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二周目の王子と悪役令嬢、お互いバレバレなのに知らないふりをしている  作者: 夜凪 蒼


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第6話「牽制の紅茶会」

温室は、想像の倍は広かった。


 学院の北棟に隣接したガラス張りの建物。鉄骨のアーチが頭上に弧を描き、午前の光が内部に満ちている。熱帯の植物が所狭しと並び、土と水と葉の匂いが混じり合って濃密な空気を作っていた。


 前世のホームセンターの園芸コーナーを思い出す。あっちは蛍光灯だったけれど。


「こちらだ」


 アレクサンダーが先を歩いている。後ろにフリッツが控えめについてきていた。私は二人の間くらいの距離で歩く。


 温室の奥に、小さなテーブルセットがあった。白い鉄製のテーブルと椅子が二脚。そこに——紅茶のセットが用意されている。


「花を見に、と伺っていましたが」


「ああ。花も見る。だが、せっかくだから茶でも」


 せっかくだから、ではない。最初からこれが目的だったのだろう。温室の花は口実で、本題は対面で話すこと。


 椅子に座ると、フリッツがカップに紅茶を注いでくれた。琥珀色の液体から、柑橘系の爽やかな香りが立ち昇る。


「ベルガモット?」


「よくわかったな」


 ゲームの好感度イベント「紅茶の銘柄を当てる」だ。正解するとプラス三。


 ——待って。今の私の反応、まずくない?


 この世界の貴族令嬢がベルガモットを言い当てること自体は不自然ではない。教養として紅茶の知識はある。だから問題ない。問題ない、はず。


 でもアレクサンダーの「よくわかったな」には、別の意味が込められている気がする。


(このイベント、知ってるよね?——って聞いてる?)


 考えすぎだろうか。


「フリッツ」


 アレクサンダーが側近に声をかけた。


「少し席を外してくれ。十分ほどで戻ればいい」


「……承知しました」


 フリッツの眉が微かに寄った。王太子と悪役令嬢を二人きりにすることへの疑問だろう。でも命令には従う。騎士らしく一礼して、温室の入口に向かっていった。


 二人きりになった。


 温室の空気が急に重くなる。植物に囲まれた狭い空間で、アレクサンダーの琥珀色の瞳が私を捉えている。


「リンデンバウム嬢」


「はい」


「単刀直入に聞く」


 カップに伸ばしかけた手が、止まる。


(来る。ついに来る? 「転生者だろ」って——)


「貴女は——なぜ、断罪に抵抗しなかった?」


 拍子抜けした。転生者かどうかではなく、断罪への対応を聞いてきた。


 いや——これも罠か。


「抵抗する理由がありませんでしたから」


「理由がない? 追放されるんだぞ」


「追放されても、リンデンバウム家の領地で暮らせます。困窮するわけではありません」


「そこまで具体的に考えていたのか。断罪された直後に」


 あ。


 しまった。


 普通の悪役令嬢は、断罪された直後にそこまで冷静に先のことを考えられない。追放後の生活を具体的に想像できるのは——結末を知っている人間だ。


「……父から、常に最悪の事態を想定しろと教わりました」


 苦しい言い訳。でもこれ以上ボロを出すわけにはいかない。


 アレクサンダーの目が、また「面白がっている」色を帯びる。


「なるほど。リンデンバウム公は教育熱心だな」


 嘘だと見抜いている。見抜いているのに追及しない。泳がせている。


 二人の間に沈黙が落ちた。


 温室の天井に沿って蔦が這っている。葉の隙間から光が漏れて、テーブルの上にまだらな影を作っていた。カップの中の紅茶が揺れている。


「殿下」


 私から切り出した。攻めに転じないと、ずっと守りに回ることになる。


「殿下こそ、なぜ断罪を取り消されたのですか。本当の理由を、教えていただけませんか」


「本当の理由?」


「はい。『気が変わった』では納得できません」


 アレクサンダーがカップを持ち上げ、一口飲んだ。唇を離してから、窓の外を見る。温室のガラス越しに、学院の庭が見える。


「……面白くなかったんだ」


「は?」


「断罪が——面白くなかった。予定通りに事が運んで、予定通りに悪役令嬢が追放されて。それが——つまらなかった」


 予定通り。


 何の「予定」ですか、殿下。ゲームのシナリオのことですか。


 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。紅茶で流し込む。ベルガモットの苦みが舌を刺す。


「つまらなかった、とは。断罪は遊びではありませんが」


「もちろんだ。だが——リンデンバウム嬢に聞きたい」


 身を乗り出すアレクサンダー。テーブルの幅分しかない距離が、さらに縮まった。


「貴女は、自分の未来がわかるとしたら——変えたいと思うか?」


 卑怯な質問。


 転生者への問いかけとして、これ以上ないくらい直球だ。「自分の未来がわかるとしたら」。前世の記憶がある人間にとって、これは仮定ではなく現実。


 でも——この質問は、一般的な哲学の問いとしても成立する。「運命を変えたいか」という問いに、転生者でなくても答えられる。


 つまり、どう答えてもボロが出ない。出ないけれど——アレクサンダーは私の「答え方」を見ている。


(ここで「変えたい」と即答したら、前世の記憶があるように見える。「わからない」と答えたら、はぐらかしている。「変えたくない」と答えたら——嘘だと見抜かれる)


 数秒の沈黙。温室の植物が風もないのにざわめいた気がした。空調の微かな振動が葉を揺らしている。


「——未来がわかったとしても、私にできることは限られていますわ」


 逃げた。質問に答えずに、別の角度から返した。


 アレクサンダーが、ふっと息を吐いた。


 笑ったのか、ため息なのかわからない。


「そうだな。——そうかもしれない」


 紅茶を飲み干して、カップをソーサーに戻す。磁器のかちりという音が、やけに大きく聞こえた。


「また、こうして話そう。リンデンバウム嬢」


「……ええ。殿下のご都合がよろしければ」


 温室を出るとき、背中に視線を感じた。振り返らなかった。振り返ったら——何かが、決壊しそうだったから。

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