第三話 美味しいです、母上
オルノがお茶会の席で王太子が投げた石で後頭部を負傷し、目覚めなくなってから三日が経っていた。
ただでさえガリガリの体が、栄養を摂れなくなった為益々やせ細っていく。
医師から「あと三日目覚めなければ命の危険もある」と言われ、オルノの両親は王家に対して苦情を数十枚にわたってしたためた訴状を送り付けた。
しかし、代わりに来たのは多額の賠償金と丁寧な謝罪文だった。
しかも筆跡はカエールのものではなく、一目見ればわかる代筆。
「我がマエルストロン家を馬鹿にするのもいい加減にしてもらわなければならない」
そう言うのは、オルノの父、ダール・マエルストロン公爵だ。
オルノが長身で細身なのは、完全に彼からの遺伝だ。
常々気弱な息子を心配していた彼は、今回フスティーシアを守り切ったオルノを褒めてやりたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、目を開けてくれなければ賞賛を伝えてやる事も出来ない。
人に石を投げてどうなるか想像もつかないカエールを、王太子の席から引きずり降ろさねば気が済まないと思っている。
「あなた、どうか落ち着いてください。先ずは、この子を目覚めさせる方法がないかをかんがえませんと」
怒り狂っている夫をなだめるのは、妻のアパシーブレだ。
お茶会から帰宅後、彼女はずっとオルノの傍から離れていない。
だから、うすうす気づいていた。
息子が本当は起きていることを。
「先ずは……美味しそうな匂いのするものを傍に置いてみるとか」
「アパシーブレ、ふざけている場合ではないのだぞ」
「分かっております。でも、可能性のある事はなんでもしてみませんと」
そう言って、アパシーブレはパンに具材を挟んだものと水差しに入れた水を置き、部屋から自分以外の全員を外に出した。
そして息子のベッドの横に座ると、彼の頬をつねった。
「さぁ、オルノ。何があったのか話してくれるかしら?」
流石に全てを察している母に嘘は付けない。
そして今、オルノの腹は情けなく、
ぐぅ~~~~~~
っと鳴っているのだ。
なにせ、三日三晩何も食べていない。
水さえ飲んでいない為、喉もカラカラだ。
そこに美味しそうな匂いがしてくれば、我慢なんて出来るはずがなかった。
「申し訳ございません。母上」
「いいえ。私は貴方に勇気という名の素晴らしい資質があったことを喜んでいるのですよ」
生まれた時から泣き声も弱弱しく、乳の飲みも悪かった我が子。
成長するにしたがって背だけがヒョロヒョロ高くなり、目立つことを嫌って背を丸めるようになってしまった。
コツコツと勉強だけは頑張っているようだったが、運動は苦手意識が先に立ち、魔法に関しては知識は持っていても使いこなす魔力量がなかった。
彼の優しい心根を知るアパシーブレは、いつかオルノが自分から行動を始めるのを根気強く待っていた。
そうしなければ、幾ら急かしても本人の為にならないからだ。
そんな息子が、今回は何かを考え、寝たふりをしている。
笑いを堪えて起きるのを待っていたが、三日にもなると流石に黙っていられない。
「さぁ、腹ごしらえをしなさい。話は、それを食べてからです」
オルノは、母が用意してくれた食事を食べた。
三日ぶりのご飯は、今まで食べた物の中で一番おいしく感じられた。
「美味しいです、母上」
ポロポロと涙を流すオルノに、アパシーブレは優しい微笑みを向ける。
「良かったです。お代わりはいりますか?」
「いいえ。急に食べるとお腹が痛くなってしまいますから」
あまり胃腸の強くないオルノは、自分のお腹を摩りながら苦笑する。
「また、後で頂けますか?」
「勿論よ」
久しぶりに甘えた表情のオルノを、アパシーブレは優しく抱きしめた。
――母上、ありがとうございます。でも、きっと混乱させてしまうから、時を遡ったことは言わないでおきますね。
オルノは、自分もアパシーブレを抱きしめた後、今回の件について簡潔に話した。
自分を庇ってくれたフスティーシアに、王太子が石を投げて害そうとしたこと。
それを見た自分が、覆い被さって守ったこと。
その後息子の話に耳を傾けた母は、とても複雑そうな顔をした。
「やはり、フスティーシアが言っていたことは、本当だったのね。周りに居た子供達は、皆言葉を濁していたから何かあるとは思っていたけれど、カエール殿下には少し問題がありそうだわ」
どうやら、カエールに遠慮して周りの者が証言を渋ったようなのだ。
その中で、フスティーシアだけが、真実を語ってくれていた。
以前は穏便に済ませた彼女も、流石にオルノが倒れて意識を取り戻さないとなると黙ってはいられなかったらしい。
ただ、このままの自分では、フスティーシアを守れないと思ったオルノは、今にも折れそうな自分の二の腕を逆の手で掴んで唇を噛んだ。
あまりにも細く頼りない体。
どうすれば、フスティーシアを守れるだけの力を手に入れられるのだろうか?
「母上、僕は、どうすれば強くなれますか?」
真剣な息子の視線に、アパシーブレは静かに語り出す。
「オルノ。強いとはどういう意味?」
「僕は……フスティーシアを守りたいんです」
「そう。だけど、腕力だけでは解決しないこともあるのよ」
「それは……分かっています」
相手が反抗するほどに、ちょっかいを掛けていくカエールのような人物は、本来は無視するのが一番いい。
ただ、相手が王太子なだけに放って置くわけにいかず、受け答えをせざるを得ないのが現状だ。
今回のお茶会でも、オルノだけでなく、他の数人の少年達が同じように物を投げつけられる被害が確認された。
それを先導したのが王太子だと分かっていても、誰もが口を閉ざしている。
オルノがあそこで倒れていなければ、今回も無かったことにされていただろう。
「オルノ。先ずは、体づくりから始めなさい。突き飛ばされても動じない人間を、地面に這いつくばらせるのは骨がいる作業ですからね」
微笑む母を見て、オルノはパッと表情を明るくした。
「はい、母上。では……先ずは体づくりの為に、もう一つ先程の物を食べても宜しいでしょうか?」
「えぇ、もちろんよ」
こうして、オルノと言う少年は、どんなに攻撃を受けても決して膝をつかない男を目指して動き始めた。




