第五話 巻き戻り前【一】 フスティーシア
十歳で初めて行われたお茶会の日。
オルノが虐められている所を見たフスティーシアは、黙ってみていることが出来なかった。
気弱な幼馴染は口下手で弱気だが、フスティーシアが落ち込んだ時には、ずっと横に座って共に時間を過ごしてくれる優しい子だ。
そんな内面の良さを見ずに揶揄ってくる人間の多い事に、フスティーシアは腹に据えかねていた。
自分も怖かったが一歩踏み出し、彼を背に庇い、心の中では早く大人が来てくれないかと思っていた。
しかし、その願いもむなしく、突然とんできた石が彼女を襲った。
目の上に激痛が走り、視界が真っ赤に染まる。
額の上が切れて流れた血が目の中に入ったと知ったのは、オルノがハンカチで傷口を押さえてくれたからだ。
「フスティーシア、フスティーシアが!」
パニックになったオルノが、こちらに向かって走ってくるフスティーシアの父に必死に説明をしようとしている。
しかし、この怪我が王太子のせいだと知られれば、傷つけた責任を取るとして彼の婚約者に据えかねられない。
それくらいカエールの性格はおかしい。
フスティーシアは痛みに耐えながら、オルノの手を握った。
「大丈夫、大丈夫だから」
必死な気持ちが通じたのか、オルノは泣きながら唇を噛んだ。
フスティーシアも言いたいことや山ほどあったが、その場は出来るだけ穏便に済ませ、早々に屋敷に帰った。
ありがたいことに、誰も王太子がやったとは言わなかった。
忖度が働いたのだろうが、お陰で、この件は、公にはならなかった。
暫くしてお見舞いに来てくれたオルノは、まるで自分が怪我をしたかのような落ち込んだ表情をしていた。
その事が、フスティーシアには面白く感じられた。
「何故、貴方が、そんな顔をしているの?」
「だって、だって……僕のせいで……」
オルノは、目を真っ赤にしていた。
どうやら、一晩中泣いていたらしい。
自分の事を守ったせいでフスティーシアが怪我をしてしまった事に絶望しているのだ。
「ふふふ、本当にオルノは泣き虫ね」
フスティーシアは、彼を安心させようと痛みをこらえて笑った。
しかし、そんなことはお見通しのオルノは、
「でも、おでこに傷が出来たって聞いたよ」
と、目に涙を浮かべた。
「そうね。でも、あまり目立たない所で良かったと思っているの。ちょうど前髪で隠れるし」
フスティーシアは、包帯が出来るだけ見えないように自分の前髪を下ろしている。
普段結い上げた姿を見慣れたオルノは、
「髪を下ろした君も、新鮮で可愛いね」
と鼻を啜りながら言った。
――時々貴方は、こちらが飛び切り嬉しくなる言葉を贈ってくれるのね。
フスティーシアは、気の強さから言葉尻が強くなることがあり、良く男子生徒と口論になる事があった。
正義と公平をこよなく愛する彼女だからこそ、不正等を見過ごしておけないのだ。
その為、彼女に向かって可愛いなどという言葉を言ってくれるのは、両親とオルノとその家族くらいだ。
「その……もし傷が治らなかったら、私をお嫁さんにもらってくれる?」
そう聞いて、フスティーシアは後悔した。
まるで傷者にした責任を取れと言っているようだと気づいたのだ。
「あ、ごめんなさい今のは忘れ……」
「傷がなくたって、僕は、君と結婚したいと思っているよ」
オルノがさらりと口にした言葉は、フスティーシアを幸せな気持ちにさせてくれた。
互いに十歳。
互いに恋愛感情と言うほどの気持ちは持っていなかっただろう。
それでも、この時フスティーシアは、そんな未来が来ればいいなと思ったのだ。
「ありがとう、オルノ」
フスティーシアがお礼を言うと、オルノは恥ずかしそうに笑った。
どうやら思わず口から出てしまった言葉に照れているらしい。
「僕、もっと強くなれるように頑張るよ」
「いいえ、貴方の心は誰よりも強いと思うわ」
ひ弱な体に魔力量まで少ないとなれば、普通は心が折れてしまう。
しかも、彼は公爵家を継ぐ跡取りなのだ。
優秀であって当たり前。そうでなければ、頭脳がずば抜けていても他がダメだとこけ降ろされるのだ。
そんな中、オルノはコツコツと勉強し続けた。
学力テストで常に一番を取るのは至難の業だ。
魔力量が少ない為に実践は苦手だが、知識だけは教師を驚かせるほどの量を誇っていた。
それは、彼の折れない心があってこそ。
そこをフスティーシアは、高く評価していた。
「フスティーシア……また、遊んでくれる?」
「勿論よ。傷が治ったら、剣の手ほどきをしてあげるわ」
「それは……ちょっと嫌だな」
運動が苦手なオルノは、努力はしているが正直運動音痴と言っていい。
笑うフスティーシアに苦笑いをするオルノ。
二人は、幼馴染として互いに良い影響を与えながら成長を続けていた。
しかし、その数週間後、流石に令嬢を傷者にしたことを秘密にしてもらったことを恩義に感じた王家が、勝手に王太子の婚約者にフスティーシアを据えてしまった。
――何故、私ばかり……。
自分が最も嫌っている相手との婚約は、フスティーシアの心を蝕んでいく。
以前のように頻繁にはオルノに会えなくなり、会ったとしても彼が虐められているのを助けに走る時だけ。
二人で肩を寄せ合って一つのケーキを分け合って食べた思い出は、彼女の心の支えになっていった。




