第八話 「同じ目」
式典まで、残り四日になった。
冴は疾を連れて、施設の裏手、搬入口へ向かう途中の通路を歩いていた。人気の少ない時間帯を選んで、疾を落ち着かせるための短い据えの時間を取っている。
通路の角で、黒木と行き合った。黒木は一人で、ドローンの点検用らしいケースを提げていた。
互いに、軽く会釈しただけで通り過ぎようとした。
そのとき、黒木の足が止まった。
冴も、つられて足を止めた。黒木は、冴ではなく、腕の上の疾を見ていた。
長くは見なかった。数秒だった。それでも、冴はその視線の質に気づいた。施設や数字を見るときの黒木の目ではなかった。
「……いつからですか」
黒木が言った。
「何がですか」
「一周、減ったの」
冴は、何も言えなかった。
誰にも話していなかった。覚書のノートにしか書いていない。宮下にも、担当者にも、気づかれた様子はなかった。疾の飛びは、傍目には完璧だった。
「……分かるんですか」
冴の声は、自分でも思ったより小さかった。
黒木は、しばらく黙っていた。それから、視線を疾から冴に移した。
「昔、鷹匠になろうとしてたことがある」
冴は、初めて聞く話だった。
「うまくいかなかった。理由は今はいい。ただ、鷹を見ることだけは、体に残ってる」
黒木は、それだけ言って、ケースを持ち直した。
「病気じゃない。怪我でもない。それは分かってるだろう」
「はい」
「飛べる。速い。まだ仕事もできる」
黒木は疾を見た。
「でも、前と同じじゃないんだろ」
冴は答えなかった。答える必要もなかった。黒木の言っていることは、冴が覚書に書いた〈旋回、一回少なし〉と、同じことを指していた。
「それでも、この二週間、うちより早く群れを散らしてる」
黒木の声には、皮肉の色はなかった。
「だからこそ、聞きたい。式典当日、その鷹に、あとどれくらい頼るつもりだ」
冴は、疾を見た。疾は、いつも通り、冴の腕の上で静かにしていた。
「……分かりません」
正直に、そう答えるしかなかった。
黒木は小さくうなずいた。それ以上は何も言わず、通路の向こうへ歩いていった。
冴はその場に、しばらく立っていた。腕の中の疾の重みだけが、いつも通りだった。




