第五話 「一周」
疾が生まれたのは、冴が二十三のときだった。
先代の血統から取った卵が孵り、白い綿毛に包まれた雛が三羽。育雛は、源蔵の記憶を頼りに、冴が一人で行った。誰かに教わりながらではなかった。ノートも、資料も、手元にはほとんどなかった。
三羽のうち、最後まで残ったのが疾だった。
二年目、疾は初めて獲物を追い、外した。三年目、外さなくなった。
冴は、その積み重ねの一つ一つを、ほとんど覚えていた。獲物を外した日の風向き。初めて三十分、腕の上でじっとしていられた日。覚書のノートには書けなかったことが、体の記憶としてだけ残っていた。
フォレストパークの下見は、依頼を受けた翌日から始まった。
施設は広い。増床部を含めれば、端から端まで歩いて十五分はかかる。冴は疾を腕に乗せ、開店前の時間を借りて、施設の外周を回った。
「ここと、ここ」
冴は独り言のように呟きながら、鳥が留まりやすい庇や配管の位置を確認していった。二週間、毎日同じ時間に同じ場所を回らせれば、鳥の学習によって寄りつかなくなる。理屈は分かっている。あとは、疾がその回数をこなせるかどうかだった。
三日目の朝、冴は疾を放った。増床部の屋上付近に集まっていたムクドリの群れに向けて、いつもの角度で。
疾は飛んだ。群れを散らした。戻ってきた。
結果だけを見れば、いつも通りだった。
だが、腕に戻ってきた疾を見て、冴は一瞬、動きを止めた。
旋回が、一回少なかった。
いつもなら、群れを追う前に、施設の上空を大きく一周してから獲物に向かう。今日は、それをせずに真っ直ぐ向かった。
偶然かもしれない、と冴は思った。風向きのせいかもしれない。群れの位置が近かっただけかもしれない。
疾は、冴の腕の上で、いつも通り落ち着いていた。呼べば来る。据えれば静かになる。餌も残さず食べる。目にも力がある。
どこにも、異常はなかった。
それでも冴は、その日のノートに、いつもは書かない一行を足した。
〈旋回、一回少なし〉
理由は書けなかった。ただ、そう書いておかなければならない気がした。




