第14話「変じゃない(同時)」
リーリエの「二人とも変ですよ?」発言から二日後。
私は対策を練っていた。知らないふりの精度を上げなければ、このままではリーリエだけでなく他の生徒にも疑われかねない。
そもそも何が問題か。リーリエの指摘を要約するとこうなる。
一、クラーラは王子の話題で表情が固くなる。
二、王子はクラーラの名前で慎重になる。
三、二人は同じ顔をする。
つまり、反応が大きすぎるのだ。相手を意識しているからこそ、無関心を装えない。
(対策は一つ。王子への反応を徹底的に薄くする)
意識しないふり、ではなく、本当に意識しない。少なくとも人前では。王子が何を言おうと何をしようと、興味のない話題を聞いたときと同じ顔をする。
完璧な計画のはずだった。
学院の茶話会。月に一度、貴族の子弟が集まって社交する場。ゲームでは二章後半の定番イベントで、ここで悪役令嬢がヒロインに嫌がらせをするのが通例。もちろん、私はそんなことしない。
円卓に着席し、運ばれてきた紅茶に口をつける。ダージリン。夏摘みの軽やかな渋みが舌の上に広がる。
リーリエは向かいの席で、隣の令嬢と花の話をしている。穏やかな空気。私は自然体を装い、紅茶を楽しむ優雅な悪役令嬢を演じている。
そこにアレクサンダーが入ってきた。
フリッツを伴って、悠然と歩いてくる。銀髪が窓からの光を受けて柔らかく輝き、すれ違う令嬢たちがそわそわと姿勢を正す。
(反応しない。私は無関心。紅茶に集中する)
王子が着席する。私から三席離れた場所。視界の端に銀髪が映るけれど、顔は向けない。
「——では、本日の茶話会を始めましょう」
司会役の伯爵令嬢が挨拶を始める。社交の定型文。聞き流しながら紅茶を傾ける。
「リンデンバウム嬢は、最近何かご趣味を?」
隣に座った子爵令嬢が話しかけてきた。社交的な会話。
「刺繍を少しだけ。まだ上手ではないけれど」
「まあ、素敵。どんな柄を?」
「薔薇のモチーフを——」
「薔薇といえば」
向こうの席から、アレクサンダーの声が割り込んできた。会話の流れに自然に乗る形で。
「先日、王宮の庭師が新種の白薔薇を育てたそうだ。まだ名前がついていないらしい」
白薔薇。ゲーム三章のイベントアイテム。悪役令嬢クラーラの好きな花として設定されている——が、それは隠しパラメータで、本編には一切登場しない。
(この人、また裏データを突いてきた)
反応しない。私は無関心。白薔薇がどうしたというの。紅茶を飲む。
「白薔薇ですか、美しいですね」
リーリエが興味を示す。「どんな品種なんですか?」
「詳しくは知らないが、清楚で控えめな見た目だと聞いている。派手さはないが、見ていて飽きない花だと」
(その描写、ゲーム内のクラーラの外見テキストそのままじゃない)
カップの縁を噛みそうになる。顔には出さない。出してはいけない。
「リンデンバウム嬢、白薔薇はお好きですか?」
王子が、何食わぬ顔で聞いてきた。
三席離れているのに、声がまっすぐ届く。周囲の令嬢たちの視線がこちらに集まるのを感じる。
「特に好みはありませんわ。花は何でも美しいもの」
完璧な回答。無関心。好みを悟らせない。
「そうか。てっきり白薔薇が好きなのかと思っていた」
(なぜそう思った、と聞いたら負け。聞かない。聞かない)
「どうしてそうお思いに?」
(聞いてしまった)
噛み殺したはずの質問が、するりと滑り出ていた。訓練の成果はどこへ消えたのか。
「直感だ」
王子が微笑む。嘘だ、直感のわけがない。ゲームの設定を知っているから言ったに決まっている。けれど「直感」と言われたら返しようがない。
「殿下のご直感は外れていますわ」
「そうかな。俺の直感は結構当たるんだが」
「当たらないこともございますわ」
「例えば?」
「例えば——今のように」
ぴりっとした空気が円卓に流れる。
令嬢たちが固唾を呑んでいるのがわかる。王太子と悪役令嬢が火花を散らしている——ように見えているのだろう。実態は、ゲームの裏データをめぐる知識戦なのだけれど。
「ぷっ」
小さな吹き出し音。リーリエだった。口元を手で隠し、肩を震わせている。
「リーリエさん?」
「す、すみません。あの——」
リーリエが目に涙を浮かべながら、私と王子を交互に見る。
「やっぱり二人とも変です」
食堂の時と同じ台詞。でも今度は、笑いをこらえた顔で。
「変じゃないわ」
「変ではない」
同時だった。
寸分違わぬタイミングで、同じ意味の言葉が二方向から飛んだ。
令嬢たちがざわめく。リーリエが完全に笑い出す。フリッツが額に手を当てている。
(最悪。同時に否定した。これが一番やってはいけないパターンだった)
アレクサンダーと目が合う。一瞬だけ。
王子の琥珀色の瞳に、かすかな動揺が見えた。あの人も計算外だったのだ。同時に否定するなんて、打ち合わせでもしない限り普通は起きない。
空気を変えなければ。
「リーリエさん、殿下と私の意見がたまたま一致しただけよ。『変じゃない』と思うことが変なのかしら?」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
リーリエが笑いの余韻を拭いながら、首を振る。
「タイミングが、すごすぎるなって」
(それは私も思ってる)
茶話会はその後も続いたが、私の頭は半分上の空だった。
紅茶が冷める。二杯目を注いでもらい、今度はしっかり砂糖を入れる。甘みが舌に沁みて、少しだけ気持ちが落ち着く。
帰り道、廊下で一人になったとき、壁に背をつけてため息をついた。
(無関心作戦、初日で大破した)
問題は、王子のほうも「無関心を装おう」としていた節があること。それなのに、リーリエの質問に二人とも反応し、二人とも同時に否定した。
つまり、私たちは同じ対策を同じタイミングで実行し、同じように失敗している。
(リーリエの言う通りだ。私たちは「同じ顔」をしている)
知らないふりを続けるほど、お互いの類似点が浮き彫りになっていく。
この茶番、どこまで続ければいいのだろう。
答えのない問いを抱えたまま、私は自室に戻る。窓辺に置いた花瓶には、今朝マルタが活けてくれた花。ラベンダーの紫。
白薔薇は、入っていない。
……入っていないのに、なぜか視線がそこに吸い寄せられるのは、きっと疲れているせいだ。




