↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二周目の王子と悪役令嬢、お互いバレバレなのに知らないふりをしている  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/31

第26話「お前も転生者だろ」

収穫祭の当日、学院は朝から華やかに着飾っていた。


 中庭の特設舞台——昨日のうちに留め金を全部交換された——には色とりどりの旗が揺れ、屋台からは焼き菓子と林檎酒の甘い匂いが流れてくる。秋の空は高く澄んで、祭りにはこれ以上ない天気だ。


 私は舞台裏の控室で、村娘その三の衣装を着ていた。


 収穫祭の演劇は学院の伝統行事で、各クラスが寸劇を披露する。うちのクラスの演目は「聖女と竜騎士」。私の台詞は二行。悪役令嬢の配役としては実に平和である。


(ゲームにもこの演劇イベントはあった。裏でリーリエの魔力が暴走する展開——のはずだけど、もうゲーム通りに進む保証はない)


 それより、だ。


 祭りのどこかで、少し時間をもらえるか。


 昨夜の医務室の声が、朝からずっと頭の中にいる。あの人が何を言うつもりなのか。考えれば考えるほど答えは一つしか浮かばなくて、その一つを、私はまだ直視できずにいた。


 控室の扉が開いた。


「リンデンバウム嬢、少しいいか」


 アレクサンダー。あちらのクラスは王子役をやるらしく、胸に金の飾り紐のついた衣装を着ている。似合いすぎていて腹が立つ。歩き方がいつもより硬いのは、背中の湿布のせいだろう。


「……何でしょう」


「外で話したい。二人きりで」


 祭りのどこか、は今らしい。膝の裏が、すうっと冷たくなった。


 控室を出て、舞台裏の通路を抜け、学院の裏庭に出る。喧騒が遠い。植え込みのラベンダーが風に揺れて、紫の匂いがかすかに立つ。その向こうに、昼下がりの高い空。


 アレクサンダーが立ち止まり、振り返った。


「リンデンバウム嬢」


「はい」


「——いや」


 一度、目を閉じる。長い睫毛が頬に影を落とした。


 目が開く。


「クラーラ」


 名前だ。二度目の、名前。今度は落下の最中ではなく、地に足のついた場所で、まっすぐ私を見て。


「昨日の足場の件で、確信した。……いや、本当はずっと前から確信していた。昨日、言い訳が尽きただけだ」


 風が止まった。ラベンダーの揺れが止まり、空気が薄くなる。


「お前も——転生者だろ」


 ついに、来た。何ヶ月もかけて、ようやくこの一言が。


「な……」


 反射だけで、舌が動いた。何のことでしょう。笑って首を傾げて、いつもの棒読みを返せば、この場は収まる。何ヶ月も続けてきた、いつもの——


「何のこと、で……」


 言いかけて、続かなかった。


 目の前の人は、逃げ道を全部塞いだ顔をしていた。覚悟という名札を下げたような顔。この人だって怖いはずだ。「何のことだ」で逃げ続けてきた人が、自分から退路を焼いて立っている。


 それに。


 破片を拾うリーリエの手。図書室の天秤の話。昨日の、湿布だらけの背中。


 知らないふりの代金は、もう十分に払った。私も、この人も——何も知らない子にまで、払わせた。


「……どうして、今なんですか」


 声が掠れた。アレクサンダーは目を逸らさない。


「昨日、落ちていく君を見た。間に合ったのは、知っていたからだ。だが——知っていても、間に合わないことがある。奉献式でそれを思い知って、なお黙っていた。天秤が釣り合っているうちは、と」


 一拍。


「昨日、傾いた。もう戻らない」


 図書室で聞いた仮定の話を、この人は仮定のまま終わらせなかった。


 息を吸う。ラベンダーの匂いがした。


「——あなたもでしょ」


 言った。


 言ってしまった。何ヶ月も喉の奥で凍らせてきた一言は、口に出してみれば、ほんのひと息ぶんだった。


 アレクサンダーの目が見開かれる。


 沈黙。三秒。五秒。十秒。


 そして——


「「知ってた」」


 同時だった。


 完璧に同時だった。同じ選択肢を、同じ瞬間に押したような告白。


 ……次の瞬間、二人そろって、その場にしゃがみ込んだ。


 膝から力が抜けたのだ。私は両手で顔を覆い、あの人は腰に手を当ててうずくまっている。何ヶ月分の緊張が、栓を抜いたみたいに流れ出していく。立っていられるほうがどうかしている。


「……は」


 先に噴き出したのは、アレクサンダーだった。


「ははっ——知ってた、って。お互い、知ってた、って」


「ぷっ——あはは、ひどい。何なの今の、何のコントなの」


「お前が先に言え。転生者ならもっと早く」


「殿下こそ! 棒読みの『何のことだ』を、私が何回聞かされたと思ってるんですか!」


「あれは戦略的な否定だ」


「戦略的な棒読みなんてありません!」


「笑うな——いや俺も笑っているが、背中に響く」


「自業自得です!」


 裏庭で、王子の衣装と村娘その三の衣装がしゃがみ込んで笑っている。絵面として最悪だ。最悪で、最高だった。


 笑いが少しずつ収まってくる。目尻に滲んだものを指で拭った。笑いすぎたせいなのか、別の理由なのか、自分でも判別がつかない。


「……いつから気づいていた」


 アレクサンダーが、息を整えながら聞いた。


「最初の日からです。断罪の日。殿下の台詞が、ゲームと違ったので」


「俺もだ。断罪されながら、お前はまるで動揺していなかった。普通の令嬢なら泣く場面だ」


「泣かなかったのは、ゲームの断罪シーンで泣く演技をするのが馬鹿馬鹿しかったからです」


「……つまり最初からお互い知っていて、ここまで全部茶番だったわけだ」


「お互い様でしょう」


 立ち上がって、スカートの土を払う。秘密が解禁された途端、質問の在庫が何ヶ月分も雪崩を起こしていた。まずは、いちばん古いやつから。


「殿下は、ゲームを何周したんですか」


「……一周だ」


 アレクサンダーは少し黙ってから、付け足した。


「画面の外で一周。それから——中で、今が二周目だ」


 画面の外で。


 やっぱり、と思う。この人の一周目は、この世界の中ですらなかった。台本を全部知っていて、一行も変えられない場所。応接室の壁越しに聞いたあの声の意味を、本人の口から確かめてしまった。


「私も一周です。……ご一緒ですね、周回数」


「そうだな。似た者同士だ」


 言ってから、白状したいことが一つ、喉まで上がってきた。今日を逃したら、たぶん一生言えない種類のやつだ。


「あの。一周目の私——画面のこちら側にいた頃の私は、悪役令嬢の断罪を、お菓子をつまみながら眺めてました。『このシナリオ容赦ない』って思いながら、最後まで。あなたみたいに、助けたいなんて、一度も」


「それが普通の遊び方だ」


 即答だった。


「俺のほうが変なんだ。一周目の脚本に、引っかかる台詞が一つあって——それきり、引っかかったままだった」


「台詞?」


「断罪の場で、悪役令嬢が最後に言う。『私は間違っていたかもしれないけれど、嘘はついていないわ』と」


 覚えている。私も声に出して読める。でも、続きを言ったのは私ではなかった。


「あの台詞の人間が破滅して終わる脚本が、どうしても気に入らなかった。——だから二周目で、肝心のお前が嘘ばかり上達していくのは、相当に妙な気分だったぞ」


「誰のせいだと思ってるんですか、半分は」


「ああ。……半分は、認める」


 軽く言い合って、それから、どちらからともなく目を伏せた。笑いの底に、笑いきれないものが一枚沈んでいる。


「——奉献式の日」


 私が言うと、アレクサンダーの顎がわずかに引かれた。


「私、殿下が動くと思って黙っていました。いいえ——本当は、自分が問われるのが怖くて黙ったんです。殿下のせいにして」


「俺もだ。君が動くという言い訳で、自分の正体を守った。……あの日の借りは、二人のものだ」


「ええ。二人で返していくんでしょうね、これから」


「お互い様、というやつだな」


「それ、気に入りました?」


「便利な言葉だ」


 ラベンダーが揺れる。アレクサンダーが、ふと思い出したように私を見た。


「しかし、お前はいつから『俺が確信している』ことに気づいていた? 昨夜の医務室では、もう驚いていなかっただろう」


「『一周目の台詞は、覚えている』」


 そっくりそのまま、声の低さまで似せて引用してやった。アレクサンダーの動きが止まる。


「——そう言ってましたよね、フリッツ様に」


「……聞いていたのか」


「盗み聞きではありません。戦略的——」


「情報収集か。お前も大概だな」


「お互い様です」


 三度目のお互い様。この言葉、当分は二人の合言葉になりそうだ。


 アレクサンダーが、ゆっくりとこちらに手を伸ばした。頬に触れる——のではなく、肩についたラベンダーの花びらをつまみ上げる。指先が肩を掠めて、一瞬の温度だけが残った。


「花びらがついていた」


「……ありがとうございます」


 鼓動が、遠くの祭り太鼓より速い。さんざん笑い合った直後なのに、空気の質が変わっている。


 そのとき、収穫祭の鐘が鳴った。演劇の開始を告げる鐘だ。


「——行こう。劇が始まる」


「ええ」


 並んで歩き出す。舞台裏に向かって。


 知らないふりの衣装をようやく脱いだ二人が、今度は別の衣装を着て舞台に上がる。


 なんだか、おかしくて仕方なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。