第六話 巻き戻り前【二】 フスティーシア
「カエール殿下、そのような、はしたない真似は、王家の名を汚すことになります」
中庭で一人の少女と密会をしていた王太子は、婚約者の登場にギョッとした表情を浮かべた。
「お前は、どうして、いつもいつも良い所で現れる!」
カエールの好みは、小柄で愛らしいのに女性的な体つきの少女。
学園内に居る学生の中で該当している人間は多くなかった。
また、カエール自身に護衛が付いている為、彼らが許容する範囲内でしか行動の自由が許されていない。
そうなると、隠れて密会できる場所など限られてくる。
「全ては、国の為、王家の為。貴方が無駄にお手を付けられることで、彼女達の婚期も遅れます。本気で側妃に迎える気がないのであれば、遊びで手出しされないほうが良いかと思います」
フスティーシアは、決してカエールを愛しているわけではない。
ただ、額に付いた傷が結んでしまった王太子との縁は、簡単に少女が切り離せるようなものではないのだ。
両親からもカエールの態度の悪さを理由に再三婚約の解消を申し出ているが、高位貴族の家庭に代わりになる令嬢が居ない為、フスティーシアは王太子の婚約者のままだ。
今カエールに寄ってきているのは、下位貴族の令嬢達。
あわよくばお手付きになり、子供でも授かれば側妃になれる。
そして、その子供が王族となる事で家の格も上がるとあって、家族までが後押して娘達を着飾らせていた。
――こんな男に自分を捧げるだなんて、なんておぞましい。
あと数年経てば、否が応でもフスティーシアはカエールと結婚させられる。
結婚するということは、子孫を残す為の行為もせねばならず、それも一度や二度ではない。
当たり前の事に今更気づいたフスティーシアは、ゾッとして顔を青くした。
そして、暫く黙った後、王太子と逢瀬の相手に向かって、
「……お好きにどうぞ」
と言って踵を返した。
ふと思ったのだ、自分以外の女が子をなしてくれるなら、それでいいのではないかと。
そんなフスティーシアの背後から、
「虐めてくれないと、裏ルートが開かないじゃない」
と呟く声が聞こえた。
それは、王太子のお相手、エレヒールの声だった。
前々から何かにつけては自分を悪者にしようと言葉巧みに周りを煽る彼女の事が、フスティーシアは嫌いだった。
たしかに綺麗な顔をしているが、特筆してどこが良いのか分からない。
彼女の存在自体を完全に無視し、フスティーシアは自分の教室へと戻った。
しかし、この日以来不思議なことが起き始める。
自分がやったこともない事が、自分のせいになっているのだ。
王太子妃教育の準備段階として、王宮での授業まで始まった彼女に、人を虐める暇などない。
それなのに、エレヒールという少女は、二言目には、
「レウニール公爵令嬢に虐められたのです」
と訴えた。
しかも、何故かそれを周りの人間が妄信するのだ。
まるで洗脳されたかのような薄気味悪さが、学園内に広がっていた。
そして決定的な事件が起こったのが、あの剣術大会の日だった。
ずっと居心地の悪い思いをさせられていたフスティーシアの唯一の心の拠り所は、幼き頃のオルノとの思い出。
今日も、遠めでもいいから彼に会えないかと淡い期待を抱いていた。
まさか、そのすぐ後に自分が凶刃に倒れるなどは思っていなかった彼女の願いは、一言で良いからオルノと話すこと。
ここ最近、王太子の行動が常軌を逸し始めたことで、フスティーシアを逃せば二度と婚約者が見つからないと踏んだ王家からの監視が厳しくなっている。
私室の前にも王家から派遣された護衛という名の見張り役が付き、寝ている間も心は休まらない。
――このまま、何も出来ずに私は王太子妃とならなけらばいけないの?
自問自答しては、最後に出てくる答えに溜息をつく。
――このしがらみから抜け出すには、私が命を落とす以外ないのね。
行きたくもない王太子の激励に、果実水とタオルを持ってフスティーシアは会場内を歩いていた。
出場者に教師、観覧しに来た家族達。
多くの人々でごった返している中進むのは、時間がかかった。
その途中、武器の保管が甘い事や、選手の飲み物が無防備に置かれていることにフスティーシアは眉をひそめた。
――あのようなことでは、用具の取り違えや、飲み物に薬を入れると言った犯罪が簡単に行えるでしょうに。
一つ一つは大したことのない出来事だった。
その点が繋がり線となり、気づけばフスティーシアの前に真剣が振り上げられていた。
太陽の光を反射してギラリと光った刃先を見たフスティーシアは、これが切れる剣なのだと分かった。
分かった上で、逃げなかった。
――もう、自由になりたい。
胸に焼けるような痛みを感じた時も、解放された喜びの方が大きかった。
遠のく意識の中、
「フスティーシア、僕は君の事が大好きだったんだ」
というオルノの声が聞こえた気がした。
それが幻聴だったとしても、彼女は幸せを感じながら最期を迎えることが出来たのだった。




