第六話 「見取り」
フォレストパークの二週目、施設側から一人、若い担当者が同行することになった。
「勉強して来い、と上から言われまして」
そう言ったのは、総務部の新人だという青年だった。名前を宮下と名乗った。開業式典の記録係も兼ねていて、鷹匠の仕事を間近で見て報告書にまとめる役目らしい。
冴は、断る理由もなかった。
その日の午後、冴は搬入口の庇の下で疾を構えていた。庇の陰に、ハトが数羽出入りしている。宮下は少し離れた場所から、それを見ていた。
ハトが二羽、陰から出てきた。冴は動かなかった。
「今、飛ばさないんですか」
宮下が聞いた。
「まだです」
もう一羽、出てきた。三羽になった。冴はまだ動かない。
宮下が、また口を開きかけた。冴はそれより先に、疾を放った。三羽のハトは慌てて飛び立ち、庇の下から離れていった。
「……なんで、今だったんですか」
宮下の質問は、単純だった。単純すぎて、冴は答えに詰まった。
「三羽、出たので」
「さっき、二羽のときは飛ばさなかったですよね。二羽と三羽で、何が違うんですか」
冴は口を開いたが、言葉が出てこなかった。
三羽という数字は、目安に過ぎない。本当は、群れの並び方や、風の抜け方や、疾の羽の角度や、他にも幾つかの何かを見て、飛ばすかどうかを決めている。だが、それを言葉にしたことは一度もなかった。
「……疾が、まだだったので」
「まだ、というのは」
「嫌がってる、というか」
宮下は、メモを取ろうとした手を止めた。
「どうして分かるんですか」
冴は、疾を見た。答えられなかった。
「見れば、分かります」
自分の口から出た言葉に、冴は内心で驚いた。源蔵と同じことを言っていた。
宮下は、困ったような顔をしていた。それはそうだろう、と冴は思った。報告書に「見れば分かる」とは書けない。
その夜、冴は覚書のノートを開いた。〈手〉のページ、〈旋回、一回少なし〉のページをめくり、新しいページを開く。
〈見取り〉と書いた。
その下に、何を書けるか考えた。
羽の角度。群れの密度。風向き。餌をやった時間からの経過。今まで、これらを一つ一つ意識して見ていたつもりはなかった。ただ、見ていた。見て、体が勝手に判断していた。
それを分解して書こうとすると、途端に、どれも正しいようで、どれも足りないように思えた。
冴は鉛筆を置いた。
源蔵は「見ろ」とだけ言って、それ以上教えなかった。冴はずっと、それを不親切だと思っていた。だが今、宮下に向かって「見れば分かります」と言った自分がいる。
源蔵も、教えなかったのではなく、教えられなかったのかもしれない。
その考えに行き着いたとき、冴は初めて、自分が源蔵と同じ場所に立っていることに気づいた。
このままでは、如月流は自分と一緒に終わる。
冴はノートを閉じた。今度は、机の明かりを消してからも、しばらく目を開けたままでいた。




