第三話 「手前」
スカイシールドの車を、冴は現場で初めて見た。
依頼主は、市内のショッピングモール。開業十周年に合わせた改装期間中、資材搬入口にハトが居着き、糞害の苦情が相次いでいた。冴の仕事は、その一角だけ——搬入口周りのハトを追い、寄りつかせないようにすること。契約は三日間、単発だった。
現場に着くと、モールの反対側の駐車場に、白い車両が停まっていた。〈スカイシールド〉のロゴ。屋根に小型のドローンが二機、固定されている。
冴が疾を鷹舎用の運搬箱から出していると、声をかけられた。
「如月さんですか」
振り返ると、三十前後の男が立っていた。制服ではなく、動きやすそうなジャケット姿。首から下げたIDカード(身分証)に〈黒木〉とあった。
「今日、うちも別件でここに入ってまして」
黒木は、モール正面の広場を指した。イベントスペースの上空、ムクドリの群れ対策だという。冴の現場とは五十メートルほど離れている。
「別々の仕事ですね」
冴が言うと、黒木はうなずいた。それ以上、特に何も言わなかった。
冴は疾を腕に乗せ、搬入口の庇の下に立った。しばらく待つ。ハトが数羽、資材の陰から出てくるのを見て、疾を放った。疾は低く滑空し、ハトの群れの上を一度だけ旋回して戻ってきた。ハトは散った。物音もなく、一分もかからなかった。
「速いですね」
いつの間にか、黒木が少し離れた場所から見ていた。
「うちのドローンだと、あの規模の群れを散らすのに三分はかかります。準備も含めたら十分」
冴は答えなかった。籠手に戻った疾の様子を見ていた。
「見てて、いつ放すか分かりました?」
黒木が聞いた。世間話のようでいて、目は冴の手元を見ていた。
「ハトが資材の陰から三羽以上出たら、飛ばします」
冴はそう答えたが、言ってから、それが全部ではないと分かった。三羽という数字は、目安に過ぎない。
では、何を見て決めたのか。自分でも、うまく言えなかった。
黒木は小さくうなずいた。それ以上、突っ込んでは聞かなかった。
「うちのシステムだと、飛来パターンを二週間分学習させれば、九割以上の精度で群れの動きを予測できます。人が判断する部分を減らせるので、現場によっては安定します」
営業ではなく、事実を報告するような口調だった。
「安定、というのは」
冴が初めて聞き返した。
「如月さんの場合、今日はうまくいきましたよね。でも、それは如月さんと、その鷹だからです。明日、如月さんが体調を崩したら、同じことができる人はいますか」
冴は答えられなかった。
黒木は、責めているふうではなかった。ただ、事実を並べているだけだった。それが、かえって重かった。
「うちは、誰がやっても同じ結果が出ます。それだけです」
黒木は疾を一度見た。
長くは見なかった。鷹について、何も言わなかった。
「うちは、誰がやっても同じ結果が出ます。それだけです」
黒木はそう言って、自分の現場に戻っていった。冴はしばらく、その背中を見ていた。
疾は、冴の腕の上でじっとしていた。




