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二周目の王子と悪役令嬢、お互いバレバレなのに知らないふりをしている  作者: 夜凪 蒼


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第5話「絶対認めない」

一週間が経った。


 この一週間で私が学んだことは二つ。


 一つ。アレクサンダーは間違いなく転生者だ。


 二つ。あの男は絶対に認めない。


 何度におわせても、何度反応を引き出しても、アレクサンダーは「普通の王太子」の仮面を外さない。こちらがゲーム知識をちらつかせても、少し間が空くだけ。「知っている」と言わない。「覚えている」と言わない。徹底して、この世界の住人のふりを貫いている。


 そして——私も同じだ。


 だから毎日が茶番になる。


 月曜日。魔法の授業で、私はわざと「属性相性」の話をした。ゲームの戦闘システムでは火属性が氷属性に弱い。この世界でも同じ設定のはずだ。


「殿下の氷魔法、火属性の相手には不利ではないですか?」


「……属性の相性は状況による。一概には言えない」


 一概には言えない。ゲーマーが「ゲームバランスの話をされている」と気づいたときの模範回答。知っているけど認めない。


 火曜日。食堂で再びカボチャのポタージュが出た。アレクサンダーが向かいに座り、黙ってスープを飲んでいる。


「このポタージュ、前に『どこかで飲んだことがある』とおっしゃっていましたね」


「ああ——そんなことを言ったか?」


 言ったくせに、忘れたふりをしている。


 水曜日。図書室で、私は前回と同じ席に座った。今度は別の本を読んでいる。『星の座標と運命の地図』——ゲームのエンディング分岐に関わる天文学の設定本。


 アレクサンダーは一瞥もしなかった。


 いや——しなかったのではなく、意識的に見ないようにしていた。入室したときの一瞬、視線が私の手元に向かい、すぐに逸らされたのを見逃さなかった。


(見た。見てから、見ないふりをした)


 図書室のインクと古紙の匂いが鼻の奥に染みる。ページをめくる指先が、妙に冷たかった。緊張しているのだ。本を読むふりをしながら、横の席の気配にここまで神経を尖らせている自分がおかしい。


 アレクサンダーは分厚い法典を開いたまま微動だにしない。完璧な「勉強中の王太子」の姿。絵に描いたように整った横顔。あの横顔がときどき、ほんの少しだけ——こちら側に傾く。


 傾いて、戻る。


 私も負けじと視線を本に固定する。お互いが「相手を見ていない」演技に全力を注いでいる図書室。滑稽としか言いようがない。


 木曜日。廊下ですれ違うとき、アレクサンダーが唐突に言った。


「リンデンバウム嬢、最近——楽しそうだな」


 楽しそう。


 否定できない。この一週間、アレクサンダーの反応を観察するのが日課になっていた。におわせて、反応を見て、とぼけられて。それが妙に面白い。


「殿下の断罪が取り消されましたから。学院生活を楽しむ余裕ができました」


「そうか。——俺も最近、退屈しなくなった」


 退屈しない。私のせいですよね。私の仕掛けを読んで、かわして、それが退屈しない理由ですよね。


 もちろん、口には出さない。


「それは何よりです」


「ああ」


 お互い、薄い笑顔で会釈して別れる。


 これが毎日だ。


 金曜日の放課後、私は自室で頭を抱えていた。


 窓の外で鳥が鳴いている。この世界の鳥はゲームのBGMに使われていたのと同じ声で鳴く。最初は気持ち悪かったが、半年で慣れた。


(なぜ認めないの。お互い転生者だってわかっているのに)


 理由は、わかっている。


 私が認めない理由——前世の記憶がある変な人間だとバレたら、この世界での信用が崩れる。悪役令嬢として断罪を免れたのに、「実は転生者です」なんて言ったら、今度は「異端者」として追放されかねない。


 アレクサンダーが認めない理由——おそらく同じだ。王太子が「前世の記憶がある」と公言すれば、王位継承に影響する。「正気を失った」と判断されて廃嫡される可能性もある。


 つまり、お互いに「認めたら損をする」状況だ。


 転生者であることを認めるメリットが、デメリットを上回らない限り——この茶番は続く。


 コンコン。


 ドアが鳴った。


「クラーラお嬢様、お手紙です」


 メイドが持ってきたのは、見覚えのある封書だった。王家の蝋印。アレクサンダーからだ。


 開封する。


『明日の土曜日、学院の温室に花を見に行く予定がある。お供をしてくれると嬉しい。——アレクサンダー』


 温室。


 ゲームには「温室イベント」がない。完全にオリジナルの誘いだ。


 これが逆に厄介だった。


 ゲームにあるイベントなら、お互い「これはゲームのアレだよね」と内心で共有できる。暗号のようなものだ。でもゲームにないイベントは——素のアレクサンダーが仕掛けてきていることになる。


(ゲームにない場所で、何をするつもり?)


 断る理由がない。王太子の誘いを悪役令嬢が断れば、また立場が悪くなる。


 便箋を折りたたんで、机の引き出しにしまった。引き出しの奥に、前世から持ち込んだ記憶がぎゅうぎゅうに詰まっている。比喩ではなく本当に——ゲームの攻略情報を思い出しては書き留めたメモが、もう二十枚を超えている。


 明日の温室。ゲームにないイベント。


 どんな顔をして行けばいいのか、まだ決められていない。

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