第四話 どうしよう、嬉し過ぎてドキドキが止まらないよ
「オルノ……わたしのせいで、ごめんなさい」
ベッドの横で悲痛な表情を見せているのは、フスティーシアだ。
この日は、母親に連れられてオルノのお見舞いに来てくれていた。
普段は落ち着いた色目の服を着ている彼女だが、今日は何故か淡い緑色の可愛いドレスを着ていた。
それがクルクル巻きの髪の毛と相まって、オルノの目にはとても愛らしく映った。
確かに、彼女の目はやや切れ長で涼やかだが、心を許した人にだけ見せる微笑みは、まるで天使のようだ。
それを王太子に見せなかったということは、見せたくなるようなことをカエールが何一つしてくれなかったことを意味する。
――決して君のせいじゃない。石を投げた馬鹿王太子のせいだ。
そう言って慰めたいオルノだが、今は言葉を飲み込む。
急に今までと違う行動を取ると、彼女を驚かせると思ったからだ。
「私がもっとしっかりしていたら……」
「フスティーシアは、いつも僕を守ってくれるから、これで少しは恩返しができたかな」
頭に包帯を巻いたまま微笑みを浮かべるオルノに、フスティーシアは目元を赤らめた。
「えぇ……とても格好良かったわ」
いつもシャキシャキものを言う彼女が、急に下を向いて目を逸らしたため、オルトは首を傾げる。
「フスティーシア、どこか調子が悪いのかい?」
「それは、貴方でしょ?」
「それは、そうだけど……」
母達が姉妹のように仲の良い間柄だっただけに、幼い頃からよく遊んできた。
時を遡る前は、フスティーシアが手を引いて、オルノが付いていく姿が当たり前だった。
そんな気弱な少年が、幼馴染を守る為に王太子の投げた石の前に身を投げ出した話は、メイド達の間でも噂になっている。
見直したとか、やれば出来るとか勝手に評価をしていることを知らないオルノは、フスティーシアが彼を見る目を変えたことにも気づいていない。
「ねぇ、オルノ。頭の傷が治ったら、また、私と遊んでくれる?」
「勿論だよ。でも、フスティーシアには沢山お友達がいるのに、僕とばかり遊ばなくていいんだよ?」
常にリーダーシップを取るフスティーシアを慕う令嬢は多い。
お茶会の誘いも多く、何処に行くか選ぶだけで一苦労らしいと母アパシーブレが言っていた。
それなのに、いつも自分と遊んでくれる彼女を、今まで当たり前と思い過ぎていた。
将来、フスティーシアの味方となってくれる令嬢を増やす為にも、オルノは、彼女には今後は精力的にお茶会に参加して欲しいと思っていた。
しかし、何故かフスティーシアの表情が曇った。
「私と遊びたくないから、そんなことを言うの?」
「え?どうしてそうなるの?」
「だって……私は、オルノと遊びたいのに」
口を尖らせるフスティーシアは、年相応に子供だった。
幼い頃からしっかり者のフスティーシアを、勝手に大人びていると思っていたオルノにとっては新しい発見だった。
「僕と遊びたいと思ってくれているの?」
「そうじゃなきゃ、ここには来ていないわ」
「それは、嬉しいな。どうしよう、嬉し過ぎてドキドキが止まらないよ」
自分の心臓に手を当てると、ドクドクと激しく打っているのが分かる。
オルノはハニカミながらフスティーシアを見た。
すると、フスティーシアも同じような顔をして自分を見ている。
――もしかしたら僕は、君の顔をちゃんと見るのは初めてなのかもしれない。
いつも手を引かれ、彼女の後頭部ばかり見てきた。
そして、守ってもらった時も、オルノはフスティーシアの背中しか見ていない。
こんな風に正面から見る顔は新鮮で、オルノは益々心臓が早く脈打つのを感じた。
――あぁ、僕は、君を守る為なら、なんでも出来そうだ。
オルノは、胸元に手を置き、ギュッと自分の寝間着を握った。
それはまるで、姫君に忠誠を誓う騎士のように見えた。
▽
「アパシーブレ、本当に、オルノには、本当に助けられたわ。ありがとう」
「いつも助けてくれるのはフスティーシアの方じゃない。こちらこそ感謝しているのよ、リトゥアル」
学生時代から仲良しの二人は、子供を持った時期が同じだったこともあり、この十年常に互いの屋敷を行き来して友好を深めてきた。
オルノの性格が心配になる程弱気で引っ込み思案だと分かった時も、リトゥアルが、
「うちの子の気の強さも、大概だと思うわ」
と笑ってくれたおかげでアパシーブレは何度も励まされてきたのだ。
「それにしても、まさかカエール殿下が人に向かって石を投げるだなんて思いもよらなかったわ」
「えぇ、私も息子から話を聞くまでは、正直信じられない思いだったもの」
カエールの評判は、前々から良い物ではなかったが、物理的に誰かを傷つけるということはなかった。
それが、下手をすれば失明の可能性すらある部分を狙って硬い物を投げたと知れ渡ったことで、彼に対する評価は相当下がってきているらしい。
婚約者候補として名が挙がった家でも、早々に他の者と婚約を結ばせたり、娘を留学させたりする話が出ている。
「うちも、うかうかしていられないわ。だって、最初標的にされたのは、うちのフスティーシアなんだもの」
母として、リトゥアルは娘の事を第一に考えている。
王族との縁続きなど、別に欲しいわけではない。
だから、今日は最初から、あることを聞こうと思っていた。
「その……確か、オルノは、まだ婚約していなかったわよね?」
「えぇ、その通りだけど?」
「じゃぁ、もしよければ、うちの娘はどうかしら?」
リトゥアルの言葉に、アパシーブレが驚いたのは言うまでもなかった。




