第四話 「賭け」
依頼が来たのは、黒木と会った五日後だった。
電話をかけてきたのは、県内最大手の商業施設〈フォレストパーク〉の総務担当者だった。来月、増床部分の開業を控えている。オープン当日は近隣自治体から来賓を招いた式典があり、その前の二週間で、施設全体からハトとカラスを完全にいなくしていただきたいという依頼だった。
「完全は約束できません」
冴は言った。
担当者が、少し戸惑ったような間を置いた。
「ですが、できる限り――」
「できる限り、でもありません」
「鳥は生き物です。ゼロになるとは言えません。減らすことと、寄りつきにくくすることはできます。それ以上は、誰にも約束できないはずです」
担当者は、少しの沈黙のあとで、分かりました、と言った。
「金額は、こちらでお伝えした通りで構いません」
提示された金額は、冴が今まで受けたどの依頼よりも高かった。空港の契約がなくなった穴を、これ一件でほぼ埋められる数字だった。
冴は返事をしなかった。
二週間。施設全体。疾一羽。
無理だ、とは思わなかった。できる、とも思わなかった。
「……お受けします」
冴はそう答えてから、一つだけ聞いた。
「他に、依頼されている業者はいますか」
担当者は、少し間を置いた。
「実は、もう一社にも打診しています。比較検討という形で。……スカイシールドさんです」
電話を切ったあと、冴はしばらく台所に立ったままだった。
同じ現場に、二社。
どちらの結果が良いか、施設側が見比べる形になる。名目は「比較検討」だが、実質は、どちらかがこの先の仕事を失うということだった。
冴は鷹舎に向かった。疾は止まり木の上で、片脚を上げて休んでいた。冴の足音に気づいて、目だけをこちらに向けた。
「大きい仕事だよ」
疾には、分かるはずもない。それでも冴は、扉の前でしばらくそう言葉にしていた。
その夜、冴は〈如月流・覚書〉のノートを開いた。〈手〉の一文字のページの次に、新しいページを開く。
鉛筆を持ったまま、しばらく動かなかった。
書けることから書こうと思った。
〈フォレストパーク 増床部 開業式典 鳥類完全排除〉
〈期間:二週間〉
〈相手:スカイシールド〉
事実だけなら、いくらでも書けた。だが、その先——どうやって疾と二週間、あの規模の施設を回るか、どこにどう配置するか——を考え始めると、また手が止まった。
施設全体を一羽で見て回ることはできない。何を優先し、何を諦めるか。祖父なら、どう決めただろうか。
冴は答えの出ないまま、ノートを閉じた。
窓の外はもう暗かった。鷹舎の方角から、物音はしなかった。疾は、もう休んでいるはずだった。
冴は明かりを消さずに、しばらく机に向かっていた。




