第27話「知ってました(初日から)」
収穫祭の演劇は、大成功だった。
私の「村娘その三」も無事に二行の台詞を言い切り、アレクサンダーの王子役は満場を沸かせた。当たり前だ。王子が王子を演じているのだから、あれは演技ではなく公務である。
だが本当の劇は、舞台の上ではなく、その後の打ち上げで起きた。
日が落ちて、中庭の片隅に飲み物のテーブルが並んだ。ランタンの灯り。生徒たちは林檎酒や果実水を片手に、演劇の感想で盛り上がっている。私が林檎ジュースを取りに行くと、隣にフリッツが立っていた。
「リンデンバウム嬢」
「フリッツ様」
「先ほど、殿下と裏庭にいらっしゃいましたね」
ジュースを吹き出しそうになった。
「……見ていたんですか」
「殿下の護衛ですから」
フリッツの表情は穏やかだった。でも目の奥に、長い間しまい込まれてきた何かが灯っている。
「一つ、お聞きしてもよろしいですか」
「……はい」
「殿下が転生者であること——ご存じでしたか」
直球だ。リーリエとは違う種類の直球。確認ではない。すでに答えを持っている人間の、最後の照合。
数時間前の私なら、ジュースを飲み干して逃げただろう。でも裏庭で、嘘の在庫はもう処分してしまった。
「知っていました」
フリッツが、ゆっくりと目を閉じる。
「やはり」
「フリッツ様も——気づいていらしたんですね」
「殿下がいつからああなのか、私は存じません」
フリッツはコップを両手で包んだ。夜気のせいか、指先が少し赤い。
「古参の侍従は、お小さい頃に高い熱を出されてから人が変わられた、と申します。私がお仕えした初日には、もう——初対面の私の名と家門をご存じで、初めてご案内したはずの執務室で、誰も教えていない引き出しから封蝋を取り出されました」
「……」
「妙な方だとは思いました。ですが決定的だったのは、リンデンバウム嬢、あなたです。殿下があなたを見る目は、初めて会う人間のものではなかった。再会の目でした。それも、ずいぶん長い不在の後の」
胸の奥がきゅっと縮んだ。林檎ジュースの甘さが、急に喉を通りにくくなる。
「怖く、なかったですか」
「怖かった」
フリッツが小さく笑った。この人、こんな顔で笑うのか。
「お仕えしている方の中身が、自分の知らない何かなのではと、何度も考えました。信じてお仕え続けるか、問い質すか。——長いこと、天秤にかけ続けました」
天秤。この学院の人間は、みんな同じ計りを胸に提げているらしい。
「結論は、単純でした。中身が何であれ、あの方は私の名を呼び、私の仕事を信じ——守りたいものを一つ、持っておられる。それがあなたです、リンデンバウム嬢」
「……」
「でも、応接室では、殿下を問い詰めていらっしゃいましたよね」
言ってから、しまったと思った。堂々たる盗み聞きの自白である。フリッツは咎めもせず、コップの中で揺れるランタンの灯りに目を落とした。
「あれは——一度くらい、ご本人の口から伺いたかったのです。この長い茶番の、種明かしを」
「種明かし、されませんでしたけど」
「ええ。『天気が読めるんだ』だそうです」
二人で、少しだけ笑った。
「ただ——お二人に、苦情も一つだけ申し上げてよろしいですか」
「……どうぞ」
「お二人が『偶然』を装って引き合わせられるたび、護衛の私は、予定にない経路の安全確認を強いられました。図書室、書庫、聖堂裏、夜の回廊。数えて28箇所にのぼります」
「……数えてたんですか」
「職務ですので」
この側近の観察眼は、こういうところで日々酷使されていたらしい。お疲れ様です、としか言いようがない。
「転生者であることを隠し続ける殿下をお側で見ているのは、正直、しんどうございました」
フリッツの声が、一段低くなる。
「嘘をつくたびに、あの方は苦しそうでしたから。棒読みの『何のことだ』を聞くたびに、もう楽にして差し上げたいと思っておりました」
「フリッツ様……」
「だから——先ほど裏庭で、お二人が地面にしゃがみ込んで笑っておられるのを見て、安心いたしました」
「あれも見てたんですか」
「護衛ですから」
あの絵面を見られていた。村娘その三、一生の不覚である。
「知っていましたよ、私は」フリッツは静かに言った。「お二人が転生者であることも、お互い気づいていながら、知らないふりをしておられたことも」
「全部?」
「全部」
「……いつから?」
「殿下については、お仕えした初日から。リンデンバウム嬢については——断罪の翌日、殿下が『なぜ彼女は動揺しなかったのだ』と独り言をおっしゃった時点で」
うちの王子、独り言が多すぎないだろうか。機密が駄々洩れである。
「お二人のために黙っておりましたが」フリッツがコップをテーブルに置いた。「もう、黙っている必要もないでしょう」
そのとき、背後から声がした。
「フリッツ——何の話だ」
アレクサンダーだった。打ち上げの林檎酒を片手に近づいてくる。会話は聞こえていなかったらしく、首を傾げている。
フリッツが、完璧な直立不動の姿勢を取った。
「殿下。申し上げます」
「なんだ」
「お二人が転生者であること、お互いご存じだったこと、そしてそれを私が知っていたこと。——全て、知っておりました」
アレクサンダーの顔が凍った。
「……は?」
「ですから。知っておりました」
「いつから」
「お仕えした初日からです」
「——初日から?」
「はい。殿下の棒読みは、初日から看破しております」
アレクサンダーが私を見た。私はフリッツを見た。フリッツはアレクサンダーを見た。円卓もないのに、三人の視線がぐるぐる回る。
「……お前、なぜ言わなかった」
「殿下がお楽しみのようでしたので」
楽しんでいたのか。この側近は、主人の茶番を最前列で、無料で、ずっと観覧していたのか。
「フリッツ様」
「はい」
「あなたが一番怖い人かもしれません」
「光栄です」
フリッツが本日二度目の微笑みを浮かべた。今度は、はっきり笑っている。
遠くで花火が上がった。収穫祭の締めくくり。赤と金の光が夜空に咲いて、散る。火薬の匂いが風に乗って届き、生徒たちの歓声がそれを追いかけていった。
「……全員知っていた、ということか」
アレクサンダーが力なく笑う。
「知らないふりをしていたのは、当事者の二人だけですね」
「ひどい話だ」
「お互い様です」
四度目のお互い様。もう数えるのをやめようかと思ったけれど、当分はやめない気がする。
花火の光が、三人の顔を順番に照らしていく。赤、金、青。目まぐるしく変わる色の中で、秘密が一つもない夜が、音を立てて更けていった。




