた。
ゆっくりと振り返った彼が言う。
「これは驚いた。この部屋に入室を許された俺の最年少記録を塗り替える奴が現れるとは」
オルノには、見覚えがあった。
学園創立以来の天才と呼ばれた少年、ホビアル・チューロ侯爵令息だった。




