第三章:言葉の軽さ、鉄の重さ
一
一
近江の山々を渡る風が、青葉の匂いを運んでくる。
朽木谷のさらに奥、鬱蒼とした杉林に囲まれた古寺の境内で、毎朝、乾いた音が響き渡っていた。
木刀と木刀が激突する音ではない。足利義輝が、ただ一人で素振りを繰り返す音であった。その風切り音があまりに鋭いため、まるで堅い樫の木が空気を叩き割っているかのように聞こえるのである。
しかし、ひとたび塚原卜伝がその前に立てば、静寂は一瞬にして爆発的な暴力へと反転した。
通常の立ち合いにおいて、卜伝の強さは異常だった。
構えらしい構えもせず、ただ自然体で立っている老人の間合いに一歩でも踏み込めば、次の瞬間には義輝の身体は虚空を舞い、泥の上に叩きつけられていた。何が起きたのかすらわからない。それこそが、ただ一撃で相手の命を奪う新当流の真髄『一の太刀』であった。
「公方様、それではただの力任せ。鉄に命が乗っておりませぬ」
立ち合いは続く。だが卜伝は手を消して緩めない。
「来い、公方様! 技が生ぬるい!」
卜伝の木刀が、目にも留まらぬ速さで義輝の喉元へ突き出される。義輝は、長い四肢を限界までしならせ、新当流の「間合いの見切り」でこれを紙一重でかわした。返す刀で卜伝の脳天へ打ち下ろすが、卜伝の鉄壁の防御に弾かれ、義輝の身体は激しく叩きつけられる。
しかし、義輝の目は死んでいなかった。それどころか、烈烈とした闘志がその瞳の奥で燃え盛っていた。
修行は日を追うごとに苛烈さを増し、変幻自在となっていった。
ある日は、境内に朽木谷の精鋭三十人を配置した「一対多」の包囲戦。槍や木刀を持った若侍たちが押し寄せる中、義輝は野生の狼のごとき身のこなしでその隙間をすり抜け、一撃のもとに三人、四人と薙ぎ払った。多方向から来る殺気を皮膚の表面で感知し、肉体を最高速で連動させる感覚が、彼の脳内で急激に覚醒していく。
義輝の剣が、確実に、そして徐々に『一の太刀』の深淵へと届き始めていた。
義輝の強さは、その技術もさることながら、己の命に対する「奇妙なまでの淡白さ」にあった。彼は、自分が足利将軍という重い看板を背負っていることを、剣を握っている間だけは完全に忘れることができた。いや、忘れたがっていた。
剣術における究極の極意とは、「我」を捨てることである。義輝にとって、捨てるべき「我」とは、あの呪わしい「足利将軍」という虚名そのものであった。
ある夜、卜伝は静かに義輝の前に座り、一本の真剣を差し出した。それは、足利家に伝わる名刀ではなく、卜伝が数々の修羅場をくぐり抜けてきた、地味ながらも恐ろしく研ぎ澄まされた一振りの打刀であった。
「公方様、今のお主の剣であれば、これを持つ資格がございます。これよりは、木刀ではなく、鉄を握りなされ。鉄の重み、鉄の冷たさ、それだけが、戦国を生き抜く人間の唯一の友にござります」
義輝がその柄を握ったとき、冷たい鉄の感覚が彼の掌から脳髄へと駆け抜けた。
言葉(権威)は裏切る。人は裏切る。だが、この手の中にある鉄だけは、自分が鍛えた分だけ、正確に敵の肉を断つ。
鉄だ。
誰よりも強く鉄を振るうのだ。
重い鉄を一つ、また一つ振るう度に、義輝は己の肉体が強くなっていくのを確かに感じるのであった。
二
義輝が朽木谷で己の肉体を鋼に変えている間、京の「政治」は凄まじい速度で回転していた。
天文二十一年(1552年)、畿内の勢力図に、歴史を根底から覆す決定的な地殻変動が訪れる。
かつて足利家を傀儡として操り、義輝たちを京から追い出したあの宿敵――管領・細川晴元が、自らの第一の部下であった男に裏切られ、無残に破滅したのである。
下剋上――部下が実力で上司を滅ぼすという戦国の理が、ついに京の頂点に達した瞬間だった。
主君である晴元を食い破り、京から叩き出したその男の名は、三好長慶。
この三好長慶という男は、日本の歴史において最も過小評価されている大名の一人であろう。
彼は、のちの織田信長よりも二十年も早く、京を中心とする畿内八ヶ国(現在の近畿圏一帯)を武力で制圧し、合理的な官僚機構を作り上げた。
つまり彼は「最初の天下人」であった。
長慶は連歌を愛し、キリスト教を保護するほどの柔軟な教養人でありながら、その内面は、古い中世の権威や神話を一切信じない、冷徹なまでの現実主義者(無神論者)であった。
長慶から見れば、かつて将軍家を操っていた細川晴元など、時代遅れの遺物にすぎない。ましてや、その晴元に怯えて近江の山奥で木刀を振っている十六歳の少年将軍・義輝など、いつでも踏みつぶせる道具にすぎなかった。
しかし、長慶はあまりにも賢明であった。
(自分が王を名乗れば敵が増える。ならば、足利という『中世の抜け殻』を神輿として利用するのが最も賢い)
長慶は、自らが新しい幕府を開くだけの圧倒的な軍事力を持っていたが、あえてそれをしなかった。日ノ本の大名たちを納得させるには、「室町幕府」という古い外箱をそのまま残し、自分がその中に入り込んで「将軍の最高の相談役」という形を取る方が、最も合理的で、最も反発が少ないと計算したのである。
要するに長慶は、義輝を「逆らうことのできない、極めて都合の良い飾り人形」として、京の御所に呼び戻そうとしたのだ。
三
「公方様、その三好長慶より、和睦の条件が提示されました。京への帰還を許す、とのことにございます」
近江の臨時の御所に、細川晴元の没落に伴って義輝の側近となった奉公衆たちが、興奮した面持ちで駆け込んできた。彼らにとって、京へ帰ることこそが至上の命題であった。
十六歳になった義輝は、卜伝から譲り受けた刀の刃紋を、懐紙で静かに拭いながらそれを出迎えた。彼の顔には、側近たちのような喜びの色はまったくなかった。
「長慶の条件は何か」
「は……。細川晴元様との絶縁。そして、将軍の行うすべての政治、人事は、三好家の承諾を要する、とのことです」
それは、京へ戻る代わりに、前支配者の晴元以上の、完璧なる「三好長慶の傀儡になれ」という絶対服従の宣告であった。
かつての父・義晴なら、家臣の分際での不遜な要求に激怒したのちに絶望し、また新しい手紙を諸国に送って調停を試みたであろう。しかし、十六歳の新将軍は違った。
彼は短く笑った。その笑みには、大人の汚い政治を軽蔑する少年の青臭さはなく、むしろ「やはりな」という、冷徹な納得があった。
「よかろう。長慶の要求をすべて呑み、京へ戻る」
「公方様、よろしいのですか!? それでは三好の完全な操り人形に……」
「構わぬ」
義輝は刀を鞘に収め、静かに鯉口を鳴らした。
(長慶は、俺をただの『神輿』だと思っている。だからこそ、京の二条御所という、もっとも警備の厳重な檻の中に俺を閉じ込め、飼い殺しにしようとする)
義輝は立ち上がり、開け放たれた障子の向こうに広がる、朽木谷の美しい新緑を見つめた。
(だがな……神輿の中に座っているのが、ただの人形ではなく『化け物』だとしたらどうだ。長慶はまだ気づいておるまい。牙を隠して、檻に入ってやるまでよ)
天文二十一年(1552年)一月、足利義輝は、三好長慶の軍勢に警護されるという屈辱的な形で、ついに念願の京への帰還(帰洛)を果たす。
しかし、それは平和の始まりではなかった。戦国という巨大な怪物の胃袋の中に、一人の若き将軍が、反撃の刃を懐に忍ばせて自ら飛び込んでいくための、開戦の合図であった。
(第三章・了)
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