第七話 やっぱりフスティーシアの笑顔は、とっても素敵だ
突然降って湧いた婚約話に、オルノも、フスティーシアも、困惑していた。
モジモジと下を向いて黙ってしまった二人に、フスティーシアの母リトゥアルが尋ねる。
「それじゃ、嫌なのかしら?」
そう聞かれると、二人揃って首を横に振った。
オルノに至っては、首がもげるのではないかと思われるほどの激しい横振りで、周りも人は彼の必死さに微笑みを深くした。
「じゃぁ、いいのね?」
そう念押しされると、オルノはフスティーシアを、フスティーシアはオルノを見て、見つめ合ったまま頷いた。
互いの瞳に映る自分は、とても幸せそうだなと思ったほどだった。
「そう。良かったわ。それなら、善は急げね」
張り切るりリトゥアルとは裏腹に、オルノの母アパシーブレの方が消極的だ。
正直、見目の良さと家柄、そして学園での成績も良いと言われるフスティーシアなら、引く手あまただろう。
兄がいることで跡継ぎ問題もなく、家族全員仲がいい。
それに引き換え、オルトは体も細く背だけがヒョロ高い少年で、頭はいいが運動は苦手。
その上魔力量が少ないとなれば超不良物件と言って良い。
自分の息子ながら、フスティーシアと釣り合うとは思えない。
「本当にいいのかしら?フスティーシアなら、もっといいお相手が……」
そういうアパシーブレの言葉に被せるように、
「そんな男性は、居ません」
とフスティーシアが言い切った。
「オルノほど努力家で、オルノほど勇気のある人は居ません。彼となら、どんな苦境も笑って乗り越えられると思うんです」
まさか、そこまで息子が好かれているとは思っていなかったアパシーブレがオルノを見ると、本人は顔を真っ赤にして今にも倒れそうになっている。
「そこまでフスティーシアが言ってくれるなら、我が家に否やはないわ。ねぇ、オルノ」
アパシーブレに問われて、オルノは必死に何度も頷いた。
もう、言葉など口から出す余裕はない。
全身で肯定を示し、絶対にこの婚約をものにしようとする気迫が見える。
その横で、頭の傷を気にするフスティーシアが、
「分かったから、分かったから大人しくして」
と諭しているのが面白い。
年上女房の風格すら漂わせるフスティーシアが、オロオロとオルノの後頭部を気にしているのだ。
「ふふふふ、まさかオルノが、こんなにハッキリ自分の意思が言えるだなんて」
息子の変貌ぶりにフスティーシアは、嬉しくなった。
強くなりたいと言い出した時、オルノは背筋を丸めていなかった。
卑屈さは影をひそめ、全身から覇気のようなものが放たれていたのだ。
――もう、私の息子は、大丈夫ね。
魔力量が少なかろうが、運動音痴だろうが、この気迫があれば苦境を全て跳ね返すことが出来るだろう。
「じゃあ、私達は、今後の話をしなければならないから、二人はお庭でお茶でも飲んでいてね」
既に、四阿にはお菓子が沢山用意されている。
ただ、今まで幼馴染だった二人が、婚約者となったことで、ほんのちょっぴり気恥ずかしさが生まれた。
「で、では、フスティーシア。お手をどうぞ」
ぎこちない態度で、オルノは自分の左手をフスティーシアに差し出した。
曲がりなりにもエスコートしようとしたのだ。
「あ、ありがとう」
驚きながらも嬉しそうに微笑んだフスティーシアは、右手を彼の手の上にそっと置いた。
「あらあら」
「まぁまぁ」
二人の母の変な合の手を無視し、オルノは真っすぐ四阿に向かって歩き出す。
歩幅は、ちゃんとフスティーシアに合わせて。
ドレスを着た令嬢と、ズボンを履いた令息ではスピードが違う。
そこをちゃんと理解した上で行動できるオルノの評価は、母親達の中でも爆上がりだ。
去っていく二人の背中を見ながら、
「アパシーブレ、貴方の息子は、本物の紳士だわ」
「ありがとうリトゥアル。貴女の娘さんは、完璧な令嬢だわ」
と互いの子供を褒めちぎっていた。
▽
婚約者となる事が決まった十歳の二人は、爽やかな風を感じながら庭を歩いていく。
最初オドオドしていたオルノも、歩くほどに慣れていき、動きもスムーズになっていく。
「あ、フスティーシア、足元に気を付けて」
段差があるところでは立ち止まり、彼女が動きやすいように先導する姿は、十歳の少年には見えない。
「ありがとう、オルノ」
お礼を言うフスティーシアの頬は赤く、今までになく微笑みを量産している。
常にオルノを守ろうと気を張っていた頃には考えられない変化だ。
「ふふふ、やっぱりフスティーシアの笑顔は、とっても素敵だ」
時を戻る前は、いつも暗い顔をしていた彼女を遠くから見ることしか出来なかった。
大きくなるにつれ交流は制限され、最後には言葉を交わすことすら許されなかったのだ。
しかし、今は手を繋ぎ、いくら話しても咎められることは無い。
そんな嬉しい気持ちが口から溢れてしまうオルノは、もう、口下手男子とは呼べなかった。
「な、なに?どうしたの急に」
「急に?」
「なんだか、とっても私を褒めるから」
「フスティーシアは、褒めるところだらけだから、つい。恥ずかしかった?ごめんね」
「いえ、いいの。全然気にしていないわ。それに、貴方のエスコートも……素敵よ」
フスティーシア限定で褒めることは自然にできるオルノだが、褒められることには慣れていない。
「え?え?え?えっと、その……ありがとう」
最後の「ありがとう」は、消え入る程小さく、耳を澄まさなければ聞こえない程だった。
それでも互いに気持ちは通じていて、繋がる手の温度が、やけに熱く感じた。
実は、昨日某サイト様にてアルジェロッシーニ元王太子の剣が奨励賞を頂きました。
ちょっと嬉しかったので、今日は三話一気にアップです。
楽しんでいただけたら嬉しいです。




